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10 鋼の戒め

「……笹子もあいかわらず元気そうで良かったのですよ。そしてこの人はヒポミケス・ヒアリヌス。ついに見つけた……毒に耐性のある人間なのです」


「ホントに! すごいよヴェルナちゃん! とうとう見つかったんだね。って、ああっ、ごめんないヒアリヌスさん。私笹子っ! ふつちゅか者だけどよろしくお願いします!」


 そう言って笹子ちゃんは俺に手を差し出してくる。

 ……返り血が湯気をあげる鋼鉄の鉤爪付きだったが。


 俺は若干ひきつつその手を取った。

 やけどしないか心配だったが不思議と熱くはない。


「見た目ほど熱くはないんだな」


 俺が返すとヴェルナが説明をしてくれた。


「笹子の毒は遅行性なので、普段は触っても熱くないのです。……ただし忘れた頃に自殺したくなるほど痛くなりますが」


「あっ……」


 ヴェルナが説明すると笹子ちゃんは急に手を引っ込めた。


 見る見る笹子ちゃんの顔が青ざめて行く。

 そうして、笹子ちゃんはそのまま泣き出してしまった。


「ひぐっ……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。笹子……また人間さんにひどいことしちゃった。触っちゃ駄目だって……何度も何度も言われてたのに。やっぱり、笹子は人間さんと会っちゃ駄目な子なんだ。次こそ失敗しないって思ってたのに、また人間さんにひどいことした。人間さんに痛い思いなんてさせたくないのに。ホントにごめんなさい。ごめんなさいぃぃ……」


 そう言って笹子ちゃんは泣き崩れてしまう。


「……死にこそしないのですが、笹子の毒は……軽く触るだけで確実に全身に回るのですよ。手足のアーマーで少しは毒性を抑えてますが、抑制効果も気休めなのです。どちらかと言うと、手足の装備は人に危険を知らせる効果を狙ったものでした。するどいトゲや鉤爪も、怖がって人が触らないようにするためのデザインなのです。……変態さんには効果がなかったようですが」


 ヴェルナがそう説明してくれた。



 笹子ちゃんは、外見も内面も無邪気で元気な女の子だ。

 褐色のショートカットが内側に巻くような髪型をしていて、背も小さく本当に小学生くらいに見える。

 手足のアーマー以外は、服もごく普通の可愛い少女の物だった。


 だからこそ彼女が手足につけるアーマーは、他が可愛いだけに異様に目立っている。


 だが少女には不釣り合いなこのアーマーこそが、笹子ちゃんが人を傷つけないために身にまとう警告のサインだったのだ。


 人間のことが大好きで、自ら人を遠ざけることなど出来ない笹子ちゃんが、人間の方から遠ざかるように自ら着けた鋼の戒め。

 それこそが、このごつい鋼鉄装備の正体だった。


 笹子ちゃんは、きちんと警告を発していたのだ。


 だから笹子ちゃんは、何も悪くなんてなかった。

 悪いのは、警告にも気づかず不用意に触った俺の方だ。



 これは正に、前世で俺が死んだ時と同じだった。

 あの時だって、俺が自分で部屋に生えてたキノコを食べて、自分から食中毒になって死んだのだ。


 決してキノコの方から口の中に飛び込んで来たわけじゃない。

 俺がもっと注意して危険を避けさえすれば、前世でも俺はあんな死に方をせずとも良かったのだ。


 だと言うのに、俺は生まれ変わってさえ同じ過ちを繰り返してしまった。



 キノコの娘達は、人との接し方が分からず何度か失敗したのだと言う。

 だがきっと、失敗したのはキノ娘の側だけではないのだ。


 間違ってもキノコの娘達が、人に無理やり危害を加えたわけではない。

 キノ娘と人間、双方が相手との接し方を間違えてしまったために起きた悲しい事故なのだ。


 キノ娘と人間が共に暮らすには、キノ娘が人間について知るだけでなく、人間の方ももっとキノ娘達について知り、キノコの娘との正しい付き合い方を学ぶ必要があると俺は感じた。


