市場を見よう
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ありがとうございます♪
『今日も良い天気だね〜』
午前7時、ベッドから上半身をうぐぐ〜と伸ばすと、木漏れ日の差し込む窓を全開に開ける。
暖かい朝日とともに入ってくる爽やかな空気はとても気持ちよかった。
まさか、こんなのどかな日々を過ごせるとはね〜。前の世界では日々受験勉強だったからなぁ……
前の人生も楽しい家族に仲の良い友達に囲まれて別に悪くはなかったけど、やっぱ自分が小説を通して夢見ていた異世界ライフを体験できるのは別格の楽しさがある。
そんなことを思いながら、道行く人々を眺めていると知らず知らず笑みが零れた。
『…さて、今日一日頑張りますか!!』
気合いを入れるように頬を軽く叩くと、素早く身支度の準備に入る。
さて、今日の予定はというとまず初めに村の市場を見学することである。
雑貨の物価は昨日見たので大体わかったが、食料と服の物価はまだ調べていないのだ。
…と言うわけでアンナさんの作った朝食を食べた後、すぐに市場を見に表通りへと出ていった。
『いらっしゃいいらっしゃい!!今日取れたてホヤホヤの新鮮カヤの実だよ!5つで4ルストだよ!甘くて美味しいよ!』
『こっちはどの野菜も新鮮だよ!ニンジン、ジャガイモ、キャベツどれもお安いよ!奥さんお一つ買ってかないかい?』
『こっちの卵も取れたてだよ!一つ2ルスト!お買い得だよー』
ほほー村の朝市はどんな感じかと思ったけど、中々威勢がいいようだ。
おじさんやおばさんたちの元気な声が飛び交っている。しかも、驚いたことにこの世界の野菜はニンジンやジャガイモといったように前の世界と品種も名前も変わらないものがあり、食料の物価は雑貨と比べてとても安かった。
基本農業が盛んな時代だから食べ物の需要はそこまで高くないのかもしれない。みんな自分の畑や家畜持ってそうだもんね。
そうなると、人手間が多くかかる衣類は必然と高くなるわけで、次に見に行った衣類の露店では見た目は質素な婦人用ワンピースでも一着280ルストの値段が書かれていた。
まあ、昨日のマントも200ルストだったし、生地とかも行商人から輸入してそうだからお金もかかるのかもしれない。
一通り見終わった後、依頼を受けるためギルドに寄る。
キィと木が軋む音とともに、カウンターにいたリーシャが此方を振り向いた。
『おはようございます、リーシャさん。依頼を探しにきました』
『ルイさん、おはようございます。それより聞きましたよ!昨日20匹のホーンウルフを一人で倒したなんて凄いです!まさか剣だけで倒したんですか!?』
カウンター越しとはいえをもの凄い勢いで喋るリーシャさんに思わず一歩下がる。美人の差し迫った迫力は中々堪えるものがあるのだ。なおかつ目がキラキラしているため何とか笑顔を作りながら答えた。
『もちろん魔術も使いましたよ?流石に剣だけでは一人じゃ無理ですよ』
別に剣だけでも倒せないことはないけどね……。
練習とは言え様々な魔術を使ったのだから嘘はつきたくなかった。
『ですよね!私もそうだと思ってマスターに話したら瞬く間に剣も魔術も扱える魔法剣士がいるって噂が広がっちゃったんですよ〜』
ごめんなさいねと苦笑するリーシャさん。
……て、いやいや、そんな簡単に謝られても困るから、てかここには個人情報の秘守義務ってものは無いのかマスター!?
思わず頭を抱えそうになる私にさらに追い討ちをかける声がカウンターの奥から聞こえて来た。
『お!?やって来たか魔法剣士!待ってたぞー』
出た!主悪の根源ジャック=ライター!!
噂を広げた悪党め!!
