魔石を届けよう
草の生い茂る足元に絶え間なくやって来るモンスターたち……
依頼用紙に描かれている地図道は中々険しい道のりだった。
地図には分かりやすく描かれているものの、歩いてるといつの間にかなっていた獣道は鬱蒼と草木が生い茂り、ひたすら剣で道を切り開きながら進んでいる。
まさにサバイバルである。
『本当にこんな森の中に人が住んでるの?絶対ないでしょ。うん、あり得ない』
文句を吐きながら背後から襲いかかってきた巨大ネズミ型モンスターを剣で凪ぎ払う。
森の奥へと進めば進むほどモンスターの出没率は高くなりいい加減精神が辟易しそうだ。
『魔術士の家はどぉこだぁ〜。泣く子はいねがぁ〜』
気分は若干な○はげ……。
遊び半分で膨大な魔力も惜しみ無く使いビリビリバリバリと防御膜を放電させながら進んでいく。
すると逆にモンスターのほうがビビって近づかなくなっていった。
……うん、最初からこうすればよかったかな。
何だかんだ言いつつも森に入ってから1時間後…
『お?あれは魔術士の家かな?』
卓越した身体能力のお陰でア○タカ並みに良くなったスーパー視力により、薄暗い木々の間からぼんやりと光る灯火のようなものを見つける。
やっと目的地に着いたことに嬉々として近づけばいかにも魔女が住んでいそうな古い木の家がそこにポツンと立っていた。
――コンコン!!
『こんにちはー!冒険者ギルドの者です。ウェストバリーの自治体の依頼で魔石を届けに来ましたー』
オレンジ色に光る丸い照明に照らし出された古い木の扉をノックする。
すると、キィ…と軋む音とともに中から長い紺のローブを来た老人が姿を現した。
おお!ダン○ルドア校長発見!!
某魔法映画に出て来る人物にそっくりなその老人にルイは思わず心の中で叫ぶ。
真っ白な豊かな髭を持ったダン○ルドア似の魔術士さんは鼻にかかっていた丸眼鏡をくいっと指で押し上げると訝しげに此方を見た。
『いつものやつか…。入るといい』
おじいさんはそれだけ言うとさっさと部屋の中に戻る。
そんな見た目とは裏腹の冷たい態度にルイは内心びくびくとしながら部屋の中へと入った。
…うう、どうせ小心者ですよ!!
『…失礼します』
小さく呟きながら部屋の中を見渡すと思わず息を飲む。まず目に入ったのは本、本、本の壁。
6畳半の部屋に木のテーブルと背もたれの大きい一人用ソファーと小さい丸椅子が置いてあり、それを取り囲むように膨大な数の本が四方の本棚に詰められいた。さらには、魔方陣の描かれた羊皮紙、不思議な形をした魔道具?のような物が所狭しと置かれていて、とても不思議な空間ができ上がっている。
『…すごい。これは全部魔術関連の物ですか?』
『…そうじゃ。それより魔石はどこじゃ、早く出すがいい』
『あ、魔石ですね?ここにあります』
すっかり部屋の光景に気をとられていたルイは慌てて浮遊魔法をかけている麻袋を肩から外すとそのままテーブルの上に移動させる。テーブルの上には何やら作りかけの魔道具?のようなものが置いてあったが端の空いてある場所に麻袋を持っていくと魔術を解いた。
『お主は風魔法を扱えるのか?……はて、格好は剣士の姿をしておるのに高度な応用魔術とは……。どちらが本業じゃ?』
その一部始終を見ていたおじいさんが不思議そうな目で此方を見る。しばし返答に迷った結果『どちらもです』と素直に答えると、おじいさんは僅かに目を見開き、驚いた表情を見せた。
『ほほぅ…魔術士でもあり剣士でもあるのか。わしも長年生きてきたがお主のような者に会うのは久しぶりじゃ…』
『久しぶり…と言うと前にも私と同じような方に会ったことがあるんですか?』
これは初耳だ。まさかこの世界にも自分と同じ思考の持ち主がいたとは……。 実は公には出てないだけで両方使える人たちはかなりいるんじゃないか?
『左様…わしの古い知人でな。あの者は他国の生まれでお主のように剣士もやりながら水魔法を使えてな。わざわざ薬草を使わずとも一瞬で傷を治せるから便利だと言っていたのう。……お主も他国から来たのか?』
『はい、まぁ…遠い異国からやって来ました』
正確には異世界だけどね!でも、そんなことは口が裂けても言えないから、てか頭おかしい人に思われちゃうからあえて異国にしておくのさ!
