風呂
「……で、なんでこうなってんの?」
熱いタオルが背中を擦りあげてく感触に、どこかくすぐったいもんを感じながら不満を垂れる。
「だって、今日一日で沢山汗をかいたじゃないですか。だから、寝る前にはきちんと綺麗にしておかないと」
肩甲骨のラインに沿って背中を拭いてるセインが、さも当然といった感じの口調で答えてくる。
や、僕が言いたいのはそういうんじゃなくって、なんでお風呂場で僕がセインに身体を拭いてもらってんのかって事! 身体くらい自分で拭けるって!
「駄目ですよー。今のリーオは片足が使えなくて上手くバランスが取れないんですから、身体を洗っている最中にバランス崩して倒れちゃうかもしれません。そうしたらもっと怪我が酷くなっちゃうかもしれないでしょう?」
最悪今よりも怪我が増えちゃうかも、って言いながら丁寧に丹念に僕の背中を熱々のタオルがなぞってく。じんわり熱いタオルの感触と、肩に触れてるセインのひんやりした手の感触がこそばゆくって、思わず身震いしちまう。
「ひゃうっ!?」
セインの手が脇腹にかけられて、冷たさとくすぐったさから変な声が出ちまった。
「あ、すいません。痛かったですか?」
僕の声に驚いたのか、ぱっと手を離したセインが訊いて来る。
「い、痛かったんじゃなくって、その逆……」
「え?」
「~~!! 何でもないっ!」
どうせすぐに洗うからって理由で、ズボンが濡れんのにも構わず湯気の漂う風呂場で膝立ちになってるセインから目を逸らし、風呂場全体を優しく照らし出すオレンジ色の照明をじっと見つめる。
あの後、洗いものを終えたセインは、台所から移動する途中で僕があくびしてるのを見て、「疲れているみたいですし、ちょっと早いですけどお風呂にはいっちゃいましょうか」なんて満面の笑みで言ってきやがったのだ。
当然嫌がる僕を抱き上げてこいつは風呂場へ直行。遺跡で良く見かけた壁に埋め込まれた黒い薄い板に触れると、ピーって音がして、その後すぐに壁の向こうから水音が聞こえてきた。
「これで、五分もすればお風呂に入れますよ」なんてすっごくニコニコした顔で言いやがるから、僕は怒ってた事も忘れて「え? お風呂っていつでも誰でも入れるようにそれ専用の施設があんじゃないの?」なんて首をかしげちった。
「へー、リーオ達の街には共同浴場しかないんですか」
「は? きょうどうよくじょう? それって銭湯の事?」
「そうとも言いますね。しかし、個人でお風呂に入る習慣はないんですか?」
「んなもんあるわけないじゃん。僕達が住んでる階層は木造だから、ずーっと水溜めてっと腐っちゃうんだよ。だから、木造の階層に住んでる人達は皆、六層にある銭湯に行くの」
「なるほど。設備の維持のために一括で管理してしまおうという訳ですか」
なんて抱きかかえられたまんまの状態で他愛のない話をしてるうちに、再びピーっと音が鳴る。
「あ、お風呂出来たみたいですね」
「え、もう?」
「我が家の湯沸かし器は高性能ですから」
自慢げに口角を釣り上げるセインを見て、そこではたと気付いた。
「えっと……これってもしかしてもしかすると、僕とセイン一緒に入んの?」
「嫌ですか?」
キョトンとした顔で聞き返されて、かーっと顔が熱くなる。
「や、嫌って訳じゃないけどなんか、ほら、あれだよ。怪我の心配してんなら僕一人でも大丈夫だから平気だって」
「駄目です。何かあってからじゃ遅いんですから」
柔らかな、でも強い意思のこもったその声にボクは言葉に詰まっちまって、そのままセインの勢いに流されちゃったのだった。
つー訳で今に至る。
背中を拭き終わったセインは次に僕の腕を擦ってる。さっき一回お湯ですすいだから、タオルはまた熱々に戻ってる。背中を拭いてた時には目に入んなかったんだけど、今はまっすぐ伸ばした僕の腕のすぐ横にいるから、セインの透き通るような白い肌やさらさらと揺れるダークブルーの髪が視界の端にちらつく。
シャツは着たまんまだからそこまで露出は酷くないんだけど、暑いからってはだけたボタンの隙間からちらちらと鎖骨が垣間見えて、なんか変な気分になる。こう、顔が熱くなってきて、セインの事を直視出来なくなって、頭がぼーっとして。湯気の熱気にでも当てられたんかな?
なんかちょっとくらくらする頭でぼんやりと何もない空中を見つめる。すると、おでこに冷たい感触がして視界が暗くなり、「ひゃっ」ってまた変な声が出ちまった。
「な、なんだよ、いきなり!」
「いえ、なんだかぼーっとしてたみたいでしたので、熱でもあるのかなと」
セインの手の平のひんやりとした感触に、頭にのぼってた血がゆっくりと降りてくような、そんな感じを覚える。それと一緒に、ぼんやりと靄のかかってた頭がすっきり晴れていく。
「大丈夫ですか? まだ身体拭き終わってませんけど、もう上がりますか?」
そこまで言われたとこで、ようやく僕はセインのもう片方の手が、はっきりとした熱を持ったタオルがどこに当てられてんのかに気付いた。
うん、まぁ簡単に言っちゃえば、セインの手は僕の胸に当てられてた。その事を自覚した瞬間、今度は別の意味で頭に血がのぼる。顔が真っ赤に染め上げられる。
いやいやいや、どんだけ無防備だったの、僕!? 普通胸ごしごしされてたら気付くでしょ! 心臓の上に当てられたタオルがさっきよりもずっと熱く感じる。なんだか胸もドキドキしてきたし、さっき下がったはずの熱もまた戻ってきた。
「え、あの、その、大丈夫……だ、けど」
視界が塞がれてるからか、おでこに触れるセインの手の柔らかな感触と、胸に触れるタオルのざらざらした感触がやけに鮮明に感じられる。この心臓の高鳴りがタオル越しにセインに伝わっちゃうんじゃないかって思って、思わずぎゅっと腰に巻いたタオルの端を両手で握り締めた。
「本当に大丈夫ですか? なんだか鼓動がかなり速くなっているみたいですが。それに、体温もかなり上昇してきているみたいですよ?」
自分の状態を正確に言い当てられて、びくんと肩が跳ねる。
「や、だから、あの……」
心臓が口から飛び出しちゃうんじゃないだろうか。そんな風に思っちゃうくらい心臓がどきどきしてる。どきどきっつーかもうばくばくっつった方が良い感じ。
胸のタオルがそっと離された時、全身からふっと力が抜けたんだけど、その直後に来た氷のように冷たい感触に再び体がこわばる。
「ほら、こんなにもどきどきしてます。やっぱり大丈夫なんかじゃないですよ。もう出ましょう。きっと湯気で逆上せちゃったんです」
それまで僕の視界を塞いでた手がどけられ、不安げに揺れる蒼穹色の瞳と視線が重なった瞬間、それまでずっと張りつめてた糸がプツンと切れた。なんつーか、もうどうでもよくなってきた。
「わっ!? だ、大丈夫ですか、リーオ! リーオ!?」
視界がぐにゃりと歪んで、身体中の力が抜けていく。前のめりに倒れた僕の身体を抱きとめたセインの焦りで少し上ずった声を聞きながら、歪んだ視界が真っ白に変わっていく。
意識を手放す瞬間、最初は怖かったはずのセインの冷たさが、何故だかとても心地よく感じた。




