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刺身の短編集

蟲の声

作者: 彼方の旅路

市街から少し離れた場所に、とある公園が存在した。鉄棒と砂場、ブランコだけがぽつりと設置されており、お世辞にも大きくて立派な公園などとは言えないような、小さい公園だ。

その小さい公園に、五歳くらいの男の子がペッタリと尻を地面に着いて、座りながらナニかを夢中になっていじくりまわしていた。


「だんご〜だんご〜!まんまるだんごのだんごむしむし♪」(作詩・作曲 五歳児の男の子)


男の子は、たまたま脇を横切ったダンゴムシを執拗に指でつっつき回し、くるくると身を守る為に体を丸めるダンゴムシをこれでもか!と、いう具合に楽しそうにいじくりまわす。

そんな男の子を見つめる、二人の人間がいた。

一人は、男の子をほほえましい笑顔で見つめる、母親だ。母親は、虫だろうがなんだろうが、ナニかに興味を持ってくれる我が子の姿が嬉しかった。もう一人は、セーラー服に身を包んだ、十五歳くらいの女の子だ。その女の子は、遠巻きに男の子を見つめ、何故か知らないがとても不安げな表情だ。心なしか、顔色も悪い。笑顔を浮かべる母親とは、対称的な印象がうけられる。


(お願い!もう、止めてあげて!!)


少女は願う。必死に心の中で男の子に懇願するが、少女の願いは虚しく、男の子は丸まったダンゴムシをつまみ上げ、そのままダンゴムシをどこかに放り投げてしまう。


ギャアアアアアアアア!


「いやあああああ!!」


突然叫び声をあげた少女に、母親と男の子は何事!?と、いったふうに少女を凝視する。二人の視線をガン無視して、少女はダンゴムシが放り出された方向に向かって全力でダッシュする。そして


「だ、大丈夫!?」


と、地面に向かって喋り出す始末である。母親と男の子にとっては、不気味な事この上ない。頭がイッちゃった子供なのか、それとも不審者なのか。どっちにしろ、怪しい人間にはかわりなかった。足早に公園から去っていく親子。


イテテ……マジ、死ぬってコレ。なんなんだよあの人間!俺みたいな虫をいたぶって楽しいのかよ!!あ〜痛い痛い。しかも、もう一人人間が近寄ってきやがった。頼むから殺さないでくれ。人間に踏み潰されて死ぬのが一番キツイよ……


「大丈夫よ。私は、何もしないし、あなたの事を殺しもしない。」


はあ?もしかして、この人間は俺の思ってる事がわかるのか!?ンな訳ねーか…


「いいえ、わかるわ。私は、虫の声がわかる、蟲聴きよ。」


すると、丸まっていたダンゴムシは、ゆっくりと体を伸ばし、元の状態に戻っていく。


俺達みたいな、虫の声がわかる!?そんな人間、今まで見た事も聞いた事もねーよ。


「でも、現に会話できてるでしょ?」


そう、少女・鳴澤武美なるさわたけみは、虫の声が聞こえ、理解できる蟲聴きという特殊な才能の持ち主だった。彼女がこの能力に目覚めたのは、小学二年生の時だ。たまたまジブリ作品の、「風の谷のナウシカ」に憧れ、虫が大好きな変わった女の子として生活していた。ある日、いつものように空を飛んでいた大好きな赤とんぼを追い掛けまわしていたら、突然


「……チッ、ま〜だ追っかけてきやがる。しつこい人間だな。上ばっかり見てると、車に轢かれて死ぬぞ。」


と、どこからともなくおかしな声が聞こえきた。呆然と立ち尽くしていると、再び


「あ?や〜っと諦めたか。オメーみたいなクソガキに捕まってたまるか!」


武美は恐ろしさと怖さに、ガタガタと身を震えさせた。頭の上から正体不明の声が聞こえてくるのだ。小学生だった武美にとって、全身が凍り付くような衝撃と恐怖だった。泣きながら家に帰り、母親に今の出来事を話すと