 決してキノ娘が、無理やり人に害をなすわけなんかじゃない。

 キノ娘に対する人間の無知こそが、人に害をもたらす真の敵なのだ。



 ましてや、人を傷つけてしまった経験から手足に鋼の戒めを纏う笹子ちゃんに、誰が加害者だなどと言えるのか。


 だから俺は……笹子ちゃんに心の底から謝った。


「笹子ちゃんごめんな。悪いのは不用意に触った俺の方だよ。笹子ちゃんはきちんと警告を発していた。それなのに無警戒に自ら毒に飛び込んだ、俺の方が悪いんだよ。だから笹子ちゃんはもう泣かないでくれよ。な」


「でもでも……笹子のせいで、人間さんいっぱい痛くなっちゃうよ。笹子は、人間さんといると不幸にしちゃうの。だからやっぱり笹子は森でひっそりと生きてかなくちゃ駄目なの」


 俺は真剣に謝ったが、笹子ちゃんが泣き止んでくれることはなかった。


 そもそもが、どちらが悪いかなどと言う矮小な理由で、笹子ちゃんは泣いているわけではないのだ。


 大好きな人間が、これから苦しい思いをしてしまう。

 それ自体が嫌で悲しくて、笹子ちゃんは涙を流しているのだ。


 だから……

 俺はもう、笹子ちゃんを言葉で泣き止まさせるのはあきらめた。

 その代わりに――


「……人間さん? え、急にどうしたの? 駄目だよ。駄目だよこんなことしちゃ人間さん! 触るだけでも駄目なのに、こんなことしちゃ人間さんホントに死んじゃうかも知れないんだよ!」


 俺は笹子ちゃんの体を、ぎゅっと強く抱きしめていた。


「ホントに駄目なんだよ人間さん。いっぱい痛くなっちゃう。笹子もう泣かないから。だからこんなの……駄目だよ人間さぁん……」


 俺は笹子ちゃんの言葉を無視してぎゅっと笹子ちゃんを抱きしめ続ける。


 代わりにヴェルナが笹子ちゃんに話しかけた。


「……大丈夫なのですよ笹子。私はちゃんと最初に言ったのです。……この人が毒に耐性のある人間だって。だからいいのですよ笹子。……この人は変態さんだから、笹子が触ってもむしろご褒美なのです」


 ヴェルナの言葉を聞いて、やっとで笹子ちゃんも落ち着き始める。


「ホントに? ホントに……痛くないの? 笹子が触っても大丈夫? ヒアリヌスさん本当にどこも痛くない?」


「もちろんだよ。こんなに優しくて可愛い笹子ちゃんに触られて、痛くなんてなるわけないだろ。だから笹子ちゃん。好きなだけ……触っていいんだよ」


 俺がそう言うと、笹子ちゃんは半信半疑で俺の目をじっと見つめてくる。

 だから俺は満面の笑みを返してやった。


 実際どこも痛くない。

 むしろ笹子ちゃんを抱きしめて嬉しい気持ちを俺は全力で笹子ちゃんに送った。


 俺の気持ちが通じたのか、笹子ちゃんの顔に笑顔が戻る。


「ホントに、ヒアリヌスさんは毒も痛くないんだ。すごいよヒアリヌスさん! それに……笹子すごく嬉しいよ。ヒアリヌスさん、笹子のこともっとぎゅってして下さい!」


 笹子ちゃんは泣いてても可愛かったが、やっぱり笑顔が一番似合っている。

 俺も嬉しくなって、いっぱい笹子ちゃんを抱きしめてしまった。


「笹子こんなの生まれて初めて。ヒアリスヌスさんあったかい。笹子すっごく幸せになっちゃうよぉ」


 俺は笹子ちゃんが満足するまで笹子ちゃんをぎゅっと抱きしめ続ける。



「……事案なのです。変態さんが女子小学生を抱きしめるという事案が発生しているのですよ。……場合によっては事件に発展する可能性もあるのです」


 ……隣でヴェルナがぶつくさ言っていたが俺は無視した。


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