おじいさんはふむ…と言うとそれ以上深く追及せずに自身の豊かな白髭を撫でる。
よかった…何処の国ですか?なんて聞かれたら正直答えられない。
『わしはダーラン=ドイル。この森に長年住んでいる。お主の名は……?』
『あ、私はルイ=キタモトです…!昨日ウェストバリーにやってきました』
いきなりの自己紹介にふいをつかれたルイは背筋をピンと伸ばし答える。
気のせいかもしれないがおじいさんを取り巻く人を寄せ付けない冷たい雰囲気が幾分軟化したように感じられた。
『ルイか…。わしは主に魔道具の開発研究をしていてな、こうやって魔力切れの魔石の魔力補充もしているのじゃ。お主は魔石に魔力補充をしたことがあるか……?』
『……魔石の使用方法など一般的なことは知ってますが、それがどのように作られてるのか、そういったことはさっぱりです』
ダーランさんは短く『そうか…』と呟くと、今度は麻袋の中から手のひらにのるほどの灰褐色の丸い石を一個取り出した。
『これは魔石岩を砕いて丸く削っただけの一般的な魔石じゃ。この魔石は一回魔力を補充すれば1ヶ月使うことが出来る。魔力補充の仕方はまぁ色々とあるがお主であれば省略呪文で簡単にできるじゃろう。まあ、見ておれ……《アブソーブ(吸収)》』
ダーランさんは左手に魔石を握りしめ、短く呪文を唱える。
すると、握りしめた左手から淡い白光が溢れ出した。キラキラと白い光の粒が舞うそれはぐるぐると渦を巻いて石に吸い込まれていく。
全ての光の粒子が吸い込まれると、初め灰褐色だった魔石は白い魔石へと変貌しダーランさんの手のひらに乗っていた。
『…凄い!これはもしかして光の魔石ですか?』
『その通りじゃ。これは室内を照らす魔道具《照明》の核として使用される。省略呪文の場合、属性に関しては何を入れたいか脳裏で念じることで決めることができる。しかしその分リスクも高くなるため、イメージが甘かったりあやふやになるとすぐ魔石は砕けてしまうのじゃ。試しにお主もやってみるがいい』
ダーランさんは言うが早いか麻袋の中から魔石を一つ取り出すと此方に投げて寄越した。
ルイは慌ててつつもそれをしっかり受けとめる。両手に握りしめた魔石は川辺の丸石のように平らですべすべとしていて中々軽かった。
…まあ、それは置いといて全くなんつーじいさんだと思いつつも物は試しである。属性の決めてとなるイメージだがやはりここは依頼の品ということもあるので火のイメージにすべきだろう。
頭のなかで火が揺らめいているイメージを浮かべ、『アブソーブ(吸収)』と省略呪文を唱える。
すると、魔石を持っている手がほのかに熱くなり赤い色の光が手のひらから溢れ出した。
光の粒子はダーランさんと同じように石に集まるように吸い込まれて消えていく。
終いにそっと手を開くと綺麗な赤色の魔石ができており魔力がしっかり補充されていることが魔石から伝わってきた。
『ふむ…石にも異常は見当たらんし、どうやら成功したようじゃのう』
ダーランさんはルイが補充した火の魔石を念入りに確かめながら眼鏡をあげる。ルイはその横から身体を乗り出すと次いでとばかり今回聞きたかったことを質問してみる事にした。
『あの、魔石を魔道具の核にした場合どのような仕組みで原動力として動かしているんですか?私、まだウェストバリーに滞在しているんで良かったら魔道具の作り方をぜひ教えてください!』
一気に話すと勢いよくガバッと腰を90°に折る。
やっぱこういう時って日本人らしさがでるよね。
そんな私の真摯な姿勢を目の当たりにしてダーランさんはふむ…と何事か考えるように白いひげを撫で付けると手に持っていた魔石をコトリとテーブルに置いた。
『…魔道具の製法を知りたいのであれば明日またわしの所に来るがいい。簡単にだが魔道具について説明しよう』
『ほんとですか!?ありがとうございます!』
やったぁー!!
まさか、こうも話が上手く進むとはねー。
思わず心の中でバンザイをしてしまったよ。
とりあえずダーランさんに明日午前中に伺わせて貰うことを伝えると、残りの魔石を全て魔力補充してもらい村に戻ることにした。 ちなみに魔石の魔力補充は一つずつ魔石を握ってするのかと思っていたが、ダーランさんは魔石を半分に山分けにすると一山ごとに手をかざして一気に火と光の魔力補充をしていた。
…なるほど、そういうやり方もあったのか。
『ありがとうございました!明日はよろしくお願いします!』
配達のサインをしてもらった依頼用紙を握りしめ、ルイは元気よくお礼をいった後、早速と来た道を帰っていく。
『…高等魔術に省略呪文を事も無げに扱う女剣士か。久々に面白い人物に巡りあったわい』
まるで嵐のように去っていった少女にダーランは知らず知らず口元に笑みを浮かべるとゆっくりと木の扉を閉めるのだった。