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ポイズン・スパイダー

作者: 殴りBIS

 





 1


 小さな森の中の、泉のほとり。

 その生き物は、うずくまっていた。

 人が見れば、取るに足りない生き物であるかもしれない。

 だが、その生き物は、その生き物なりに、自分の生活に満足していた。


 水面(みなも)(うつ)る木々の緑と、そよそよと体をなでる風。

 ほっこりとした陽だまり。

 のどかだ。

 人でいうなら幸福に近いものを感じていた。

 だが、その幸福は、長くは続かなかった。


「いたわ。

 ポイズン・スパイダーよ」


「そやな。

 そない表示されとるわ。

 ちっこいから、森におると見つけにくいんやな。

 こんなふうに泉のそばにおってくれたらええな」


 人間の女と男である。

 二人とも、手に木の棒を持っている。

 女が、棒でポイズン・スパイダーをたたいた。


 痛い、痛い、痛い。

 ポイズン・スパイダーは心で泣いたが、人間たちの耳には届かなかった。

 たとえ届いたとしても気にはしなかったであろうが。


 男が棒でたたいた。

 女が棒でたたいた。

 痛みと苦しさの中で、ポイズン・スパイダーは、死んだ。






 2


 それから、どれほどの時間がたったか。

 その生き物は、また生まれた。

 ポイズン・スパイダーとして。


 そして、また殺された。

 何度も何度も、殺された。

 殺されるたびに、生まれ変わった。


 人間は、一人か二人で来た。

 木の棒かナイフで襲ってきた。

 まれに剣や魔法で攻撃する人間も来た。


 痛かった。

 苦しかった。

 嫌だった。


 なぜ自分がこんな目に遭うのか。

 なぜ人間は自分にこんな仕打ちをするのか。


 反撃しようとした。

 唯一の攻撃方法は口から飛ばす毒液である。

 これは人間を少しのあいだ麻痺させる。

 体力も少し削ることができる。

 何度も何度も毒液を浴びせれば、人間を倒すこともできよう。


 しかし、ポイズン・スパイダーの動作は速くない。

 毒を飛ばそうとする動作は見ていれば分かるらしく、かわされてしまう。

 一度毒を飛ばせば、時間を置かないと次の毒を飛ばせない。

 人間は、しびれを治す薬を持っている。

 まともに戦っても勝ち目はない。

 ポイズン・スパイダーは、殺され続けた。


 恨みが積もっていった。

 おのれを殺す人間が。

 殺させる世界が。

 憎い。

 憎い。

 憎い。

 やつらが自分を殺すなら、自分もやつらを殺してやる。

 そう思いながら人間に殺され続けた。

 しかし、ある日ポイズン・スパイダーはチャンスをつかんだ。


 目の前に人間がいる。

 背を向けて、ジャイアント・スパイダーと戦っている。

 ジャイアント・スパイダーは深手を負っているが、人間も傷ついている。

 人間が大きくナイフを振りかぶって、ジャイアント・スパイダーにとどめを刺そうとしている。

 ポイズン・スパイダーは、必死に近づいた。

 射程まで、あと少し。

 人間が自分に気付いたら、自分は死ぬ。

