1.合宿
「イチ君、暑いよ」
一。無論、僕の名前である。
「暑い…ですね」
「イチ君も暑い?じゃあ合宿しようよ、合宿!」
「いや、何がどう『じゃあ』なんですか」
寝そべって、身体の火照りを机に分けていた秋人が、おもむろに起き上がり、のっそりという音を立てているかのように動く。
「何って避暑地に合宿ってことだよ」
「オカ研で合宿なんて聞いたことないですよ」
「ほら秋君、もっと柔軟な発想を身につけないと、一人前のオカ研部員にはなれないよ?奇々怪々な物事を解き明かすには、広い視野をもって想像力を働かせることが大事なんだから」
「ならなくていいですよ」
そう言うと、机が暖まったのか、秋人は寝場所を変える。
「まったく、それだから平部員なのよ。副部長のイチ君は違うよね?」
僕は二番目に入ったから副部長になったというだけで、熱心なオカ研部員なわけでは決してない。ただゆず先輩の吸い込まれそうな瞳の黒を前に答えあぐねていると、部室のドアが力なく開いた。
「暑い」
暑さに体力を奪われ乾涸びたもやしような表情をした舞は、ドアの脇にある金属ロッカーに頬を寄せながら、
「暑い」
とだけ言った。
「あら、舞ちゃん早かったのね」
「暑い」
「舞ちゃん、合宿行きたくない?」
「暑い」
「暑いっていうことは、暑いから避暑地への合宿への参加をしますって捉えていいよね?」
「暑いから直ちに避暑することを希望しますって捉えて下さい」
「直ちに合宿に行きたいのね!」
「直ちにファミレスに行くか帰るかしたいです」
「もー、みんなだらしないなぁ」
何故先輩は暑くないのだろうか。
「涼しい!」
ファミレスに入った途端に舞がいつもの調子に戻ったようだ。とりあえずドリンクバーを頼むと、秋人が口を開いた。
「それで、こんな糞暑い中集まった理由はなんですか。また猫探しとかだったらキレますよ?」
オカ研で猫探しというのは変に感じるかもしれないが、ゆず先輩が何でもかんでもオカルトに繋げたがるせいで、我らがオカルト研究部は半分何でも屋のようなことをしていて、校内や学校近辺ではそういう意味で有名なのだ。
「だーかーらー、合宿だったら!」
突然だが、ゆず先輩は美人だ。肩までの艶のある黒髪、底のない真っ黒な瞳、スレンダーな体型、少し身長が低めで子供っぽい仕草はさらなり。間違いなく校内でも指折りの美人だ。喋らなければ。
「あの時は、猫がいなくなったって相談箱に何件か入ってたから、これは同時多発的にキャトられたに違いないって思ったんだもん。しょうがないじゃん」
キャトルミューティレーション。一昔前に騒がれた動物の惨殺事件。死体の一部が切り取らていたり、血液が空になっていたりという異常性から宇宙人の仕業だだの、そう言えば事件直前に未確認飛行物体と思わしき物を見ただの真しやかに囁かれていたが、質の悪い冗談で、アメリカの広大な農場の敷地で病死した牛の乳房など柔らかいところを鷲などが啄み、重力で流れ出る血液が地面に吸われていたというだけのことだ。今となってはただの都市伝説であり、突っ込みを入れることすら憚れる。
「キャトるって先輩はいつの時代の人間ですか」
おおまた律儀に。
「舞ちゃん、キャトルミューティレーションは色々な考察がされてるのよ。例を挙げれば、宗教団体説。黒魔術に関係したカルト教団が儀式的に行っているという説よ。あと有名な宇宙人説。他にも軍事・政治的思惑があったんじゃないかって説もあるわ。それなのに無理矢理科学的に説明した一番ナンセンスな説を鵜呑みにするなんて、勿体無いし、早計も早計よ。何より、夢がないわ」
その偏った知識はどこから拾ってくるのだろうか。第一、オカルトを研究する部活において、物事を夢で語るな。
「とにかく!合宿よ合宿!」
「先輩は合宿がしたいだけでしょう?先輩、夏の課題は終わったんですか?」
そう、今は夏休みである。
「そうよ、悪い?私にかかれば課題なんて、あって、ないようなものよ」
舞と先輩が言い合ってる間に、じゃんけんに負けた秋人がお盆に乗せた飲み物を運んできた。
「あって、ないようなものなら、どうして先輩は2回目の高校2年生を満喫しているんですか?」
僕らにとって先輩は、先輩であって同級生なのだ。まあ、簡単に言うと留年しているわけだ。
「ちょっと、イチ君聞いた?今の!舞ちゃんひどいよっ」
「いや、留年したゆず先輩が悪いと思います」
「イチ君まで?!秋君ー」
「ほら、合宿なんかしたらまた留年しますよ」
「みんなしてひどい…ひどいわ」
というか、
「先輩って何で留年したんでしたっけ?」
「友、聞くだけ無駄だ」
