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「彼」

 あの後、真っ赤三つ編みはしばらくじーっと空に浮いてる船の方を見つめて、全く動かなかった。何やってんだろって思ったんだけど、セインが今は話しかけちゃ駄目だって止めたから、大人しく様子を見守ってた。


『許可ヲ下ロサセタ。コレデ大丈夫ダ』


 二分くらいそうやって固まってた後、真っ赤三つ編みが僕達の方を振り向いてぐっと親指を立てた。その顔が何だか誇らしげに見えたのは、きっと気のせいじゃないはず。んで、船の方から十人くらいは余裕で乗れそうな大きさの小型艇――これで小型かよって突っ込み入れたくなったのは内緒――ってのがやって来て、僕達はそれに乗って船の中に入った。


 動物以外の乗り物に乗ったのなんて初めての事だったし、ましてや空の飛んだ経験なんてあるはずもなかったから、乗り込んでから降りるまで僕はずーっと興奮しっ放しだった。絶えずわーわー言いながらきょろきょろ辺りを見回してて、ちょっと落ち着きましょうねってセインから注意されちまったくらい。良いじゃん、少しくらい大目に見てくれても。


 もちろんそれは船ん中入っても一緒。見る物見る物全部が面白そうな物ばっかで、隅から隅まで船ん中を見て回りたい衝動を耐えんのが大変だった。


 でも、さっきまで僕達を襲ってきてたあいつらの仲間の船だって話だし、正直一人で歩き回んのはちょっと怖かったからなんとか我慢した。

 ちょっと灰色がかった白い壁で覆われた通路を歩いてる時に気付いたんだけど、この船には遺跡ん中で見かけた事のあるものも沢山あった。例えば壁に埋め込まれた四角形の薄―いパネルとか、脇にボタンのついた長方形の壁の切れ込みとか。

 通路の幅は大人三人が横に並んで歩けるかどうかってくらいで、遺跡の通路の方がずっと広い。時折真っ白コートとおんなじ服を着た人とすれ違う事があったけど、人一倍図体のでかいでっかいの、サー=マーティンだっけ? はその度に窮屈そうに身を縮めてた。


 そうやって何度も角を曲がりながら通路を進んでった先で、僕達はようやく目的地に着いた。真っ赤三つ編みがそう言ってたからたぶん間違いない。


「でもさ、ここただの行き止まりだよ? こんなとこに来てどうすんのさ?」


 突き当たりの壁には今まで見たのとおんなじような切れ込みが入ってるけど、それだけでドアらしいものはどこにもない。もしかして僕達を逃げ場のない袋小路に誘導したんじゃ……! って思ったとこでその切れ込みがしゅっと左右に開いた。


「うわっ、開いた!」


 これ、ドアだったんだ! 初めて知ったー……って笑うなよ、セイン。


「いえ、すいません。あまりにも反応が可愛らしかったもので」


 口元手で押さえてくすくす笑いながら謝られても、全然謝ってもらった気がしないんだけど。

 じとーっと非難がましい目で見つめてやると、「だからすみませんでしたってば」って両手を上げた。まぁ、とりあえずはこれで勘弁しといてやろ。


「貴方達はそういう仲ナノですか?」

「えっ?」


 真っ白コートの呆れたような言葉に、僕とセインの声が重なった。


「いえ、何でもナいです。さぁ、中へどうぞ」


 フードに隠れててよくは見えなかったけど、どうやら真っ白コートはため息をついたみたいだった。なんか嫌な事でもあったのかな?


 促されるままに部屋の中に入ると、そこは血みたいに赤い光に満たされた空間だった。

 部屋の中央には大きな透明の筒があって、その中に透き通った赤い液体がみっちりと入ってて、その液体の中に人影が浮いてる。まるで寝てるみたいに目を閉じてるそいつの身体にはたくさんの管が接続されてて、それらの管は全部筒の周りに所狭しと積み上げられた大量の機械へと繋がってた。


 つーか、僕の勘違いとかじゃなければ、液体ん中に浮いてるヤツってセインとおんなじ顔してるよな……?


「な、なぁ、セイン……」


 ちょっと横を向くのが怖かったけど、勇気を出してセインの顔を見上げてみた。


「ジェノス……やっぱり君だったんですね」


 そこにあったのは嬉しいような悲しいような、とにかく色んな感情をごちゃまぜにしたような表情だった。

 ふらふらと歩き出したセインの後を追おうとしたら、ぐっと静かに、でも力強く肩を掴まれる。振り返ると肩を掴んでる真っ赤三つ編みが小さく首を横に振った。


「……分かったよ」


 あいつのそばにいてやりたいと思ったけど、今は一人にさせて上げといた方が良い気がしたから素直に真っ赤三つ編みの指示に従った。


『身体ノ修復ハ完了シテル。デモ、何故カ目ヲ覚マサナイ』


 筒に手をついて自分とおんなじ顔をした人影を見上げてるセインに、真っ赤三つ編みが後ろから声をかける。


『恐ラク起動ニハ何ラカノ「キー」ガ必要。残念ダガ、我々ノ力デハソノ「キー」ガ何ナノカ突キ止メル事ハ出来ナカッタ』


 貴方ダケガ頼リダ、と力を込めた目でセインの後ろ姿を見つめる。


「キーなら分かっています。でも、起動させてしまって本当に良いんですか? 見たところ、彼はこの船の制御装置の役割を果たしているようですが」

『構ワナイ。コノ船ヲ管理スルダケナラ我々ダケデモ可能ダ』


 そこで、一旦言葉を切ると真っ赤三つ編みは少しの間俯いて、ゆっくりと顔を上げた。


『彼ヲ……私ノ命ノ恩人デアル彼ヲ、ソノ狭イ揺リ籠ノ中カラ解キ放ッテヤッテホシイ』

「分かりました」


 その言葉を聞いたセインの横顔は真っ赤な光に照らし出されてるせいか、何故かとっても悲しげに見えた。


「Stehen Sie auf und es gibt Sie hier.(起きて、貴方はここにいますよ)」


 まるですやすやと眠ってる赤ん坊に語りかけるように、そっと囁きかける。ゴゥンゴゥンと機械の音が絶え間なく響くこの部屋ん中では、しっかり集中して聞いてないとあっさり聞き逃しちゃいそうなくらいに優しく。


 数秒の静寂の後、ぴくっとかすかに指が動いた。

 すーっと閉ざされてた瞳が開いてく。自分がどこにいるのか分かってないんだろ、不思議そうに辺りを見回した後、目の前で自分を見上げてるセインに気付いて、それまで警戒心も露わに険しくひそめられてた顔が一気にほころんだ。


「お早う、ジェノス。そして久しぶり」


 僕の位置からじゃセインの顔は見えなかったけど、きっと喜んでるんだろうなと思った。


 液体の中に浮かぶそいつが筒に触れると、ピシッて小さな音がして、触れたとこにひびが入る。そのまんまそのひびはどんどん広がってって、間もなく軽やかな音を立てて砕け散った。

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