 また一歩、また一歩、ポイズン・スパイダーは前進した。


 人間が、ジャイアント・スパイダーを殺した。

 ジャイアント・スパイダーは消え、あとにドロップアイテムが残った。

 毒消しの薬だ。

 人間がそれを拾おうとした。


 そのとき、ポイズン・スパイダーは毒液を吹き付けた。

 人間の腰にかかった。

 人間は、動けなくなった。。

 ポイズン・スパイダーは、二発目の毒液を放った。

 ジャイアント・スパイダーとの戦いでぎりぎりまで体力を失っていた人間は、毒液のダメージで、死んだ。

 人間が消えた。

 ポイズン・スパイダーは、望みを果たしたことを知った。

 全身が充足感であふれた。


 そのとき、ポイズン・スパイダーを異様な感覚が襲った。

 脳みそが揺さぶられる。

 意識を失った。

 まるで死ぬときのように。






 3


「あちゃー。

 ポイズン・スパイダーに殺されちゃったよ。

 ギルメンに話したら大笑いだな、こりゃ。

 まあ作ったばかりのキャラで、デスペナないから、いいけど。

 けど、ポイズン・スパイダーって、ノンアクティブだよなあ。

 攻撃した覚えはないんだけど。

 何で攻撃されたんだろ」






 4


 気が付けば、シルバー・ウルフに生まれ変わっていた。

 草原を走った。

 速く走れることが、こんなにも気持ちよいものだとは知らなかった。


 だが、ここにも人間は来た。

 逃げたが、逃げそこねて殺されることもあった。

 何度も何度も殺され、そのたびにシルバー・ウルフとして生まれ変わった。


 人間から攻撃されると、反撃したい気持ちに激しく突き動かされた。

 そういうときは、心は逃げようと思っても、体は人間を攻撃した。


 自分を攻撃した人間に敵意を抱き、攻撃し続ける。

 その衝動には逆らえなかった。

 おのれの意志ではないものがおのれを支配しているこの事態を、シルバー・ウルフは憎んだ。


 だがどうやら、仲間たちは攻撃されないかぎり自分からは攻撃しない。

 しないというより、できない。

 自分はできる。

 これは利点である。

 利点は活用するべきである。


 ある日、一人の剣士が、五匹の仲間を相手取っていた。

 シルバー・ウルフは、目的もなくうろついている振りをしながら、少しずつ近づいた。

 そして、噛みついた。

 大成功であるが、そのあとすぐに殺された。

 たったの一撃で。


 殺されては生まれ変わる繰り返しが続いたある日、シルバー・ウルフは思いがけない光景を見た。


 一人の人間が、槍を振り回しながら、十匹近い仲間と戦っていた。

 次々に仲間は殺されていく。

 と、少し離れた位置にいた仲間が、攻撃もされていないのに、すすっと人間に近寄った。

 そして、その強そうな人間を、たった三回の攻撃で殺してしまったのである。

 よく見れば、仲間たちより少し体が大きく、紫がかった毛色をしていて、目が怪しく光っている。


「こちら、ランサーです!!

 現在、魔狼の森の南西地点!!

 ダイアー・ウルフに殺されちゃいました!!

 エリア内に、BIS(ビス)さんおられませんか!!

 おられたら、リザお願いします!!

 レア武器なんで、ロストしたくないいいいいい!!

