ロボット
タイミング的には最悪っつっても良い、そんな見計らったかのようにジャストなタイミングでやって来たそいつは、
「どうしたんですか、そんな怯えるような眼で俺を見て? 足が痛むんですか?」
なんて見当違いな心配をして来やがった。その的外れな言葉のおかげで少し落ち着いた僕は、一回深呼吸してから手早く用件を伝えた。
「あ、これ……葉っぱ、引っ張ったら取れちゃって。こんな小さいのに二枚しかない葉っぱの片方なくしたら、しぼんで無くなっちゃわないか、こいつ!?」
「萎む……? 何の話ですか?」
あー、もうっ、なんで分かんないかなぁ。キョトンとした顔で首をかしげるそいつに、僕はもう一回状況を説明する。
「だーかーらーっ、この葉っぱなくしたらこの『はな』しぼんじゃうだろっつってんの!」
離れたとこにいるそいつにも良く見えるように、右手に持った手の平大の葉っぱをぐいっと突き出した。ぽかんとした顔でしばらく葉っぱを見つめていたそいつは、何がおかしいのかいきなり笑いだした。
「そんな事ありませんよ。葉っぱが一枚取れたくらいで植物が萎む、なんて少なくとも俺は聞いた事も見た事もありません。それに、そのフィヨルテの花は何日かおきに葉っぱが生え換わるんです」
ひとしきり笑った後、それでもまだくすくすと手で口を押さえながらそいつは説明してくれた。
なんだよ、そんなに笑う事無いだろ。葉っぱの数で木の大きさが決まる、とは教えてくれたけどそこから葉っぱを取ったらどうなんのかは教えてくれなかったんだから、父さん。
「ところで、俺は今からこの盆地からアンケセラの街へと繋がる道の様子を確認しに行こうと思うんですが、一緒に来ますか?」
「え、あんけせら? どこそれ?」
「どこって、貴方がやってきたはずの街の事ですよ?」
今度は僕がキョトンとする番だった。「あんけせら」なんて名前、聞いた事無いんだけど。
「……あぁ、すみません。おそらく大地震の前と後で街の名前が変わったんですね。えーっと、街の中に何本も大きな塔のようなものがあると思うんですが、違いますか?」
「んー、それって金色とか銀色に光るすっごくでかい柱の事?」
遺跡の上に街を作り上げてく時の足がかりになったっていうたくさんの巨大な、それこそ渓谷の上に生い茂る木々なんて目じゃないほどに巨大な柱を思い浮かべながら訊き返す。
アレを真似て小さな石の柱をたくさん作り、それらをつなげて街の基盤を作り上げて行ったから、僕達の住む町は「千の柱の街」と呼ばれるようになったって前に聞いた事ある。
「そうです、そこで合っています」
と、そこでそいつは思い出したように窓に近づき、そこから上を覗きこんだ。
「うーん、少し日が傾いてきましたから、続きは移動しながらにしましょうか、えーっと」
僕の方へと振りむいたそいつは、少し眉間にしわを寄せて視線を宙にさまよわせる。
「リーオ、リーオ・アンセル。それが僕の名前」
多分名前が分かんなくてどう呼んだらいいのか考えてんだろうと読んだ僕は、向こうが訊いて来るよりも前に自分から名乗る事にした。どうやら予想通りだったみたいで、ぱっと顔を綻ばせたそいつは、まず「ありがとうございます」とお礼を述べ、次に、
「俺の名前はセインです。よろしくお願いしますね、リーオ」
と僕の目の前まで来て手を差し出してきた。
「セイン……だけ?」
「はい、そうです」
「あー、じゃあセイン、こっちこそよろしく」
ファーストネームしか言わないのはなんか事情があるんだろうと考え、深くは追求しない事にして僕は差し出された手を握った。
……っ!?
でも、それはほんの一瞬の事で、すぐさま僕はセインの手を振り払ってしまった。何故なら、セインの手がまるで氷か何かのように冷たかったから。この冷たさを僕は知ってる。
この冷たさは、死んだ人の冷たさだ。
僕の目に浮かんだ恐怖を見て取ったんだろう、セインは悲しげに眼を細めて笑った。
「あぁ、すみません。まだ言っていませんでしたね。実は俺、ロボットなんです」
陽の光に照らし出された、拒絶される事に慣れ切ったその笑みが、僕の心の奥底に深く突き刺さる。何故かは分かんないけど、この凍りついた笑顔を溶かしてあげたいと、心からそう思った。
これが、変わり者な僕と変わり物な彼の出会いだった。