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恥じらい

「さて、着きましたよ」


 その後も不機嫌そうにほっぺたを膨らませてるセインとぽつぽつと会話を交わしてなんとか機嫌をなだめてると、急に立ち止まったセインが上を見上げて言った。


 そこは盆地の端っこで、だいたい僕らのいる辺りで花畑――さっきそういう名前だって教えてもらった――は途切れてて、すぐ目の前には急傾斜の岩壁がそびえてる。たぶん百ヤーデは優にあるんじゃないかな。上の方は見ようとするとだいぶ首が痛くなる。

 赤茶色の岩壁は見るからに硬そうで、これを素手で登ってくのはかなりきつそうだった。んだけど、そんな僕の不安を拭うように岩壁にはかくかくと折れ曲がりながら階段が掘られてた。少し傾斜が急かなって思ったけど、どうせ片足使えないんだし姿勢を低くして這うように行けば良いか。


「ここまで案内してくれてありがと。今度来る時はあんたの手料理食べさせてもらうよ。……あ、それと、怪我の手当てしてくれたのもありがとな」


 こっからは一人で大丈夫、とセインの肩に置いた手にグッと力を込めたんだけど、何故かセインは足を離してはくれなかった。


「……約束、してくれますか?」

「え?」

「絶対また来るって約束してくれますか?」


 前を向いたままぽつりと漏らされたその言葉は、まるで何かにすがるように弱々しくて、そして微かに震えてた。


「だーかーらー、あんたが自慢してる手料理食べに来てやるって言っただろ? 僕はそう簡単に約束破るような人間じゃないんだよー」


 絶対また来るよ、とちょっと声のボリュームを大きめにして、ぺしぺしと目の前にあるセインの頭をはたく。

 それでも離さなかったから、頭を掴んでがくがく揺さぶってやった。少―しだけ足が痛かったけど、そんなの気にしない。今はこっちの方が重要だから。


 その後しばらく「絶対の絶対に?」「絶対の絶対に」「絶対の絶対の絶対に?」「絶対の絶対の絶対に」って感じでお前ら子供かってやり取りをした後、ようやくセインは僕の足を離してくれた。まったく、しつこ過ぎだって。


「それじゃ、気をつけて帰って下さいね」

「うん、じゃあまた」


 明らかに無理矢理作ったってわかる笑顔のセインに手を振り、僕はひょこひょこと右足を引きずりつつ岩壁の階段へと歩み寄る。んー、足引きずってるだけでも結構痛いなー。これは階段登るのはきついかも。


 と思いつつ、階段を数段登ってみたんだけど、予想通りこれはかなりきつい。

 特に右足を持ち上げようとすると焼けるような痛みが来る。痛みを紛らわせるために一回深呼吸したとこでちょっと横を見てみると、こっちをじっと見つめてるセインと目が合った。

 僕と目が合うと、はにかんで手を振って来た。とりあえず僕もだいぶ引きつってるだろうけど笑みを浮かべて、壁についてない方の手を振り返しておく。目線の差がさっきと逆転したくらいの高さで僕は何やってんだろ。なんて考えてると、引きつった笑みが乾いた笑みに変わってた。

 はぁ、と溜息をついたとこでようやくセインが僕に話しかけてきた。



「あの、もしかして足が痛むんですか?」


 もしかしなくてもそうでーす。


「やっぱり、ですか。さすがに怪我した当日には無茶出来ませんよね」


 うん、なんとなくそうだろうなーとは思ってたけど、予想通り無理だった。


「つーわけでさ、セイン、おぶって」


 眉尻を下げてこっちを見つめてるセインに向かって、壁に背を預けた状態で両手を伸ばす。左足の方が右足より上の位置にあるから、この体勢地味にきついんだけど、皮肉な事にこの体勢が一番右足に負担がかかんない。まぁ、右足浮いてるし当然っちゃ当然。


「……すいません。それは無理です。出来ません」


 切れ長の目をさらに細めて、セインがうつむく。


「え、なんで? さっきは大丈夫だったじゃん」


 まさか拒否られると思ってなかった僕は、僅かに身を乗り出させてすかさず疑問を投げかけた。訊かれたそいつは少し迷うように視線を宙にさまよわせた後、ぼそりと何かを呟いた。