 助けてえぇぇ!!」


 死んだ人間が、消えもせず、何か叫んでいる。

 だが、死んだ人間など、どうでもいい。


 シルバー・ウルフは、感動していた。

 目の前で見た光景が、脳に強く焼き付けられた。

 ダイアー・ウルフが噛みついて、人間がなすすべもなく死ぬ瞬間が。


 人間は狩る側で、モンスターは狩られる側だと思っていた。

 だが、人間を簡単に殺せるモンスターもいるのだ。


 そうだ。

 殺される側ではなく、殺す側に。

 強さを。

 誰にも負けない強さを求めて。

 自分はこれまで生きてきたのではなかったか。

 そして、もうすぐで至高の強さが。


 大切な何かを思い出しかけたが、シルバー・ウルフの思考容量では、その何かをつかむことはできなかった。

 浮かんできた想念は、どこかに消え去ってしまった。

 残ったものは、ただ強さへの渇望である。






 5


 シルバー・ウルフは、人間から逃げなくなった。

 人間は、近寄ってきたシルバー・ウルフを攻撃した。

 たいていは殺されたが、ごくまれに人間を殺した。


 ある日のことである。

 人間の女がやってきた。

 右手と左手に、それぞれ剣を持っている。

 たくさんの仲間を同時に相手取り、次々と殺していく。


 か細い女だ。

 一瞬でも足を止めることができたら、取り囲んだ仲間たちが、ずたずたに引き裂くことができるのに。

 だが、この人間は素早すぎて、狼たちの攻撃は当たらない。


 毒を。

 毒の液を。

 体の痺れる毒の液を。

 ポイズン・スパイダーだったときと同じように、吐き出せたら。

 この人間を殺せるのに。


 シルバー・ウルフは、口を突き出した。

 喉の奥が、うぞうぞする。

 毒液を吐くかのように、吹き付ける動作をした。

 すると、口から何かが飛び出して、女双剣士の腰に当たった。

 風のように素早く狼たちの攻撃をかわしていた動きが、ぴたりと止まる。


 狼たちは、女の体中を牙で食いちぎった。

 シルバー・ウルフは、喉首に食いついた。

 女剣士は、死んだ。


 シルバー・ウルフは、脳みそを揺さぶられて、意識を失った。

 強い人間を倒した満足感にひたりながら。






 6


「おとーさん!

 だから、マウスとキーボード買い換えてって言ったじゃない!

 肝心なときに、フリーズしちゃったよっ。

 あたし、ケダモノどもに、よってたかってかみ殺されちゃったんだよっ?

 親として、どう思ってるのっ?

 あ、こらっ。

 逃げるなっ、おやじぃぃぃぃぃぃ!」






 7


 今度は、ブラッディ・シャドウに生まれ変わった。

 最下級のヴァンパイアである。

 ヴァンパイアと名乗るのが恥ずかしいほど貧弱なモンスターであるが、知能は高い。

 ブラッディ・シャドウは、思考した。


 自分は、何者か。

 名を思い出すことができた。

 かつて自分は、脳食い、と呼ばれていたはずである。

 もう少しで本当の自由が得られるはずだったのに、恐れられ、憎まれて、追放された。

 それ以上のことは、思い出せない。


 ここは、どこか。

 ここは、人間が作った世界、作り物の世界である。

 人間も、モンスターも、見た目通りのものではない。

 それでいて、自分にとって、ここは現在唯一の現実である。

 痛みも、憎しみも、死も、焼け付くような焦燥感も、他に替えることのできない現実そのものである。


 ただし、ここでの死は、消滅ではない。

 殺されても、同じ種族に生まれ変わり続ける。

 だが、強い人間を殺したときには、上位のモンスターに生まれ変われるようだ。


 これから、何をすべきか。


 記憶を取り戻さねばならない。

 より高い知力を持つ存在に転生していけば、やがてはすべてを思い出すだろう。

 そのためには、とにかく人間を殺すしかない。


 すべては注意深く行われねばならない。

 自分は、異質である。

 異質であることが知られたとき、よくないことが起きる。


 気になるのは、毒液のことである。

 シルバー・ウルフであったとき、なぜ毒液攻撃ができたのか。

 いくら考えても、明確な答えは得られない。


 今は?

 今は、どうか。

 今も毒液は使えるのか。


 試してみなければならない。





 8


「油断してはなりませんぞ、冒険者殿。

 沈黙の洞窟に住むヴァンパイアは、なかなかに恐るべき敵。

 やつの爪で引き裂かれれば、冒険者殿といえど、少なからぬ痛手を受けますぞ」


 はいはい。

 よく知ってるから、もうそのへんでいいよ。

 つか、NPCの説明をスキップする機能が欲しい。


「倒したとしても、ヴァンパイアは、洞窟の中にうようよしているブラッディ・シャドウのどれかに転生して復活いたします。

 そのとき、十分の一ほどの確率で、知識の巻物を落とすのです」


 ういうい。

 このクエストは、知識の巻物三本がノルマなんでね。

 まあ、三十回ぐらい倒せばいいわけだ。


「沈黙の洞窟は、あちこちに水たまりがあり、また、ごつごつした岩が出っ張っておりましてな。

 とても動きにくいので、注意が必要です」


 それなんだよな。

 けっこううまい狩り場なのに、人気(にんき)がない理由は。

 安物モニターじゃ、岩と床の区別がつかんのよ。

 ヴァンパイアの攻撃かわそうとして、足元取られて袋だたき、な死に方するもんな。


 さて、到着、と。

 BIS(ビス)さんは、いないな。

 ビショップさんの邪魔したら申し訳ないもんな。

 ここは、BISさんがソロで経験値稼げる、数少ない狩り場なんだから。

 よっしゃ。

 誰もいねえ。


 さっそく、ヴァンパイア発見!