その飄々とした態度についじと目で睨むと、陽気に笑っていたマスターの表情が若干怯む。
『おいおい何怒ってんだ?それより昨日は助かったぜありがとよ!おかげさまで今朝来た行商人は奴等に襲われなかったみたいでな、安全に村に来ることが出来て喜んでたぜ。ホント、お前さんはとんでもねぇ女だと思ってたが、まさか魔術も扱えるとはな。40年間生きてきてこんなに驚いたのは初めてだぞ』
『そうですか、マスター40歳だったんですか。それより何でそんなに驚くんです?別に魔力がある者が身を守る術として剣術を学んでいたって可笑しくないでしょうに』
『歳は関係ないだろ。…まぁ、そうツンケンすんなって。たしかに今考えればそれも一理あるが、ここではそういった概念が無かったんだ。むしろ何で俺たちがその可能性に気づけなかったのか不思議なくらいだぜ』
よほど目立つのが嫌だったのかいつもより冷たいルイにジャックは苦笑しながら目の前にある黒い小さな頭ワシャワシャと撫でた。
『それほどお前さんは凄いってことだよ。いちいち隠してたら勿体ねぇだろ』
決してお世辞ではない本心からの言葉に、つい照れ臭くなった彼女はばれないようにそっぽを向く。
『はぁーまるでお父さんみたいですね』
『お?とうとう俺に惚れたか?』
『だから何でそうなるんですか。大体父親と同い年の男性なんて好きになれるわけないでしょ。絶対無理です』
『な、なに!?俺がお前のオヤジと年が一緒だって言うのか?それはさすがの俺も傷つくぜ…』
相変わらずすっとぼけたことを抜かすジャックに止めの一矢を浴びせると本気で傷ついたのか彼は僅かに顔を引きつらせる。
それら一部始終を端から笑いを堪えて見ていたリーシャが『あの万年口説きマスターはとうとう歳に勝てなかった』と何とも恥ずかしい話を後日同僚に吹聴して回るのだった。
『それより、ルイ。どうせ依頼を受けに来たんだろ?なら、とっておきの良い依頼があるぞ』
どうやら立ち直ったのか、ジャックはいつも通りの飄々とした表情でルイに話題をふる。
ルイはとっておきの依頼とは何だろうと首を傾げた。
『ホーンウルフの討伐依頼はもう無くなったんですか?』
『ああ、あれはとりあえず被害が収まったみたいだから今のとこ無しだ。それでその依頼だが村で使っている光と火の魔石がいくつか魔力切れになってしまってな。いつも魔石をイーストウッドの森に住む魔術士に持っていって魔力の補充をしてもらってるんだ。そんで補充された魔石をギルドに届けて依頼完了なんだが、どうだやってみるか?』
魔石の魔力補充か……。 知識では魔石という言葉は知っているものの実際に見たことないし魔力の補充の仕方も与えられた知識にはのっていない。もし、それがわかれば私も魔道具を作ることができるかもしれない。それに、イーストウッドにも行けるから剣術や魔術の練習にもなるし、一石二鳥だ。こんな美味しい話はないだろう。
私は迷わず左胸のブローチをとった。
『その依頼やります!』
『よし、決まりだな!それじゃあ登録したからこの魔石が入った袋を持ってってくれ。結構重たいぞ』
マスターはにやりとした意地の悪い笑みを浮かべながらカウンターの下から大きな斜め掛けの麻袋を取り出した。
それはどさりと重そうな音を立ててカウンターの上に置かれる。
『なんですかこれ。明らか女の子が持つ重さじゃないじゃないですか。これ持ってけとかあなたは鬼ですか?』
『俺じゃなくて自治体に文句言え。嫌なら破棄してもいいんだぞ』
フフンと勝ち誇った笑みを浮かべて見下ろすイケメンオヤジに、ルイはすぐに嵌められた…と勘づく。
どうやら彼には父親発言が相当堪えたようだ。
その仕返しとも言えるマスターの企みに心底呆れながらもすっと右手を上げるとその手を麻袋にかざした。
『フロート《浮かべ》…』
小さく囁かれた言葉とともにふわりと風が肌を掠める。
いきなり呟いた私にマスター何だ?と首を傾げていると次にはふわっと浮いた麻袋を見て唖然と口を開いていた。
『これならいくら重くても大丈夫でしょう?』
今度は私が勝ち誇った笑みを浮かべる。
マスターはふわりと浮かび微動だにしない麻袋をつつきながら『何をしたんだ?』と問いかけてきた。
『単純に風魔法の応用を使っただけですよ。これなら無駄に体力を使わずに楽々運べますからね』
『風魔法って、お前。そんな簡単に掛けられるものなのか?』
再び問いかけてくるマスターに私は『ん?』と内心頭を捻る。
この魔法はたしかに応用魔術だがそんな難しいものなのだろうか?
『簡単かどうか解りませんが普通に掛けられますね』
なにが問題なのか解らないので、適当に答えておく。するとマスターは器用に方眉だけをあげた。
『…そうなのか?まあ、俺は魔法に関しちゃあよく解らねぇから何とも言えねぇが、お前今度は超一流魔術士です…なんて言うんじゃねぇだろうなぁ?』
何だ、その勘繰りまくった言い方は……。
魔術が一流かどうかわからないが魔力だけは超一流だぞ!
もちろん、そこまで言うつもりはないけどね……。
私はマスターの切れ長の瞳を見つめると、それに応えるようにふふっ…と妖艶な微笑みを顔に浮かべた。
『…それは秘密です』
思わぬ反撃に拍子抜けしたマスターはぽかんと口を開ける。
たまたま、その笑みを直視した通りすがりの若い男性魔術士なんか顔を耳まで真っ赤に染めていた。
『それじゃ行って来ます』
浮いた麻袋を軽々と持ち上げ片手を上げながら早速と去って行く黒髪の女剣士の後ろ姿を見ながら、ジャックは自慢の顎ヒゲを擦りぽつりと呟く。
『俺も…まだまだだなぁ……』
その呟きは隣にいるリーシャがしかと心に止めておくのだった……。
リーシャは噂大好きです、はい…。
いつかマスターの短編書きたいなぁ〜




