君へ…
岡野美穂子…
負けん気が強く怖いもの知らずの幼少時代。今もその性格は変わらない。
柏木薫…
泣き虫で負けず嫌いだった幼少時代。今は喧嘩っ早いが優しく面倒見がよく後輩からの信頼は大きい。
沢田康之…
強情で努力家。穏和だがキレると怖い。幼少時代はことある事に美穂子と衝突。今はメガネが似合う好青年。
「ねえ、薫ちゃん…」
「だから"ちゃん"はやめろって」
「薫ちゃんはさ、どっちがいい?」
「……お前人の話聞いてないだろ」
「えー、聞いてるよー。薫ちゃんこそあたしの話聞いてるの?ねぇどっちがいい?」
やっぱ聞いてねぇな…
季節は夏を迎える一歩手前
放課後の教室。ファッション雑誌を見る美穂子と、いろんな部活のかけ声が交差する校庭をボケーッと眺めている薫。
「美穂子、薫。帰るぞ。」
開いているドアから康之が顔を出して言った。
「あっ康之、生徒会終わったの?」
美穂子は見ていた雑誌を鞄にしまい、子犬のように康之に駆け寄った。
「待っててやったんだからなんかおごれよな」
座っていた椅子を足で机に押し込みながら薫が言った。
「遅くなるから帰ってていいよって言ったのに。いつもの店でいいか?」
「やりーっ!俺フルーツパフェ!!」
薄い鞄を振り回し先をいく薫に
「薫ちゃんはそれが目的で待ってたんだよね〜。外見に似合わず甘いものに目がないんだから」と康之と並んで歩く美穂子が言う。
うるさい!と言うように後ろを振り向き美穂子をチラッとにらむ薫。
ワイワイと騒がしく学校を後にしていく3人。
小学生二年生の時に他県から転校してきた美穂子。当時は人見知りが激しい子だった。
しかし近所に同級生の薫と康之がいた。すぐに2人とは仲良くなり毎日お互いの家に行き来して遊ぶようになった。
「いずれはどちらかの嫁に。」三人の親達はそう言っていたほど仲がよかった。
二人は幼稚園の頃から空手を習っており、その練習によくついて行った。普段は泣き虫の薫、いたずらばかりする康之。集中し真剣に空手に取り組む姿を見るのが美穂子は好きだった。
時間はバラバラになったが、いまでも二人とも空手へ続けて通っている。
三人は小学校から高校まで同じ学校に通っている。
高校では成績順位によりAからFにクラスが分けられ、成績の良い康之はA組、少々勉強に難がある美穂子と薫はE組だった。
中でも康之は全国でもトップクラスの成績。180センチ弱の身長に空手で引き締まった体。眼鏡がよく似合う落ち着いた顔。成績優秀、運動神経も抜群なうえ、生徒会役員もやっているというまさに絵に描いたような優等生だ。
一方E組の薫と美穂子はこれといって特技はなし。
しかし薫も康之に負けず劣らず人気があった。
背丈は180を少し越える長身でスポーツでというよりケンカと空手で鍛えられた体はがっちりしている。着くずした制服に金髪にちかい長い茶髪が目を引く。
美穂子はというと、自称ではあるが、いま好感度ナンバーワンで人気のあるタレントに似ているらしい。
校内には隠れファンがいるとかいないとか。
美穂子と康之は2年冬から付き合っている。
しかし、それでも二人でいるよりも薫を含めた三人でいる時間の方が多い。
三人でいるとよく
「あの2人(康之と薫)かっこいいよね〜」とか
「あの三人ってどんな関係なの?」
「幼なじみなんだって。どっちかと付き合ってるって聞いたけど…」
「えーっ羨ましい!」
「あたしもあんな幼なじみ欲しい」と言われることがよくある。
これが美穂子の密かな自慢である。