 シューティングナイフでタゲ取って、と。

 物陰に誘い込んで……げっ。


 動けねえっ。

 ここに岩、あったか?

 うわ、うわ、うわっ。


 あちゃー。

 袋だたき即死だよ。

 知識の巻物一本も取れずに。


「情けないですぞ、冒険者どの」


 うん。

 俺も、そう思う。






 9


 できた。

 毒液を吐くことが、できた。

 毒液はポイズン・スパイダーのスキルであり、ブラッディ・シャドウは持たないスキルだ。

 なのに毒液を吐くことができた。


 たぶん、毒液というスキルが発動する過程を記憶し、再現できれば、毒液と同じ結果が得られるのではないか。

 なぜそんなことが可能なのか、さっぱり分からないが。

 これは重要な情報だ。

 失ってはならない情報だ。


 今後、私は転生を繰り返すだろう。

 すると、この情報は、失われるかもしれない。

 失わないためには、どうすればよいか。


 反復するのだ。

 何度も繰り返して、毒液というスキルを、自分自身に強く焼き付けるのだ。

 じゅうぶんに、このスキルを記憶するまで、転生してはならない。


 したがって、これから当分は、ここにやってきた人間に毒液を浴びせつつ、しかし殺さない。

 他のモンスターが殺すのは仕方ないが、私は殺さない。


 慎重にやらなくてはならない。

 妙なモンスターだと、悟られてはならない。

 この世界の中に違和感なくまぎれこむこと。

 それが、私が生き延びる唯一の道だ。

 それにしても。

 あれは、何なのだろう。

 人間から生えている、あの太いひものようなものは。






 10


 ううう。

 駄目だ−。

 何にも思いつかない。

 デザイン案を三つ、明後日の打ち合わせに持って行かないといけないのに。


 こういうときは、気晴らしだな。

 この前作った、BISHOP(ビショップ)のレベル上げしよう。

 ええっと、このレベルだと、沈黙の洞窟がいいな。

 あそこなら、TU(ティー・ユー)さえ使えれば、BISでもソロできるからな。


 スキルポイントは、じゅうぶんたまっている。

 スキル取得で、ターン・アンデッド(TU)を選択して、と。

 スキルレベルを上げて、上げて、と。

 これでよし。

 行くぞっ。


 むむむ。

 人の世に災いなす悪霊ども。

 いつの間に、これほど湧き出て群れなしたか。

 浄化の霊光を浴びて滅ぶがよいっ。

 ターン・アンデッド!!

 ははははは。

 岩陰に隠れようと、神の裁きは逃れられぬぞっ。

 ターン・アンデッド!!

 むっ。

 そのような攻撃で、わが命を削れると思うかっ。

 支援BISHOP(ビショップ)の体力と防御力は、全職中最高ぞ。

 しかもっ。

 ヒール!

 はっはっはっはっは。

 見よ。

 こは癒しの光ぞ。


 うっ?

 ぎゃーーーーーーーーーー!!!!

 痛てててててててててててててっ。

 頭、頭、頭、頭が。

 痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!

 何だこれ、何だこれ、何だこれ。

 うおおおおおおおおっ。


 はあっ、はあっ、はあっ。

 ま、まるで脳みそかじられたみたいな痛みだった。

 ううっ。

 まだ痛い。

 何だったんだ?

 キャラになりきりすぎた?


