識字率
「はい、じゃあ少しちくっとしますねー」
しゅるしゅると手早く包帯をほどいた後、そう言って僕の肌に筒状のものを押し付けるセイン。
……って、ちょっと待った! さっきは遠目で気付かなかったけど、なんか先端から鈍く光る細いもの突き出てるよね、それ!? 間違いなく突き出てるそれって針だよね!? なんか物凄く不安を掻き立てられんですけど!
「大丈夫、痛いのは最初だけですから」
いやいやいや、そういう問題じゃなくって! 痛いか痛くないかじゃなくって、これから何をするのかが大事なんだって!
このまま足をばたつかせて抵抗しようかいやでもそうすると怪我してる方の足に激痛が、とか何とか考えてるうちにふくらはぎにちくっと痛みが。
見ればセインが手に持った透明な筒を、正確に言えばそこから突き出た細い針をだけど、僕の足に刺してた。足に針を刺されるなんて経験、初めてだったから一瞬ぎょっとなったけど、こいつの言ったとおり痛いのは最初の一瞬だけであとは何とも言えない不思議な感触がするだけだった。
つーか、刺してるだけじゃなくって、筒の中に入ってる薬(?)を流し込んでもいるみたいだ。筒の先端に添えられた親指がゆっくりと押すように動いてる。黒い飾りの付いた棒っぽいものが針の根元まできたところで、ゆっくりと針が引き抜かれる。
「これで一晩すればだいぶ良くなると思いますよ」
針を抜いたところに素早く変な布みたいなものを張り付けたセインが顔を上げる。
「たぶんこのくらいの怪我なら、三、四日すれば治っちゃうと思います」
僕に話しかけつつ、手元も見ないで包帯を巻き直してくセイン。なんつーか、器用だなーなんて思いながらぼーっとこいつの細くてきれいな指の動きを見つめる。なんか包帯巻き直しながら色々と薬についての説明をしてくれてたみたいだけど、ほとんど耳に入ってこなかった。
「さて、じゃあ俺は洗いものをした後、リーオの分のベッドの用意をしてきますか」
きゅっと包帯の端を結んだ時、心なしか昼にやってもらった時よりも痛くなかったような気がした。早速薬が効いてきたのかな? それにしてはいくらなんでも早過ぎな気がすっけど。
「え、もう寝んの?」
「まさか。まだ早いですよ。でも、用意は早いうちにしておいた方が良いと思いまして」
「あ、なるほど。じゃあ寝るかってなった時になんも用意してないと面倒だもんな」
「そういう事です。では、俺は食器を片付けますから、リーオはそこで本でも読んでいて下さい」
「あっ」と声を漏らして、立ち上がったセインの服の裾を反射的に掴む。
「どうしたんですか? あ、本が置いてある場所まで移動出来ないんでしたっけ。じゃあ、どんな種類の本が読みたいのか言って下さい。俺が代わりに取って来てあげます――」
「そうじゃない」
「――から……って、え?」
視線を部屋の奥、薬を取りに行く時に使ったドアの方に向けてたセインが、形の良い口を半開きにしたまんまこっちを振り向いた。
たぶん、自分の発言を途中で遮られるなんて思ってなかったんだろ。僕だって、あんまこういうのは好きじゃないし。でも、それでも今の僕にはこいつに伝えなくちゃいけない事がある。
「本を取って来て欲しいんじゃなくて、実は、その、僕……字ぃ読めないんだ……」
気まずさと申し訳なさからセインの顔をまともに見らんない。ズボンをたくし上げたまんまの右足を見ながら、さらに言葉を続ける。
「……その、さ。数字とかなら僕でも読めんだよ。でも、文字ってのは読み方習わなくって。つーか、うちの親も文字読めないし。ほら、本って高級品だから、貴族どもでもないと持ってないじゃん。だからさ、文字読めなくても問題ないっつーか……」
なんだか無性に自分が情けなく思えてきて、次第に声が小さくなってく。最後の方はほとんど口をもごもご動かしてるだけみたいな感じで、ちゃんと声になってたのかも怪しい。
そんな僕の告白を聞いて、セインは「すみませんでした」と謝って来た。
「えっ、いやお前が謝るとこじゃ――」
「謝る所です。リーオがそんなにも文字が読めない事を気にしていたなんて思いもしなくて。配慮が、足りてませんでした」
そう言ってセインは視線を足元へと向けて、蒼穹色の瞳を申し訳なさそうに細めた。
「アンケセラの人達とは知識レベルが違うって分かった時点でその可能性を十分考慮しておくべきでしたね。俺の考え足らずでした」
「や、だからセインは悪くないって! ほら、僕があんまりにも深刻そうに言うから調子合わせてるだけでしょ? 僕、そこまで気にしてないからさ、そんな風に気にし過ぎられっと逆に気まずいっつーかなんつーか……」
なんか、あんまりにもセインがごめんなさいオーラを出すもんだから、思わずフォローを入れちまった。いつの間に立場が逆転したんだろ。んー、まぁいっか。
「ほら、洗いものすんだろ? 早く済ませてこいよ。そしたら文字の読み方教えてもらうから」
「えっ? あぁ、はい。そうですね。でも、その前にベッドの準備です。じゃあ、ちょっと待っていて下さいね」
気を取り直したらしいセインは、ひょいひょいとテーブルの上の食器を積み重ねていって、それらを全てまとめて片手で運んでった。
ふぅ、機嫌が直ったみたいで良かった。
つーか、怪力過ぎんだろあいつ。あれなら僕を背負った状態で遺跡の壁も登れんじゃないだろうか。そう思ったけど、本人が気付いてないっぽかったので、僕も言わないでおく事にした。理由は良く分かんないけど、ここで過ごす時間をあっさりと終わらせるのはなんとなく嫌だったから。




