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交渉

「あぁ、そノドアは反対側からサー=マーティンが押さえているよ。残念だったネ」


 思いっきり足を踏ん張って押してみても、びくともしない。


「でかい図体というノは普段は邪魔で邪魔でしょうがナいけど、思わヌ時ニ役ニ立つもノだネ」

「貴様、あとで覚えていろよ……!」


 けらけらと甲高い声で笑う真っ白コートに、ドアの向こうから唸るみたいな声が聞こえてくる。


 どうしよ、逃げらんない。そのどうしようもない事実を突き付けられて、忘れかけてた胸の痛みがまた鮮明になってくる。


「で、まだ私ノ質問ニ答えてもらっていナい訳ナんだけど、どうナノかナ?」


 いつの間にか目の前まで来てたそいつに、フードの奥から覗く金色の瞳に射抜かれる。

 耳元で鳴ってんじゃないかってくらいどくどくと心臓の音がうるさくて、喉がカラカラに乾燥する。口を開いても舌が上手く回んなくって、言葉が出てこない。


「ナるべく早く答えた方が良いよ。私はあまり気ノ長い方じゃナいんだ」


 見下ろしてくる視線はあんまりにも冷たくて、僕は生まれて初めて命の危機というものを感じた。


「助けて、セイン……」


 そんな都合良い事があるなんて信じてたわけじゃなかった。無意識に口を衝いて出た言葉がそれだった。ただそれだけの事だったのに、


「リーオに何をしてるんですか?」


 そいつは本当に来てくれた。


「彼が怖がっているのが見て分からないんですか?」


 普段のほんわかしてんのとは全然違う、鋭く、凛とした声で冷たく告げる。僕に向けられた訳じゃないのに、思わず背筋に寒気が走った。それぐらいに冷たく怖い声だったのに、でも、返って来た反応はそれとは正反対のものだった。


「そノ目、そノ顔、そノ姿! まさか、まさかまさかまさか! 何か手掛かりが掴めれば良い程度ノ気持ちだったノニ、まさかこんナ所で出会えるとは!」


 明らかに興奮してる声を上げて、ふらふらとセインに近付いてく。


「サー=ヌート! 本隊へ連絡を!」

『モウ済ンデル』


 怒鳴りつけるように名前を呼ばれた三つ編みは、口を開く事なく言葉を返した。え、今何したのあいつ? 離れた場所にいっから口の動きが見えなかったとかじゃなくて、本当に全く口が動いてなかった。なのに、どうやって今声出したの?


 浮かんだ疑問は、でも耳を打つ歓喜の声にすぐに頭の隅へと追いやられた。


「あぁ、今日はナんと素晴らしい日か! 長年待ち望み、探し続けてきたもノニこんナ形で出会えようとは!」


 頭にキンキンと響く声で真っ白コートは言葉を続ける。


「さぁ、我々と共ニ来てもらいましょう、旧文明ノ遺産、大いナる知恵ノ体現者よ。我々と共ニこノ捻じ曲げられた世界をあるべき状態ニ戻そうじゃありませんか!」


 天を仰いで両手を上に突きだしてた真っ白コートは、唐突にセインに向けて腕を差し伸ばした。


「貴方達が何を言っているのか俺には良く分かりませんが、無意味にリーオを、他人を傷付けようとする人達と一緒に行く事は出来ません」


 熱っぽい視線を向けられた――に違いない――セインは、でもすっぱりきっぱりと断った。

 即答だった。

 ……なんかちょっとカッコ良かったかも。


「そうですか、それは残念です」

「分かったなら早く帰って――」

「サー=マーティン」


 肩を落とした真っ白コートは、セインの言葉を遮るようにすっと右手を上げた。


「分かっている」


 背後から声がしたかと思うと急にドアを開けられて、そこに寄りかかる形になってた僕は後ろ向きに倒れ込んじまう。「わわっ!?」って情けない声を上げる僕の背中を大きな腕がそっと抱き止めてくれた。


「あ、ありがと……って、うわぁ!?」


 お礼を言おうと顔を上げた僕の身体が浮き上がる。正確に言えば、抱き止めてくれた腕がそのまま胸の前にまで回されて、抵抗する間もなく持ち上げられちゃっただけなんだけど。


「我々ノ言う事ニ従っていただかナいと、こノ少年ノ命が無くナります」


 じゃこん、とこめかみのあたりになんか冷たいものが押し当てられた。


「拳銃……? そんなものを持ってるという事は、君達はリーオの街の人じゃないんですね?」

「おやおや、大事ナ方ノ命が危ナいというノニ随分と落ち着いている事で」

「焦れば出来る事も出来なくなりますから」

「ナるほど、確かニ。しかし、いくら貴方が旧文明ノ技術ノ粋を集めて作りだされた最高傑作ノ一つだったとしても、引き金を引く指よりも早く彼を助け出すことは不可能ナはずです」


 真っ白コートはそこで一旦言葉を区切ると、もう一回セインに向かって痩せこけた手を差し出した。


「さぁ、我々と共ニ来て下さい。それがこノ場ニおける最善ノ選択である事は言わずとも分かるでしょう……?」


 その声には有無を言わせない強い響きが込められてて、なんだか良く分かんないけど命の危機に晒されてるらしい僕には、ただただ成り行きを黙って見つめる事しか出来なかった。

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