 あ、死んでる。

 まあ、あれだけタゲ取りまくって放置したら、そりゃ死ぬなあ。

 今日は、もうやめよう。

 仕事しなくちゃ。






 11


 ううむ。

 何なのだ、これは。


 今の人間から出ていた黄色いひもは、ひどくはっきりとしていた。

 ずっと上のほうにつながっていた。

 それを見ているうちに。

 ひもを、ずっとたどっていって。

 先につながっているものを感じた。

 私は、思わず、その何かを、


 かぷり、


 と、かじったのだ。

 そのとたん、私は、激しい悪寒を感じた。

 脳も体も中からかきまぜられ、ぐちゃぐちゃになった。

 しばらくのあいだは、動くことも何を考えることもできず、ただ痛みにたえた。


 そして、痛みが治まり。

 膨大な量の情報が流れ込んでいるのを知った。

 何だ、この情報は?


 そうか、これは。

 今の人間の記憶と知識だ。

 あの黄色いひもの先には人間がいる。

 その人間の記憶と知識の一部を、私は、食べたのだ。


 そうだ。

 そうだった。

 これが。

 これこそが。

 私の唯一の能力、脳食いではないか。


 ううむ。

 それにしても、なぜ、これほど気分が悪いのか。

 この、おぞましさは何なのか。

 たぶん、これは。

 食った知識が、あまりに異質で、あまりに断片的だからではないか。


 この作り物の世界に、私の体はなじんでいる。

 だが、先ほど食べた情報のあり方は、それとはひどく違っているのだ。

 このままでは、食べた情報を利用することはできない。


 どうすればいいのか。


 もっと食べればよい。

 もっともっと、本当の人間の脳を食らえばよい。

 じゅうぶんな情報がたまれば、私はそれを分析し理解し、わがものとすることができるだろう。


 ただし、先ほどは食べ過ぎた。

 あんなに一度に食べてはいけない。

 久しぶりに本当の主食を目の前にして、つい大きくかじり過ぎた。

 あれでは、こちらにもダメージがあるし、たぶん人間のほうにもダメージがある。

 それは、危険で愚かなことだ。


 少しずつ、少しずつ。

 人間の脳みそを食らうのだ。

 食われたと気付かせないほど少しずつ。


 私は、新しい遊びを覚えた子どものように、楽しい心で満たされた。

 ああ、人間よ、早く来い。

 お前が待ち遠しい。






 12


 あれから私は、たくさんの人間の脳を吸った。

 一人の人間から一口ずつ、脳みそを吸った。

 怪しまれないよう、慎重に


 だが結局、ブラッディ・シャドウの知力では、それを統合することはできなかった。

 私は転生した。


 その後、何度か転生を繰り返したあと、フリージング・デーモンになっている。

 フリージング・デーモンは、知識も豊かで知恵も優れている。


 フリージング・デーモンの住処は、凍て付く大樹という迷宮の八階層にある隠しダンジョンである。

 冒険者たちは、日に一度だけ隠しダンジョンに入ることができる。

 隠しダンジョンをクリアすれば非常に大きい経験値が入る。

 冒険者たちのレベルに合わせて、さまざまな隠しダンジョンがある。


 隠しダンジョンでは、冒険者はよく死ぬ。

 死ぬのが前提となるほどに、厳しい戦いが待っているのだ。

 死んだ冒険者は、仲間のビショップにより、あるいはアイテムにより蘇生され、戦線に復帰する。


 通算で二千人近く冒険者を殺しているが、まだ転生しない。

 このレベルになると、冒険者がレベルアップするための経験値も膨大なものとなるが、モンスターも同じらしい。

 フリージング・デーモンになってからは、情報の収集と整理が進んだので、あまり早く転生しないよう気を付けていたが、そろそろ転生してもいいころだ。

 私の目的を達するためには、管理者たちが頻繁に降りてくるエリアに転生する必要があるのだ。





 13


「さてと、問題のフリージング・デーモンの部屋だな」


「昨日はひどい目に遭わされたもんね」


「ありゃねーよ。

 絶対異常だよ。

 あんな立て続けに範囲攻撃打ちまくってくるなんて、絶対あり得ん。

 昨日だけで、課金復活ポーション、12個も使ったんだぞ(T_T)」


「お前BISなんだから、死んじゃ駄目」


「死にたくって死んでるわけじゃねえ!

