戦略的撤退
階段に細工してあったんじゃとか思わないでもないけど、ここに来るまでの最中、僕はずっとこいつと一緒だった訳で。そんな細工をしてる隙なんて確実になかった。だからきっとセインの発言は事実なんだろう。なんかまだ納得いってないとこもあるけどさ。
「つーか、今頃気付いた訳? 今ので帰り道なくなっちゃったって。普通やる前に気付くだろ?」
あわあわしてるセインから身体を離し、さっきみたいに岩壁に寄りかかる。なんだろ、自分よりも慌ててるヤツの様子見てたら、なんか落ち着いてきた。
「他にこっから出る道はない訳?」
「お、俺が知る限りでは……」
手をそわそわと動かしてるし、目もきょろきょろしてる。顔は僕の方を向いてんのに、視線が全く重なんない。この様子だと他に道はなさそうだ。
「んじゃ、外に出るには僕が落ちてきた穴から出るしかないってことか」
片足じゃあ、あそこの壁をよじ登るのも無理そうだけど。や、梯子か何かがあればいけるかな?
うーん、と首をひねる僕に、
「あの、とりあえず一旦家に戻りませんか? ここで長々と立ち話をするのはあまり良いとは思えませんし」
と、おずおずとセインが話しかけてきた。
まぁ、そうだよね。ここでうだうだどうしようか考えてたら崩れた岩壁が元に戻るとか、そんな感じの素敵な事が起きるんだったらいつまでだってここで考えごとしてようって気になるけど、実際はそうじゃないし。それに、ここって意外と風が強くて、あんま長居したいって思える場所じゃないし。
「ん、じゃあ帰るか。セイン、おんぶ」
白く、細長い指をぐるぐると回して何か考えごとしてるっぽいセインに向かって両手を伸ばす。ほらほら、って催促すると僕に対して背中を向け、乗りやすいように少し膝を折ってくれた。
うん、僕とこいつって頭一個分くらい身長差あるから、かがんでくれないと乗れないんだよね。片足しか使えないから。
「そういえばさ、風呂ってあんの?」
再びゆさゆさと背負われてる最中、ふと思いついた疑問を微かに揺れるダークブルーの後頭部にぶつけてみた。
今日は色々あって普通の汗とか脂汗とか冷汗とか色々かいてるから、出来る事なら早く身体を洗いたい。
あ、でも怪我してるから無理かな? 風邪引いた時とか、母さん風呂に入れてくんなかったし。でも怪我と風邪って違うよなぁ。うーん、どうなんだろ。
「お風呂ならちゃんとありますよ。この間アンケセラの人達から新しいのを貰いましたので、清潔さはばっちりです」
どことなく弾んだ口調でセインが答える。前向いたままだから顔見えないけど、きっと笑顔なんだろなーってなんとなくそう思った。
とりあえず、これで汗でべたつく体のまま気持ち悪い思いをしなくて済むって事は分かったけど、他にはどんなものがあるんだろうか。さっきは入ってすぐのとこしか見てないから分かんないな。
「そうですね。お風呂の他には台所と寝室と書庫と、あとはえーっと……そうそう、家の裏に植物園がありますね」
「植物園? そんなのさっき見た時には気付かなかったけど」
「まぁ、大きさは家よりも小さいから仕方ないですね。温度変化に敏感な品種や、この地域の気候に適していない品種の植物しか植えていませんから」
「へー」
何言ってんのかは良く分かんなかったけど、なんとなく珍しいものを植えてんだろうなって事は分かった。つーか、そんだけ分かれば十分。僕は植物の事なんて全然詳しくないんだし。
「帰ったらすぐに杖として使えそうなものを探してみますから、見つかったら植物園を見に行ってみますか? 本当に家のすぐ裏なんですけど」
「んー、それよりは先に家ん中見てみたい。少なくとも今日は泊まる事になる訳だし」
なんかさ、初めて来たとこってとりあえず探検してみたくなるよね。何が見つかるとかは抜きにしてさ。
「そうだ。リーオは何か好きなものありますか? 今日の夜はそれにしますよ」
「え? あーっと、そうだなぁ。リヴォンスープは結構好きかも。肉って貴重だからあんまし飲む機会ないし。あとは、普通によく食べるヤツだったらコルピコのグラタンとかかなぁ」
「リヴォンスープ……というのは作り方が分かりませんが、グラタンなら作れますね。どんな食材を使うんですか?」
「えーっと、あれはたしか――」
そんな風に今夜のメニューについて話してるうちにセインの家の前へと到着した。