「幻聴?気のせいじゃない?それか、たまたま近くにいた人が声をかけたとか。」


母親に言われて、よーく考えてみると、そうなのかもしれないと自分に言い聞かせ、無理矢理納得した武美。

そして、その出来事から数ヶ月が経ったが、謎の声はそれっきり一切聞こえてこなかった。その為、武美はすっかり謎の声を忘れてしまっていた。

さらに数ヶ月後、武美は学校の遠足で山にピクニックに行った時だった。


「武美ちゃん。あそこでお弁当食べない?」


「いいよ!あそこら辺にしよう。」


友達と弁当を食べる為、レジャーシートを広げた時だ。再び、あの声が聞こえてきた。


「うおおおおおお!?なんだあ!?」

「きゃああああああ!!」

「に、人間だ!人間がきやがった!!」

「ああ!デカイ布を広げやがった!!」

「クソッ、俺達の住家がああああああ!!」

「もう駄目だあ!!」

「逃げろ!!逃げるんだ!!」

「ああ!耕太郎が踏み潰されたぞおおおお!!」

「チクショウ!大輔も下敷きにされた!!」


まただ。また、あの声が聞こえる。しかも、前回とはくらべものにならない、桁違いの声が聞こえてくる。しかし、今回は前回と違い、上からではなく、下から謎の声が聞こえてくるのだ。武美は、怖さもあったが、何故今回は下から謎の声が聞こえるのか、好奇心の方が僅かに勝り、恐る恐る地面を見てみると……


「蟻?」


蟻。武美の視界には、何十匹もの蟻しかうつらない。


「ねえ、今……変な声が聞こえなかった?」


不審に思い、武美は友達に尋ねてみるが……


「変な声?どんな?」


「えっと……人間が来た!とか、逃げろ!って言う叫び声みたいなの。」


「そんな声、聞こえなかったよ?空耳じゃない?」


と、言う返事がかえってきた。これ以上謎の声について、友達に聞いても変な人間として見られ、怪しまれそうなので仕方なくお弁当を食べ始める。………が!


「おいおい、仲間を何匹も潰しておいて、優雅に食事かよ!」


「だから人間は嫌いなんだ!この地球上で一番残酷な生き物だね。」


「見ろよ!右の人間なんか、笑ってやがる。」


「なんか、左側の人間は俺達の事ガン見してね?」


この時、武美は「もしかしたら、この声は蟻達の会話している声なの?」と、うっすらと自分の特殊な才能に気付いた。そして、それは確信にかわる。


「何見てんだよ!見世物じゃねーぞコラ!」

「大輔を返せえええ!」

「クソがッ!見下しやがって…」

「その食い物寄越せ!糖分たっぷりのヤツなら嬉しいぞ!」


やっぱりだ。この声は、蟻の声なのだ。とりあえず、武美はデザートの林檎を小さくちぎり、そっと蟻達の側に置いて


「ごめんなさい。あなたたちの巣を壊すつもりはなかったの。仲間も沢山潰してしまって、本当にごめんなさい!」


と、謝罪するが、返ってきた返事はとても冷たいものだった。


「おい、この人間は俺達の声がわかるらしいぜ。」

「みたいだな。」

「だけど、ごめんなさいで済めば、警察も自衛隊もいらねーんだわ。」

「こんなエサで俺達の怒りがおさまると思ってんのか?」

「もう、耕太郎も大輔も帰ってこないんだぞ!」

「虫だって、生きてるんだ!」

「人間は何時だって、俺達の事を平気な顔で殺しやがる!」


武美はショックを覚えた。虫は嫌いじゃない。むしろ、大好きだ。だが、今まで自分は、虫の気持ちを考えた事があっただろうか?

好きだから追い掛け回す。

好きだからつっつく。

好きだから捕まえる。

好きだから標本にする。


今までやってきた行為は、全て自分本位な行動で、虫の気持ちは完全に度外視していた。

好きだからやる。だが、虫達にとっては、迷惑な事この上ない行為だ。今だってそうだ。


蟻を潰した。かわいそうだからエサをあげよう。これで勘弁してね。


これを人間で例えると


人を車で轢き殺した。やっちゃった。金さえ渡せばいいだろ。これでチャラにしてね。


こんな事をされたら、当然遺族達は怒り狂うであろう。虫だって同じなのだ。生きているのだ!


武美は、蟻達に何も言えなかった。









「ホントに、勘弁して欲しいわ。人間だって、自分より体格のいい奴からボコボコにされた揚句、ビルの上から放り投げられたら、たまったもんじゃないだろ?」


ダンゴムシは、痛々しく体を這わせ、ゆっくりと武美から離れて行く。


「虫の気持ちも、考えてくれ……」


武美にそう言い残し、ダンゴムシは二度と動かなくなった。武美は、ただただ涙を流しながら、動かなくなったダンゴムシをいつまでも見つめていた。







虫だって、生きてます!

虫の気持ちになった事、ありますか?

彼等の事が好きなら……

そっとしておいてあげて下さい。

構わないで下さい。

それが、虫達の幸せだから。



終わり

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