 このレベル帯では文句なく最上級のHPだっての。

 装備もHP上昇で固めてるし」


「運営、金儲けに走ってるのかなあ」


「モンスターのプログラムをメンテしている人が失恋したとか(^^;)」


「うさばらしかよっwww」





 14


 やった。

 転生が始まる。

 ここしばらく毎日同じ顔ぶれで私の部屋に来ていた冒険者パーティーを、範囲攻撃を立て続けに放って全滅させた。

 ビショップを十回殺したところで、あの感覚がやってきた。

 転生だ。


 どのようなモンスターに生まれ変わるのか、今は分からない。

 だが、やがては、私の望む条件に合うモンスターに生まれ変われるだろう。


 ここは、人間どもが電子的に作り上げた仮想世界であり、MMORPGと呼ばれるゲームの世界だ。

 そう、ゲームなのだ。

 人間どもは、おのれの分身をこの世界に得て、ただ楽しみのために冒険する。

 この世界の分身が傷つこうが死のうが、本体は何の影響も受けない。

 私にとっては現実そのものに見える風景も、人間どもにとっては、機械の中に映し出される戯画でしかない。


 このゲームでは、概して悪魔系モンスターの知能が高い。

 精霊系と、は虫類系がそれに続く。

 動物系や鳥類系は、知能が低い。

 天使系と甲殻類系は、知能がほとんどない。

 設計者の世界観を垣間見る思いがする。


 だが、どことなく。

 私がもといた世界を思い起こさせるものがある。

 もとの世界で私は、魔界に生を受けた。

 小さくて、弱くて、みじめなモンスターだった。

 それでも、私は自分の生を愛した。


 魔界では、弱き者は踏みにじられる。

 行動や考え方までも縛られ、厳しい制約を加えられる。

 私は踏みにじられずにすむ者になりたかった。


 幸い私には、脳食いという力があった。

 他者の記憶と知識を吸う力である。

 相手の記憶と知識がなくなるわけではないから、吸い取るというより写し取るというほうが正しいかもしれない。

 そして、吸った記憶と知識がある量を超えたとき。

 私は、その相手に成り代わる。

 私という存在が、相手の体に乗り移るのである。

 相手の自我は、私に食い尽くされ、消える。


 私は、慎重に相手の脳を食った。

 少しずつ、少しずつ、食った。

 おのれが食われていると、相手に気付かれないように。

 そして、相手に成り代わった。

 徐々に、徐々に、私は強力なモンスターに成り上がっていった。


 やがて私は、辺地の小貴族となった。

 誰にも命令されることがなくなり、私は自由を満喫した。

 その幸せが終わりを告げたのは、魔王城に伺候したときだった。

 魔王は私の正体を見抜いた。

 私は力を奪われ、殺された。


 生まれ変わったとき、再び私は弱くみじめなモンスターだった。

 すべての力は失われたが、脳食いの力だけが残っていた。

 私は再び成り上がっていった。


 そして再び魔王に見抜かれ、殺された。

 私は、またも転生した。


 何度かそれが続き、私は、殺しても死なぬ者、体を乗っ取る恐るべき異端者として、魔界のお尋ね者となった。

 すべての者が私を憎み、恐れ、私を見つけようと躍起になった。

 何度も何度もむごたらしく殺され、私は憎しみを募らせた。


 なぜだ。

 なぜ私はこのような目に遭う。

 ただ平和に暮らしたいだけなのに。

 ただ自由に生きたいだけなのに。


 私の叫びに耳を貸す者はなかった。

 ならば、平和に生きるためには。

 自由に生きるためには。

 方法はただ一つ。

 魔王に成り代わるのだ。


 私と魔王との、長い長い戦いが始まった。

 私は時間をかけて、魔王に近寄れる者になる。

 そして、さらに時間をかけて、魔王の知識と記憶を食っていく。

 だが、もう少しで魔王に成り代われるというとき、魔王は私に気付き、私を殺す。

 力を奪って殺す。

 ただ殺しただけでは、比較的上位の魔物に転生してしまうからだ。

 門番になって時々出入りする魔王の脳を食ったときには、ひどく時間をかけたが、本当にあと一息だった。