成績がトップクラスの康之は国内の有名大学からは引く手数多。卒業後は大学への進学が決まった。
どうにかがんばり短大へ進学が決まった美穂子と"勉強はもういい"と持ち前の体力を生かし警備会社へ就職した薫。初めて三人がそれぞれの進路へすすむ。
卒業式を間近に控えたある日、いつものように康之の部屋に集まりくつろぐ薫と美穂子。
康之はコンビニまでお菓子を調達しに行き部屋には2人しかいなかった。
テレビゲームをしていた薫が画面を見たまま聞いてきた
「なあ。康之とはどこまでいってんの?」
ベットに座り雑誌を見ていた美穂子は
「えーなんで?」と聞き返した。
「いや、なんとなくさ…」相変わらず画面から目を話さないで薫が答える。
美穂子は雑誌に目を戻し「ひ・み・つ」と答えた。
ふと顔をあげると目の前に薫が立っていた。
「どうしたの、かお……」
言い終わらないうちにベットへ押し倒され強引にキスをされた。
「んっ!」口をふさがれ声が出ない。驚いた美穂子は体が動かない。
服に手をかけられる。
「薫ちゃん!やめ……!」
再び口をふさがれ、薫の手がスカートの中へ。逃れようとしても薫の体はビクともしない。
伸びてきた手が太ももに触れ美穂子は体をビクッとさせた。
体に体重をかけられ、薫の熱い息が耳にかかる。
「康之がヤらないなら俺が美穂子を先に奪ってやるよ。俺だってお前の事が好きなんだ!」
康之とは全く違う熱い眼差しと煙草の香りのするキスに頭がクラクラする。
「小さい頃からずっと……なんで康之なんだよ!!」
薫の唇が美穂子の首筋を這う。
「や…めて。やめてよ薫ちゃん。……薫ちゃん…」
美穂子の目から涙がこぼれおちた。
「ごめん」
美穂子から離れた薫は流れた涙を指で拭くと乱暴にドアを閉め出て行った。
数分後戻ってきた康之。
「薫は?」
「なんか用事を思い出したとかで帰ったよ」
なにか様子が違う美穂子に気づく。
泣いた顔を康之に気付かれないようにする美穂子だが、異変に気づいた康之に腕をつかまれ顔を覗き込まれた。
「どうした?なにがあった?」
うつむく美穂子の首筋にあるキスマークに気づいた康之は驚愕し目を見開いた。
さっき薫の唇が触れた首筋に今度は康之の手が触れる。美穂子はビクッと体を震わせた。
「薫が?」
涙がこぼれ落ちた。「ごめん……」掴まれた腕をほどき美穂子は部屋を後にした。
次の日美穂子は学校を休んだ。
険しい顔でE組の教室に康之がやってくる。
そのまま薫が座る席まで行き、談笑中だった薫の前に立った。
「美穂子になにをした?」
「あ?」
「昨日美穂子になにをした?」
「は?何にもしてねぇよ」イラつきながら薫が答える。
「昨日、薫が帰った後から美穂子の様子がおかしかった。美穂子を泣かせたのはお前だろ」
「何にもしてねぇって言ってるだろ!」
薫が机を蹴り飛ばし立ち上がった。
ただならぬ2人の様子にざわついていた教室が静まり返る。
「なにをした!」
しつこく聞かれ頭にきた薫は嘲笑うように康之に言った。
「ああそうだ、思い出したよ。お前がモタモタしてっから、お前のお姫様は俺が先に手をつけた。美穂子とヤったよ。」
カッとなった康之が薫を殴る。教室に女子の悲鳴が響き職員室へ教師を呼びにいく数名の生徒たち。
殴られた薫も康之を殴り返した。殴られた拍子に康之のメガネが飛んだ。
噂を聞きつけた他のクラスの生徒たちも集まり、廊下には人だかりができていた。
「なにしてるんだ!」人だかりをかき分け教師が廊下で叫んでいる。
「チッ、めんどくせぇ」
切れて血が出た唇を拭い、唾を吐き捨て薫は教室を出ていった。
