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団扇

 ぴちゃん、と水音がどこか遠くの方から聞こえてくる。


「……うーん」


 その音に引き寄せられるように、ぼんやりと靄のかかった頭が段々とはっきりしてくる。

 と、おでこになんか柔らかいものが乗せられて、その冷たさに僕はゆっくりと目を開いた。ぼやけた視界が徐々に焦点が定まり、目に映るものがはっきりとした輪郭を取っていく。


「セ、イン……?」

「はい、そうですよ」


 不安そうな瞳で僕の顔を覗き込んでたそいつに声をかけると、それまでとは打って変わってぱぁっと明るい笑みを浮かべる。セインの顔を良く見ようとちょっと首を動かしてみて分かったんだけど、背中に感じる固い感触からどうやら僕は今床に寝かされてるみたいだ。


 うーん、なんでこんな事になってんのか思い出そうとしてんだけど、まだ完全には頭が回ってないみたいでどうも記憶がはっきりしない。こいつと一緒にご飯食べて、薬打ってもらって、えーっと……それからどうしたんだっけ?


「それにしても、気が付いたみたいで良かったです。びっくりしましたよ-。体を拭いてあげている最中に急に顔を真っ赤にしたと思ったら、そのまま倒れちゃうんですから」


 苦笑を浮かべてセインが状況を説明してくれた。なるほど、そういやそうだったかも。段々思い出してきた。

 なんだかまだあの時のひんやりとした感触が残ってる気がして、ふと胸元に触れてみた。って、あれ? これ、僕が着てた服じゃない。なんかボタンがついてる。おかしいなぁ、僕が今日来てたのは動きやすさ重視の薄手のTシャツだったんだけど。


 床に寝っ転がった状態で首をかしげた時、僕の目が同じようにボタンのついてるシャツをとらえた。まぁ、ただ単にセインもおんなじのを着てたってだけなんだけど……って、え? セインもおんなじのを着てる……? それって、つまり……。


「あ、あのさ、セイン」

「はい、何でしょう?」


 ふと浮かんだ疑問をはっきりさせるために、ぱたぱたと団扇をあおいでるセインに話しかけてみる。


「これ、今僕が着てるのってもしかして――」

「あぁ、はい。それは俺の服ですよ。リーオが着ていた服はもう洗濯機にかけちゃってましたから」


 質問を言い終わる前に答えられちまった。でも、これで僕がこいつとおんなじ服を着てる理由が分かった訳で。……どうしよ、またどきどきしてきた。


 とりあえず、あんまその事を考えないようにすっために、わざと意識を別の事に向けてみる。


「な、なぁ、僕ってどんくらい寝てた?」


 訊かれたセインはちらっと視線を上の方に向けると、


「今が丁度九時でお風呂に入ったのがたしか八時をちょっと過ぎたくらいでしたから、入浴時間を差し引いてたぶん三十分くらいでしょうか?」


 眉根を寄せてちょっと思案顔をした後、また僕の方に視線を戻して言った。


「そっか……」


 正直、ここにまで時告げの鐘は聞こえてきてなかったから、そんな正確な時間は分かんないだろうなって思ってたんでびっくりした。こいつの体内時計は物凄く正確なんだろうか。それとも、単に適当に言ってみただけなんかな?

 うーん、って唸りながら首を横に向けたとこで、セインのズボンが濡れてる事に気付いた。


「おま、着替えてないの?」

「えぇ、俺はロボットなのでこの程度で体調を崩すような事はありませんし、なにより用意しておいた着替えをリーオに着せてしまったので……」


 切れ長の蒼穹(ソラ)色の瞳をさらに細めて、あはは、と苦笑するセイン。その様子がなんか可愛くて、じっと見つめちゃいそうになったんだけど、そこではたとある事に気付いた。


「え、今僕がお前の着替え着てるっつーことは、もし普通に風呂上がってたら僕の服はどうなってたわけ?」

「えーっと、とても言いづらいのですが、用意してませんでした。誰かと一緒にお風呂に入るなんて物凄く久しぶりだったもので……忘れてました、あはは」


 一瞬「しまった!」っつー感じで顔を引きつらせた後、再び苦笑を浮かべるセイン。なんだろ、今度のは可愛く見えない。こう、どことなくいらっときたからか?


 じとーっと見つめてくる僕の視線に耐えらんなくなったのか「じゃ、じゃあ、俺はちょっと水を取りに行ってきますね」ってばたばたと脱衣所を出てった。……なんつーか、分かりやすい奴だな。


 ま、じつはまだちょっと頭がぼーっとしてるし、もう少しここで横んなってるか。背中は痛いけど。

 そう思っておでこに乗ったタオルをずり下げ、目を隠すようにしてからゆっくりと深呼吸してっと、ぱたぱたと足音が聞こえてきて脱衣所のドアが開けられた。


「はい、お水持って来ましたよ。身体、起こせますか?」

「ん、あんがと」

「一気に飲んじゃ駄目ですよ。少しずつ、少しずつ、時間をかけて飲んで下さいね」


 僕がちびちびと水飲んでる間、さっきみたいに僕の横に膝をついたセインが背中に手をまわして、微妙にふらつく身体を支えてくれてた。


 喉乾いてたから、本当は一気にがーっといきたかったんだけど、前に表層――まぁ平たく言えば街の最上層――で家畜の世話してた時にぶっ倒れた事があって、そん時に出された水一気飲みしたら余計気持ち悪くなったっつーことがあったから今回は我慢しといた。なんか、頭がぼーっとなるとことか共通してるし。

 そんな事まで思い出せるようになってきたっつーことは、だいぶ頭が回るようになってきたみたいだな。なんて、ちょっと一安心。


「ん、たぶんもう大丈夫」


 言いながらコップ返すと「まだ駄目です」って怖い顔でコップごと手を掴まれた。


「さっきも大丈夫大丈夫って言ってて結局倒れちゃったんですから、今回は絶対に大丈夫だって確信出来るまでお世話しますからね」


 言うや否や空っぽのコップを持ったまんま僕の膝裏に手をまわして、そのまんま軽々と僕を持ち上げた。


「わ、わわっ! だからもう大丈夫だって!」

「駄目ですってば。まだリーオの分のベッドを用意していないので、悪いんですが今日は俺のベッドで寝て下さい」


 両手でぐいぐい押してるにもかかわらず、セインの頭は一切ぶれず、何事もなかったみたいに僕を寝室のベッドまで運んできた。つっても、脱衣所から寝室まではセインの歩幅で十歩も離れてなかったんだけど。

 つーか、セインの寝室は風呂場の斜め前だった。近いのも当たり前だな。


 なんつーか、この家はかなり縦に長い造りみたいで、居間のドアを出たらすぐ右手に風呂場左手に客間、その奥にトイレとセインの部屋、それに書庫があるみたいだ。トイレと書庫の間にも通路があって、そこは台所につながってるらしい。そう説明してくれた。

 それならなんで洗いものが終わった後居間通って台所から客間に移動するなんて遠回りな方法取ったのかって思うけど、たぶんこいつの事だから僕の様子もついでに見ておこうとかそんな感じの事を思ったんだろ。


 いかにもあいつらしいやって思ったとこで、まだあいつと出会って一日も経ってない事に気付いた。

 なんか、気持ちの上ではもう何年も一緒にいたような、そんな心安らぐ親近感を覚えてたんだけど。そんな風に驚くと同時に、僕はまだ全然あいつの事を知らないんだなとも思って、なんだか寂しいような悲しいような、とにかく変な気持ちになった。

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