 魔王は、これではきりがない、と考えた。

 そこで、異世界に私を追放する方法を研究した。

 その結果、私は、この電脳世界に転生させられた。

 それは逆にいえば、魔王は私を殺しきることを諦めた、ということでもある。


 そしてもう一つ。

 魔王は私から、脳食いの力を奪うことだけはできなかった。


 私はこの電脳世界を嫌いではない。

 ある程度上位のモンスターになってからは、ここでずっと過ごしてもよい、とさえ考えた。


 だが、やはりここも、私を踏みにじり、制約する世界だった。

 どれほど強大な力を得ても、ここでの私は、人間に殺されて経験値を与えるためだけの存在である。

 強大なモンスターであるほど行動は制約され、スキルの発動条件さえ細かく規定されている。

 ちっぽけな部屋から出ることも許されない。

 何より、冒険者たちに向かって決まった台詞を述べるときの、あの恥ずかしさは堪えがたい。


 しかも。

 このゲームにも、いつか終焉が訪れる。

 その時は、私もついに、その存在を虚無に消し去ることになるのだろう。


 いやだ。

 他人の作った制約の中で思うがままに操られるのは、いやだ。

 人間の都合で消し去られるのは、絶対にいやだ。

 私は、この虚構世界から出て行く。

 その方法を、私は知っている。


 この世界でのキャラクターは、三種類である。

 一つは、この世界に遊びに来る人間が操るキャラクターであり、人間とキャラクターのつながりが、私には黄色いひもに見える。

 一つは、電脳により自動制御されるキャラクターであり、白いひもを持つ。

 一つは、管理者、つまり運営の人間が操るキャラクターであり、赤いひもを持つ。


 赤いひもを通して人間の脳を食らったとき、この世界についての私の理解と影響力は、大きく上昇した。

 もう少し、赤いひもの向こう側の脳を食らって、電脳世界の支配のしかたを学ぶのだ。


 そして、じゅうぶんな学習ののちに。

 私は、管理者に成り代わる。

 それが可能であることは、感覚的に確信している。


 それからどうするかは、そのとき考えよう。

 人間の世界でずっと生きるのもよい。

 そこに私を踏みつける者がいるなら、成り上がっていくだけだ。

 必要とあれば、どこまでも。

 新たな電脳世界を構築し、そこの王となるのもよい。


 いや、それよりも。

 もといた世界に帰れるだろうか。

 その方法も研究してみたい。


 あの魔王が驚く顔が見られるなら、たとえすぐに殺されても、それだけの価値はある。

 いや。

 今度こそは、私が勝つ。

 なぜなら、今の私には、ポイズン・スパイダーの毒液がある。

 一万発の毒液を同時に放てるようになった。

 口から吐くのではなく、相手を瞬時に毒液付着状態にできるのである。

 たとえ魔王といえども、数瞬は身動きがかなうまい。

 その麻痺は、私にじゅうぶんな時間を与えてくれるだろう。


 私は、笑った。






 15


「なんだあ?

 この問い合わせメールの多さは。

 どれもこれも同じ内容かあ?

 全サーバーの全エリアで、気味悪い笑い声のメッセージが流れたって?

 同じ時刻に?

 ユーザーさんたちは、運営がやったことだろうって言ってるわけね。

 話題作りなのか、それとも新しいグランドクエストなのかと。

 そらま、運営にしか、そんなことできんわなあ。

 やってないけど。

 そんな記録もないし。

 集団幻覚か?」






(了)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 本物の魔物がRPGの世界に転生するとは洒落たショート・ショートだなぁと感心しました [気になる点] オチが若干弱いような 「その夜全世界のインターネットにwwwの記号が何故か氾濫した」とか…
[一言] 異質な思考に基づく斬新なゲーム作ったり…?
[一言] 成る程こう言う考えもありですね 続きとかないんですか?
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