教室に教師が来た頃には二人の姿はなかった。
次の日の放課後
「卒業を目前に控えてなにやってんだおまえらは!。進路も就職もきまってんだろ。」
二人は生徒指導の教師に呼び出されお説教をされていた。
「柏木、警備員がケンカしてどうすんだ!?あ?沢田もか?もう気分は大学か?」
教師は大きなため息を吐き出し頭を抱えた
「…今回の事は進路先、就職先には伏せておく。だが、充分に反省すること。分かったか!」
「すみませんでした」
「さーせんでした」
指導室から出ると腕組みをした美穂子が立っていた。首筋のキスマークを隠すためか、いつもは留めている髪を今日はおろしていた。
「康之!薫ちゃん!」
薫は美穂子と目も合わさず帰ってしまった。「薫ちゃん!!」
学校の帰り。美穂子の家に寄り話を聞いた。
「ケンカの原因はあたしだって聞いたんだけど」
康之は重い口を開いて説明してくれた。
全部話し終わった後
「本当に…薫と?ごめん、こんな事聞くもんじゃないよな」
うなだれた康之がつぶやく。
「俺があの時いれば、美穂子があんな…」
「ヤってないよ」
「えっ?」
「薫ちゃんはやってないよ。確かに押し倒されてキスされた」
薫との話に食い違いがあり康之は戸惑った。
「でも薫ちゃん、ごめんって言ってすぐにあたしから離れた。で帰った」
美穂子はキスマークのついた首に手を当て言った。
「じゃあ、薫とはやってない?美穂子は無事?」
「そう。薫ちゃんが嘘ついたんだよ」
力が抜けたように座り込んだ康之の前に美穂子が座った。
昨日のケンカで康之の眼鏡は壊れ、今日は眼鏡をかけていない。
切れた唇の端を指で撫でながら美穂子は言った。
「あたしなんかの為にケンカしないで。康之も薫ちゃんも大切な人なの。」
「あたしもっと強くなる。」康之の首に腕を回し美穂子が言う。
「それ以上強くなってどうすんだよ。俺の前では弱い女でいろよ。それ以上強くなったら俺が守れなくなるよ」
康之がクスリと笑って美穂子の顔を両手で優しく挟んだ。
「黒帯の康之が守れない女って。あたしどこまで強くなっちゃうの?」
顔を突き合わせお互いクスっと笑いキスをした。康之は強く強く美穂子を抱きしめた。
その後、薫とはあまり会話をしないまま高校を卒業した。
「内定決定おめでとう」
康之はシャンパンの入ったグラスを傾けると美穂子のグラスにあわせ乾杯をした。
「この就職氷河期に、しかもこんな早く内定が決まるなんてすげーな美穂子。」
にっこりと微笑みながらグラスを口にする美穂子
「あたしの魅力に面接官はノックアウトだったみたいね。」おどけて美穂子が言う。
「短大は入学直後から就活。なにしに大学いってたんだか分かんないよ」
夏の熱さがだいぶ緩み、少しずつ街路樹が色づいてきた頃、康之は美穂子の内定決定を受け食事に誘った。その帰り美穂子の家により改めてお祝いをしているところだった。
「これで美穂子と薫が社会人か。俺はあと二年学生だ。」
グラスのシャンパンを飲み干した康之が美穂子に聞く。
「お祝いは何がいい?肩身の狭い学生だからあんまり豪華なことはできないけど。」
「康之の気持ちだけで充分だよ。今日だって食事おごってもらったし。」
康之の肩に持たれながら嬉しそうに言うと「ありがとね」と頬にキスをした。
遅くなると美穂子の両親に迷惑がかかるからと帰ろうとする康之。
「今日は親戚の結婚式で二人とも帰ってこないんだ……」
アルコールのせいか頬を赤らめて美穂子が言った。
無言の康之に
