絵本
「なぁなぁ、これってなんて読むの?」
「えーっとですね、それは『お星さま』ですね」
「お星さまって、空に浮かんでるあれ?」
「そうです。それの事です」
「ふーん」
両側を天井まで届く本棚に挟まれ、僕は窓を背に、セインはドアを背にして、僕達二人は直径二フィルトほどの丸テーブルを囲んでた。……二人だからこの場合は挟んでたっつった方が正しいのか? まぁ、どうでもいっか。
「じゃあこれは?」
「それは『夜空』ですね」
テーブルの上には一冊の古びた本。
生まれて初めて触れるその本は、「いちぺーじ」の中にほんのちょこっとだけ、まるで後から取って付けたみたいに文字が書かれてて、残りは微妙に褪せてるけどまだ十分に綺麗な色で描かれた、なんか可愛らしい感じの絵で埋め尽くされてた。
なんか本ってのは隅から隅までびっちりと文字が書かれてて、それを見てるだけでどこか別の世界を冒険してる気分になれたり、心を締め付けるような悲しい恋の体験が出来たりするって話を聞いてたんだけど、ちょっと予想してたのと違うかも。なんか、こう、すっごい薄いし。や、他の本は皆分厚いんだけど、この本はずいぶん薄っぺらくて。外側は立派なのになぁ。
「うーん、難しい……」
はぁー、と今日何度目になるか分かんない溜息をついた。
あの後、早めの朝ご飯――「とーすと」とかミルクとか――を食べてすぐに書庫に直行で、ついさっきまで文章を作る上で基本となる(らしい)文字の読み方を教わってた。なんか僕は呑み込みが早い方らしいんだけど、もうお日さまは天高く昇ってて教わり始めてから半日近く時間が経ってる事が分かった。
「何も知らない状態から始めて、もう本を読む段階まで来てるんです。リーオは凄いですよ。自信持って良いです」
セインは力強く励ましてくれるけど、比較になるヤツがいないから本当にそうなのかが分かんない。もしかすると僕にやる気を出させるためだけにそんな事言ってんじゃないかって思っちゃう。あーあ、僕ってやなヤツだなぁ。
「あ、そうだ。お腹空いてませんか、リーオ? お腹が空いていると不機嫌になるって言いますし」
「んー、確かにお腹は空いてるかも。じゃあ、お昼にするか」
「と言っても、準備をするのは俺ですけどね」
苦笑しつつセインが立ち上がる。
うん、それは分かってる。僕も料理が出来ない訳じゃないけど、セインほど上手くはない自信があるし、こいつが絶対台所に立たせてくんないだろうなってのも分かってる。けどさ、ちょっとくらいは主導権握りたいじゃん。ここ来てからずーっとこいつに色々気ぃ使ってもらってばっかなんだから。
「んじゃ、続きは昼食べてからって事で」
本を開いたまんまの状態で放置しようとした僕に、「駄目ですよ」と声がかかる。
「開いた状態で長時間放置してたら、本に変な癖が付いてしまいます。ちゃんと戻さないと駄目です」
ひょいっとテーブルの上の本を取ると、迷うことなく元あった場所に戻す。なんか、本の置いてある位置が全部頭ん中に入ってるみたいだ。まぁ、テーブルの真横の棚にあったヤツを取り出しただけだから、別に迷うほどの事でもなかったのかもしんないけど。
カーテンを閉めて、明かりを消して、来た時とおんなじ状態に戻してから僕達は書庫を後にした。なんでも、本を長期間保存するためには温度やら湿度やらを一定にしておかないといけないんだと。まぁ、これも僕には良く分かんなかったけど。
つーか、そんな風にきちんと管理しなきゃいけないもんなら、もっとこう、カギ付きの箱ん中にしまっておくとかそんな感じの事をしとけばいいのに。
そんな事を考えながら僕はセインが昼ご飯を作るのを待っていた。
昼ご飯を食べ終わったら、また文字の勉強を再開。今度はさっきまで習ったとこを音読してみる。
「えーっと、ぴかぴか、きら、きら、お……お星さま、よ、よぞら? にぽつんと、ぽつんと……」
「浮かんでる」
「あぁ、それそれ。夜空にぽつんと浮かんでる。ぴかぴかきらきら……」
「瞬いて」
「ま、瞬いて、お空に一人、浮かんでる。とってもき、綺麗なその光、とも、だち? 友達たくさん引き寄せた」
たったこれだけを読めるようになんのにかなり時間がかかった。
はぁ、道のりは遠いなぁ。真黒な中に一つだけ黄色っぽい丸いの――たぶんこれがお星さま――が描かれてんのと、その星の周りに六つのちっちゃい光が集まって来てるとこを描いたのと、開いてるページに載ってる二つの絵を見ながら僕は小さくため息をつく。
「あ、もうこんな時間ですか。俺はちょっと外の様子を見てきますね」
窓の上にかけられた丸い変なの――時計っていうらしい――を見たセインが、立ち上がろうとイスを引いた。
「えー、まだ全然読めてないじゃん。もう少し教えてよー」
「すみません。終わったら続き見てあげますから」
「ちぇー」
もうちょっと付き合って欲しかったんだけど、仕方ないよな。こいつにだって色々とやんなきゃいけない事あるんだろうし、いつまでも僕に構ってなんかいらんないか。
セインがいない間にうんと読めるようになって、驚かしてやろう。読むだけなら口に出すよりかは早いし。そう思って僕は「ぺーじ」をめくる。




