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蜜月

 しゃかしゃかしゃかと耳の上で小気味良い音が響く。音に合わせてセインの指が僕の頭を擦りあげていく。ん? 音に合わせて? 指の動きに合わせて? まぁ、どっちでも良いや。細かい事はどうでも良くなるくらいに気持ち良い。やっぱ他人に頭洗ってもらうのって良いなぁ。なんかどんどん思考がとろけてく。はふぅ。


「気持ち良いですかー?」

「すっごくー」

「じゃあ、このくらいの力加減でやればいいんですね?」

「んー、昨日のはーちょっと痛かったしなー」


 こちょこちょくすぐられてるみたいでついつい声が間延びしちゃう。だって気持ち良いんだもん。仕方ないじゃんか。昨日やってもらった時はまだちょっとぎこちない感じで、一昨日なんか結構冗談抜きで痛かったんだけど、今日のは本当に気持ち良い。

 しゃかしゃかしゃかしゃか音立てて指が動くたびにちょっとこそばゆいような、でももっとして欲しいような、何とも言えない感触が伝わってくる。


「はふぅ……」


 僕の背後で膝立ちになってるセインから与えられてくる心地良い刺激に、足をだらーんと投げだして全身から力を抜く。んで、そのまんまセインにもたれかかろうとしたら、「危ないから駄目です」って肩掴んで止められた。ちぇー、さすがに駄目かぁ。


「じゃあ、流しますよー」


 コックを回すとノズルから冷たい水がざーっと流れ出てくる。一昨日は目を開けたまんまでシャワー浴びちゃって、目が大変な事になっちゃったから、ちゃんとぎゅっと目をつぶっとく。なんか目ぇつぶると周りの音がそれまでよりはっきり聞こえてくるように思うのは僕だけなんかなー、なんてどうでも良い事を考えつつ、シャワーの水がお湯に変わって頭からざばーっとかけられる瞬間を待つ。


「……っ!」


 頭に熱いものが当たった瞬間、反射的に身を縮めちまう。

 うー、これがやだから違う事考えてたのにー。


 お湯に溶かされた泡が背中や胸を伝い落ちてくのがはっきり分かる。頭を洗ってる時は冷たかったセインの指も、今じゃあお湯にあっためられてぐりぐり洗い流してく動きしか感じ取れない。

 長いようで短かった時間が過ぎて、コックを閉める音が響いてお湯が止まる。続いてじゃばじゃばと何かをゆすぐ音、ゆすいだそれをしっかり絞る音が聞こえて、熱々のタオルがお湯で濡れた髪の毛ごと僕の頭を包む。力強くも乱暴には感じらんない程度の力加減でわしゃわしゃと水気を取っていき、一回絞った後に顔を拭かれる。

 一昨日ん時は顔ぐらい自分で拭くよってタオルひったくって自分でやったんだけど、昨日ためしにやってもらったら結構気持ち良かったんで今日もそのまんまやってもらう事にした。

 おでこから頬、鼻、顎と拭いてもらった後、軽く顔全体を拭って耳も丁寧に拭いてもらう。またもう一回タオルをゆすいだ後、髪の毛に残った水気を優しく拭いとって、そこでようやく終わり。

 身体の方は自分でもう洗ってたから、セインに続いて僕もゆっくりと湯船に入る。


「んー、やっぱり身体を綺麗にしてから入る風呂は気持ち良いなぁ」

「そうですねー」


 湯船はかなり大きめで僕達が二人一緒に入っても全然狭くない。んだけど、そこで僕はあえてセインの足の間に割って入って、背中をセインのお腹にくっつけるようにする。

 身体を包むお湯はあっつくて気持ち良いのに、こいつの身体に触れてる背中だけはひんやりと冷たくて、まるで僕の身体に溜まった熱が背中越しにセインへと流れてくような錯覚に陥る。この不思議な感覚が好きで、僕は必要以上に身体を密着させるのだ。


「はぁ、気持ち良いー……」


 じんわりと浸透してくる心地よい熱に、思わずため息が漏れる。ちらっと斜め後ろに目をやれば、僕の視線に気づいたセインが蒼穹(ソラ)色の瞳を細めて笑い返してくれる。湿気でおでこに張り付いたダークブルーの前髪がやけに色っぽくて、手の甲でセインの顔を見えないようにする。


「わっ、何するんですか?」


「んー、前髪変になってたから直してやってんの」


 嘘。そんなのただの口実。本当に変な風になってた訳じゃない。

 たぶんこいつもそんなこと分かってんだろうけど、あえて指摘したりしない。僕の好きなようにさせてる。


「ほい、直った」

「ありがとうございます」


 お湯に濡れてもなおさらさらと手触りの良いセインの髪の感触を十分に楽しんだ後、適当に乱れた髪を整えて手を離す。にっこりと微笑むセインに、僕は唸るように言葉を返して視線を逸らした。

 風呂場全体に充満した熱気でゆらゆら揺れるオレンジ色の光をぼんやりと眺めつつ、気持ち良さそうに鼻歌を歌ってるこいつの肩に軽く頭を乗せる。背中から伝わってくる冷たさはもうだいぶ和らいでて、もうすぐこのあったかで穏やかな時間が終わりを告げる事を示してた。


「……なぁ、セイン」


 ぼそりと呟くように言葉を吐き出し、お湯の中で白くて細い、綺麗な指に自分の指を絡める。


「はい、なんですか?」


 お湯の中での事に気付かないふりでもしてるんだろう、返って来た言葉は普段と何にも変わんなかった。


「もう少し、ここにいても良いかな?」

「駄目ですよ。これ以上親に心配をかけられないから早く帰りたいと言ったのはリーオ自身でしょう?」


 そんなの分かってる。ただ、ちょっと言ってみたかっただけ。セインもそれが分かってるから、それ以上何かを言ってきたりしない。


 二人の間をゆったりとした沈黙が流れていく。本当ならもう風呂から上がってる頃だっつーのにセインはそんな素振りを全然見せない。ただ、絡められた僕の指を振りほどき、手の平を返して今度は自分から指を絡めてきただけだった。

 僕も肩に乗せた頭をごろんとセインの首筋に寄せて、頬に触れるダークブルーの髪の感触を噛み締めていた。


 ぴちょん、と天井に張り付いてた水滴が一粒湯船に落ちた。


「さて、そろそろ上がりましょうか。また湯あたりをされても困りますしね」


 からかうような口調でそう言って、セインが引き離すように僕の肩を押した。そして「じゃあ先に上がりますね」と、ざばりと湯船に大きな波を立てて風呂場から出てった。


「酷いなぁ。最初の一回だけだろ、そんな風になったの。いつまでも引きずんなってー」


 その背中に向かってぶつぶつと文句を言いながら、僕もセインの後を追うように湯船を出る。ほんのちょっとだけ、十分に温まったはずの身体が冷たく感じた。特に背中のあたりが。

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