「無理にとは言わないよ。近所だし泊まっていくって距離でもないしね。…でも家に独りは寂しいなーって……」
アルコールのせいで少し大胆になっていたのかもしれない。
お風呂に順番に入った後しばらく二人はテレビを見たり他愛のないことを話し込んでいた。
夜もだいぶ更け眠たそうな美穂子。
「俺はこっちで寝るよ。あんまり近いとヤバいからね。」
部屋を暗くしソファーへ移動しようとする康之。
しかし、康之のそでを掴んで離さない美穂子。
「美穂子……」
じっと康之を見つめる美穂子に「本当にいいのか?」と聞くと美穂子は黙ってうなずいた。
眼鏡を外し康之は美穂子に優しくキスをした。
そのままベッドへ倒れ込み何度となくキスをする。
緊張で体が震える。
震える美穂子の手をとり手の甲にもキスをする。
「大丈夫?震えてる。怖い?」
優しく声を掛けると美穂子はそっと目を開け「…うん、ちょっと……。でも大丈夫」と精一杯の笑顔で微笑んだ。
「いやだったら言って。すぐやめるから」
「康之は心配性だね。いやだったらストップ!って言うから」
「分かった。でも途中でストップって言われても止められないかも。」康之も微笑みちょっと意地悪そうにそう言った。二人は笑い
康之のやさしいキスが唇から首筋、肩へと移動した。
指先が体中を優しく這い美穂子の唇から甘い吐息が漏れた。
次の朝、美穂子が目を覚ますと隣には康之の寝顔がある。
じっと顔を見ていると康之も目を覚ました。
「おはよう」
微笑んで挨拶する康之
「おっ、おはよっ」
美穂子は恥ずかしさでなんとなく顔をあわせずらかった。
昨晩の記憶が蘇り挙動不審な美穂子。ベッドの中で抱きしめられドキドキが止まらない。
「ねえ……」
口ごもる美穂子
「なに?」
「やっぱりいいや、何でもない」と康之に背中を向ける。
「何だよ。気になるだろ」後ろから抱きしめられ背中から康之の体温が伝わってくる。
「…康之って…お…男の人なんだな……って」
小さな声でボソボソと言う美穂子は耳まで真っ赤になっていた。
「は?」
訳の分からない顔で康之が首をひねる。
「小学生の頃はよくプールなんかに一緒に行ってて裸なんか見慣れてたはずだけど。はっ…裸って言っても上半身だけだけど」
真っ赤な顔のまま焦って説明しながら一気にまくしたてる。
「昨日の…あの………康之にスッゴいドキドキした」
美穂子は猛烈な恥ずかしさに両手で顔を隠した。
あたしの知ってる康之は小学生のまま。だけど、昨日の康之は大人の男の人だった。引き締まった体に広い胸。ゴツゴツした大きな手に逞しい腕。
いつの間にこんな大人になったんだろうって。
「そうか?こんなの普通じゃない?」
「見慣れてない人は違うの!」
「美穂子だって…」
「いやー言わないで!」
顔を真っ赤にして美穂子はシーツにくるまった。
美穂子が短大を卒業し、就職が決まっていた会社へ入社して一年がたった。
康之は4回生になり卒論やゼミで忙しくなり、美穂子とあう時間も少なくなり違うことが多くなってきた。
そんなある日、仕事帰りの薫が昔よく三人で遊んだ小さな公園に美穂子がいるのを見つけた。
「よう!美穂子、久しぶり。」
振り返った美穂子は泣いていたように見えた。
「薫ちゃん、久しぶり!こんな遅くまで仕事?お疲れ様。」
薫は美穂子の隣にドカッと座るとタバコに火をつけ煙りを吐き出した。
「おう、サンキュー。美穂子も今日仕事だったんだろ。お疲れさん」
吸い終わった煙草を地面に落とし足で消す薫。
「ポイ捨て禁止。ちゃんと持って帰ってよ。」
「へいへい。」
携帯用の灰皿に煙草をしまう薫。