友。無論僕の名前である。一はどうしたのかって?僕のこのはた迷惑な名前をフルネーム表記すると、一友。多くの人は、フルネームだって言ってるのに、「え?…かずとも君?」だとか的外れなことばかり言う。名字だけ書いてあったら、「はじめ君?いち君?」両方違う。体育の先生なんて、「おいお前、体操服の胸のところは名字を書くんだ。なんだその横棒は?」なんて言って退けた。失礼極まりない。人の名前をなんだとおもっていやがる。僕は一友。「にのまえ とも」だ。先輩と舞は面白がって僕のことをイチと呼ぶ。
「え?どうして?」
「いい?イチ君。私は宇宙人に連れ去られたせいで出席日数が足りなかったのよ!だから、頭が悪くて留年したんじゃないの!」
「友、翻訳すると、『いい?イチ君。宇宙人の仕業かと思う程きつい食中毒で病院に連れて行かれ、入院。そして退院後、食中毒の痛みに怯え軽い拒食症に。そして体調を崩しては欠席、崩しては欠席を繰り返していたら、出席日数が足りなかったのよ!』だ」
「ちょっと、頭がのくだりはどこに行ったのよ!」
「いや、頭は悪いじゃないですか」
「…!!」
流石の先輩も少し面食らったみたいだ。まあ、秋人と比べれば頭悪いってなっても仕方がないだろうけど。
「あーあぁ。『ゆず姉!ゆず姉!明日花火しようよ、花火!!』って言ってた頃の可愛い秋君はもういないのね…」
「何年前の話をしてるんですか」
「いつの間にかゆず姉が先輩に。タメ口が敬語に…ゆず姉、悲しいわ」
言うまでもないが、ゆず先輩と秋人は幼なじみだ。家は今でも隣の隣らしい。
「合宿ったって経費、合宿先、合宿の目的がないと、いくらアホ太郎でも認めてくれないでしょ」
アホ太郎こと、寺内光太郎は我がオカルト研究部の顧問である体育教師だ。一言で表すと脳筋。座右の銘をシンプル・イズ・ベストにするあたり、自覚しているんじゃないかとも思えるが、単に頭が悪いだけのようだ。
「大丈夫よ、舞ちゃん。聡明なゆず先輩は既にその三つは達成済みなのです!というか、合宿の目的を光太郎先生に言ったら、残りの二つはどうにかしてくれました!」
あぁ、アホ太郎乗せられたな。
「ここから電車に一時間程度揺られたところにある山に、神隠し村の伝承がされている山があるんだよ!聞くところによると、一日で忽然と姿を消してしまった村らしいのよ!どう?行きたくなった?」
目をキラキラさせてという言葉そのままの顔をして僕らに目を向ける先輩。
「いや…軽音部の練習あるんで」
「そんなはずないわ。軽音の秋君の所属するバンドのドラムの子は、つい先日腕の骨を折ったはずだもの。折れた腕でドラムなんて叩けないでしょう」
「いや、サポート呼んで…」
「目が右に泳いでる。早口。口元を隠してる。御存知の通り嘘をついてる時によく見られる行動だよ。よし、秋人は大丈夫ね」
ゆず先輩の視線が舞へ飛ぶ。
「舞ちゃんは兼部してないし行けないわけないよね?」
「えっ…いや、おっおばあちゃんが入院してるんです!」
「昨日舞ちゃんのお母さんとおばあちゃん、二人でスーパーにいたわよ」
「もっもう片方のおばあちゃんで」
「あれ?もう片方のおばあちゃんは去年亡くなったって5月頃に言ってたよね?」
「記憶違いじゃないんですか?」
「じゃあ今から舞ちゃんのお家に電話してお尋ねするわ」
「ごめんなさい」
「よし、決まりね!」
「えっ?僕は?」
「イチ君はいつでも暇でしょ」
この会話からも推測できるように、我がオカルト研究部は部員4人のうち、やる気があるのは先輩だけだ。1回目の2年生の始めにオカルト研究部を立ち上げることを決意した先輩は、部室棟の元文芸部の部室を勝手に片付け、目が合ったという理由で僕を副部長に、中学の同窓会のことで僕を訪ねてきた舞を会計に、幼なじみの秋人を半強制的に入部させ部員に。そして当時担任だったアホ太郎に相談すると、なんて自主性のある素晴らしい生徒達なんだ!ということで部室は認められ、アホ太郎が顧問に就任。部活がまともに動き始めたのは去年の今頃で、二ヶ月ほどは何でも屋のようなことをして、先輩の登校拒否のおかげで十月から一月までの四ヶ月は平穏に生活し、二月からはずっと何でも屋のようなことをしてきたというわけだ。
「明々後日から3泊4日だから、ずる休まないように!」
明々後日って急だな、おい。
「ちょっと、先輩お金は?」
「田舎の宿だからそんなに高くないってことで、独身お金持ち光太郎先生が全部もってくれました!だからみんなは、この紙に書いたものと合宿の用意だけちゃんとしてね!」
嗚呼哀れなアホ太郎。生徒に出し抜かれ、よくわからない部活のお財布役になっているだなんて。
こうして僕らは合宿をすることになった。
『懐中電灯に方位磁石、発煙筒、山で活動し易い装備、持ち運びし易い携帯食料、3泊4日の旅の用意』この辺までは分かるんだけど、『ペンタクル、インク、羊皮紙、羽、蝋燭、その他魔除け道具各種(ニンニクや銀製のもの、十字架など)』…何だ黒魔術でもしに合宿にいくのか。ニンニクや銀製のものって…神隠し村じゃなくてドラキュラ城に乗り込むみたいな装備だな……あの先輩絶対何か間違ってる。




