ミント味デイズ
退屈は飴で消せるらしい。
中三の僕は、大発見をした。
発見に気づくまでは、毎日が灰色だった。
学校に行き、塾に行き、適当なものを食べて寝る。
それだけだった。
飴との出会いは、偶然だった。
母に頼まれ、クリーニング店へ行った。
レジのおばちゃんに
「あんた、うちの息子と同い年くらいね。これ、持ってきなさいよ」
と断りきれず、ミントキャンディを貰った。
ポッケに仕舞って、そのまま忘れた。
学校でポッケに手を突っ込むと、キャンディが入っていた。
学校にお菓子を持ってくるなんて、過ちを犯してしまった。
しかし僕は、過ちという響きが好きだ。
退屈なせいで、不運すら味わえる。
どうやら僕は幸福らしい。
誰もいない空き教室に入り、ミントキャンディを口に入れた。
味は大したことは無い。
でも空き教室から一歩出て人の多い廊下に行くと、飴が特別な気がした。
これが背徳の味か。身震いした。
いつもの学校が、灰色の毎日が飴のように溶けて消えた。
それからというもの、わざわざコンビニでミントキャンディを買って、毎日持ち歩いた。
そして学校で、授業中にこっそり舐めた。
飴が何分で溶けきるか時間を計って、平均タイムを出し、都合の悪い授業の時に口に残らないようにした。
たかが飴一粒で、一日スリルが味わえる。
先生に見つかっても逮捕されるわけじゃないし、魅力的だ。
さらにわくわくすることが起こった。
隣の席の清彦に見つかったのだ。
清彦はトイレで会うなり、言った。
「さっきの授業中、飴なめてたろ」
清彦は僕を責める様子は無く、面白いことを見つけてわくわくした口調だった。
いじめに発展することは無いだろう。
もしや、仲間に入れてほしいのか。
「よく分かったね。あげる」
清彦にキャンディを一粒渡した。
その反応を見て、次の手を考えよう。
「どうして授業中に飴を舐めてたんだ」
清彦は僕に問うた。
「冒険かな」
僕は直感的に答えた。
「冒険って?」
清彦は不思議そうだ。
「やってみれば分かるよ」
清彦が去った後、自分の言ったことを思い返した。
「冒険だったのか」
と独り言をした。
その日は、暇なときに清彦を見た。
しかし、飴は舐めていないようだ。
飴への興味は、表面上だけだったのか。
僕はなぜか失望していた。
飴のことを誰かに話されたら困る。
もう少し様子を探ってみる。
朝一番に教室へ行って、小さな紙を貼った飴を清彦の机に入れた。
紙には僕の名と、メールアドレスが書いてある。
さて、どう出る。
これなら清彦も共犯になるから、飴のことは話せなくなるだろう。
後に来た清彦は、飴に気づいたようだ。
ポッケにこっそり入れていた。
歴史の授業は暇だから、塾の宿題を終わらせる。
口の中で、誰にも分からないように飴を転がした。
視線を感じ、横を見ると、清彦がそわそわしていた。
おそらく飴を舐めている。
少しだけ香りがした気がした。
塾の休み時間に、僕の携帯が振えた。
親からのお使いの依頼だろうと思って見ると、清彦だった。
僕は、清彦の友達の口調を参考にして、若者受けしそうなメールを作成し、返信した。
それから返信は来なかった。
おそらく失敗だった。
「悪いことは、二人のほうが面白い」
僕は呟いた。今朝も清彦の机に、飴を入れておいた。
ささやかな社会への反抗は、非行でも万引きでもなく、飴だった。
毎朝清彦の机に、飴を入れるようになった。
どうやら清彦は、それを毎日授業中に舐めているようだ。
休み時間に友達と話す。
受験の話ばかりで中身が無くて、つまらない。
キャンディの秘密みたいな楽しみがあれば、こいつの目も灰色以外が見えるようになるだろう。
終わりのときは、もうすぐそこだった。
僕の志望校の試験が近づいてきた。
最後の追い込みが忙しくて、学校はしばらく休んだ。
その間、清彦にキャンディは渡せなかった。
切羽詰ったときは、清彦にふざけたメールを送る。
返事が来ないと思ったら、試験日に
『がんばれよ』
とだけ返信が来た。清彦らしい。
試験会場に行く電車の中で、飴を舐めた。
流れていく景色を見て、一人じゃない気がした。
試験中のことは、あまり覚えていない。
それだけ本気だった。
でも、ミントキャンディの味は記憶に残っている。
試験が終わった。
空っぽな気持ちになった。
袋の中のキャンディも、残り少ない。
明日は卒業式だ。
飴を机に入れるのも、明日で最後になる。
卒業後も、楽しいことを見つけられるだろうか。
卒業式当日、もちろんキャンディは口の中にある。
次々と名前が呼ばれ、卒業証書が渡されていく。
キャンディも少しづつ溶けてなくなる。
終わりも始まりもあっけない。
溶けたキャンディが生まれ変わったかのように、涙が一筋頬を伝った。
卒業式が終わったころには、涙が乾いていた。
僕にはまだ、卒業遠足の日に二次試験がある。
もうクラスメイトとも会えなくなる。
日常は簡単に変えられてしまう。
飴でも、卒業式でもそうだ。
その時、ミントの香りがした。
すれ違った清彦の香りだ。
何か別れの言葉をその背にかけようとしたが、声にならなかった。
それで十分だ。
言葉にしたら、伝わりきらないだろう。
キャンデイは、口の中にある。
でも、僕は高校にいた。
今日は初登校日だ。
また誰かにキャンデイをあげよう。
それが退屈を変えてくれると信じて。