美穂子はベンチから立ち上がりブランコを揺らした。
「懐かしいね。ブランコこんなにちっちゃかったっけ」
「そりゃ美穂子が太ったせいじゃないか?」
美穂子を茶化すように薫もブランコを揺らす。
「小さい頃は暗くなってもここで遊んでたよね。帰ってから毎日怒られてたけど」
昔を思い出し薫に話し掛ける。
「そうそう。"美穂子ちゃんは女の子なんだから"ってよくお袋に怒鳴られてた。」
勢いよくブランコからジャンプして飛び降りる薫。
「今日ね、康之と久しぶりに会う約束してたから有給使って休みにしたんだ。でもね、急に教授からの呼び出しがあったみたいで結局またドタキャン。最近あたしたちすれ違ってばっかり」
スッとブランコから降り寂しげにうつむく美穂子。
「康之忙しいんだ。大学生も大変だな。そんなすれ違いばっかりで辛くねぇ?」
「最近は慣れちゃったかも。でも寂しくないっていったらうそかも。本当は寂しいよ…もうダメなのかなあたしたち」
泣き出しそうな美穂子を不意に薫が抱きしめた。
「薫ちゃん…」
びっくりしながらも離れようとしない美穂子。
タバコの香りがする薫の広い胸に抱かれ美穂子はこらえきれず涙をながした。
「康之のやつ。美穂子を泣かせたら許さねーって言ってたくせに!」
強く抱きしめると美穂子も薫の胸に顔をうずめたまま背中へ手を回した。
暗い部屋で布のこすれあう音と2つの息づかいが聞こえる。
白く柔らかな肌に大きく丈夫な手が滑っていく
その白い肌を傷つけないように優しく。
「薫ちゃん……」
たまらず美穂子の口から声が漏れる。
「やっぱり…」
「康之に悪い?」
美穂子の返事はない。
「前にも言ったろ、俺は美穂子が好きだ。あの時からずっと気持ちは変わってねぇよ。
今は俺のことだけ考えろ。」
薫のストレートな言葉が、康之に会えない寂しさと不満が溜まった美穂子の中の後ろめたさを消していった。
昔はミニカーやスポーツ選手のポスターが貼ってあった薫の部屋。今はタバコと薫がいつも付けているオーディコロンの香りが充満している。
薫の匂いに包まれて薫に抱かれる。
昔はこんな事になるなんて想像もつかなかった。
柔らかな胸に丸みのある腰回り。体中に薫の指と唇が優しく触れる。薫の優しい愛撫に美穂子の体が火照る。
汗ばんだ二人の肌が重なりあい激しくなる2つの息づかい。
薫と美穂子は何もかも忘れお互いを求め合った。
薫の携帯に康之からの着信があったのはそれからしばらくしてのことだった。
「話がある」
早めに仕事が終わり直接康之の家へ行った。数週間前から康之の両親は旅行にいっており家には薫と康之の二人だけだった。
「話ってなんだよ」
タバコをくわえながら薫が言った。
「美穂子のこと」
薫はフッと笑うと
「お前と二人で話すときはいつも必ず美穂子のことだな」と言った。
「聞いたよ、美穂子から」
ったく、美穂子のやつ、約束破りやがって。薫は無言のまま煙草のケムリをはき出した。
薫が沈黙を破る。
「で?……お前さ本当に美穂子のこと好きか?俺はずっと前から美穂子が好きだ」
薫の言葉に驚くことなく康之は
「ああ、知ってる。俺だって美穂子が好きだよ」
と答えた。
「じゃあなんで美穂子を泣かせた?この間泣いてたぞ!」
タバコを灰皿へ押し付け火を消した。
「昔、美穂子を泣かせたら許さないって言ったの誰だよ」
その時玄関の方から「康之いるの〜?」と美穂子の声が聞こえた。。
リビングに入ってきた美穂子は笑顔で
「やっぱり薫ちゃんだ。靴があったからそうかなって」