「え、何? ごめん、聞こえなかった」

「……俺が、重い……からです」


 二、三度口を開いたり閉じたりした後、今度は僕にも聞こえるくらいの声ではっきりとそう言った。

 てか、重い? 見た感じそんなにも太ってるようには見えないけどなー。筋肉ついてるにしてもそこまで重くはなんないだろうし。


「だって、俺、五百五十パンドありますし」


 不思議そうに首をかしげる僕に、視線は足元に向けながらセインがごにょごにょと告げた。

 いやいやいや、絶対ない。あり得ない。五百五十パンドっつったら僕の、えーっと、五倍か。どんなに重くても、そのすらっとした体つきでそんなにいくはずない。


「僕が子供だと思ってからかってるだろ、絶対」


 さっきの年齢の事だってそうだ。もうそんな嘘を信じられるほど子供じゃないんだよ、僕は。


「そうだ、本当にそんな重いって言うんなら、証拠見せてよ」


 口を開きかけたセインの機先を制して無理難題を吹っ掛ける。さっき見た限りじゃここには体重を計るのに使う重りも、それを運ぶ滑車も、それを乗せる天秤もないみたいだから、どうあがいても証拠なんて見せらんない。

 勝った、と口角を釣り上げた僕に、


「分かりました。では証拠を見せます」


 と自信ありげな口調でセインが言い返してきた。

 む、なんか面白くないぞ。予想ならここでセインが「からかってごめんなさい。実は嘘でした」って謝ってくるはずなのに。なんて悠長な事を考えてられたのはほんの数秒の間だけで、不満げに尖った口は、すぐに驚きで大きく開かれる事になった。


 理由は簡単、セインが跳んだ。


 や、なんつーかもう、飛んだって言った方が良いんじゃないかってくらいに高く跳んだ。

 僕の頭を軽く跳び超え――たぶん十フィルトは軽く超えてたと思う――、そして僕のいる位置から見て斜め上の、階段を二回ほど折れ曲がった先のとこに轟音と共に着地した。鼓膜を震わせたその音の余韻が消えるよりも早く、再び大きな音が響く。


 今度のはがらがらと何かが崩れるような音みたい……って、危なっ!

 土砂と一緒に拳大の石がいくつも頭上から降って来た。慌てて腕を伸ばして頭を守った僕の横で、何か重たいものが落ちたような大きくて鈍い音がして、足元をぐらぐらと震動が襲う。


「わ、わ、わっ!」


 片足では上手くバランスが取れなくって、後ろ向きに階段の下の方へと倒れ込んでしまう。と、そこで誰かに抱き止められた。まぁ、ここにいる人間なんて二人しかいない訳だから、誰が受け止めてくれたのかなんてすぐに分かるんだけど。


「ほら、これが証拠ですよ」

「や、そんな事言われても困んだけど。つーか、身体大丈夫?」


 瓦礫と一緒に転がり落ちてきた訳だしさ。怪我とかされてたら僕のせいみたいで後味悪い。


「つーか、何あれ。なんであんな高く跳べんの? いったい何した訳? しかも着地したら階段崩れたし。そんだけあんたが重いからって事?」


 って、階段崩れた……?

 それってつまり……え、ちょっと待って。それってつまり帰り道無くなったって事?

 自分が矢継ぎ早に口にした疑問から気付いた事実に、思わずはっと息をのむ。いやいやいや、それは流石に冗談きつい。日没までに帰んなきゃってのもあるけど、正直今はちゃんとこっから帰れんのかってとこの方が大事。別に日没までに帰んなきゃ死ぬって訳じゃないし。出来ればそうしたいってだけ。

 まぁ、死ぬほど怒られんだろうけど。


「な、なぁ、他にこっから出る道ってないの?」


 とりあえずは気持ちを落ち着かせるために、頭ん中をぐるぐる回ってる疑問を口に出してみる。


「んー、俺が知っているのはここだけですね。今見せたとおり、ここの岩盤は俺の体重に耐え切れませんので、俺がここから出る道を作るのは無理なんですよ」


 少しの間視線を宙に向けてたセインだったけど、そこまで言ったとこで「あっ!」と声を張り上げた。


「どうしましょう。俺、外に出る唯一の道を壊しちゃいました!」


 視線を上に向けたセインにつられて見上げた先には、ごっそりと表面の岩が崩れ落ちたせいで出来た大きな窪みと、落ちてきた岩で砕かれ、崩れた階段。

 ……あれを跳び超えんのは片足じゃ無理だ。

 つーか、何あれ。スプーンかなんかでこそげとったみたいになってんだけど。いったいどれくらいの衝撃だったのかなんて分かんないけど、こうもはっきりと見せつけられちゃったら認めるしかなさそう。

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