手に提げたていた買い物袋から買ってきた食材を出し「薫ちゃんも食べてくでしょ?」と言った。
旅行好きの康之の親がよく家を空けるので、時々こうやって食事の支度をしに美穂子は時々こうやってやってくるのだ。
「んー……美穂子の手料理?大丈夫なのか?」
「失礼だな。康之だってピンピンしてるでしょ。ねえ、康之」
美穂子と薫を交互に見ながら「ああ、旨いよ。食ってけよ」
と康之が笑いながら言った。
ピリピリとした空気とさっきの話は一時中断することになった。
美穂子の作った料理を久しぶりに揃った三人で食べた。
「久しぶりだね。三人で食べるの。高校の時以来?」
思い出話に花が咲き賑やかな食事になった。
そんな時、薫が言った
「俺さ、あの時康之に嫉妬してた。なんでも持ってるクセに美穂子まで持って行きやがってって」
食事の手を止めて康之は言った。
「なに言ってんだよ。薫の周りにははいつも女がいただろ。」
「あれはただの取り巻き。付き合った女なんか一人もいない。
好きでもない女と付き合えるほど俺は器用じゃないよ」
薫は美穂子をみて言った。
「なあ…美穂子」
康之が真剣な顔で
「俺たち別れようか」と切り出した。
突然の発言に美穂子はびっくりし康之の顔をみた。
「なんで?あたしの事嫌いになった?」
「いや、そんなことは絶対ない。むしろ前よりも好きだ。だけどこれから大学の方がもっと忙しくなる。そしたらまた美穂子を構ってやれなくなる。
薫に聞いたけどあの日泣いてたんだって?」
美穂子が薫をみた。
「美穂子を泣かせたくない。でもこのまま付き合ってても俺は美穂子を悲しませてばかりになってしまう。」
「あんな…」薫をちらっと見て続ける。
「あんな事になったのも俺が美穂子を構ってやれなかったからだろ。」
「別れても今までどおり仲良くしてくれる?急に素っ気なくならない?」
うつむいていた美穂子は顔を上げ、キュッと口元を引き締めると康之に聞いた。
康之は美穂子の目を見て
「嫌いになったわけじゃないんだから、そんなことはしないよ。」
眼鏡の奥の目が優しい。
「前、美穂子言ってたよな。俺も薫も大切な人だって。俺も美穂子のことずっと守ってあげたい大切な人だと思ってる。」
薫は康之を見て
「おい、なに一人でかっこつけてんだよ。俺だって美穂子の事が好きだしずっと守ってやりたいって思ってるよ」というと、康之の隙をつき素早く美穂子にキスをした。
「お前っ!なにやってんだよ!!」
「だって美穂子はもうフリーじゃん」
まるで小学生のケンカみたいに騒ぐ二人を眺める美穂子。
あたしこんな頼もしい二人に守られるんだ。
美穂子は嬉しそうに微笑んだ。
数年後。
澄み切った青空の下教会の鐘が鳴っている。
控え室には純白のウエディングドレスを着た美穂子がいる。
「おめでとう」
「美穂子きれい!」
お祝いに駆けつけた友人達が美穂子の姿に感動する。
「ありがとう。もう、緊張しすぎて吐きそうだよ。」おどけながら美穂子が笑ってみせる。
「でも、やっぱりね〜って感じ。柏木君か沢田君どっちかと結婚すると思ってたけど。」
「幼なじみと結婚なんて羨ましい」
友人達が口々にいう。
「ずっと一緒だったから今更って感じだけどね。一応区切りとしてね。」
美穂子は最終チェックを終えそろそろチャペルへ移動する時間。
「そういえば愛しの旦那様は?」
「かなり緊張してたからどっかウロウロしてるんじゃない?」
また後でねと言い残し友人達は先に式場へ。
チャペルに賛美歌が流れる。
父に手を引かれヴァージンロードを進む美穂子。
その先にはタキシードに身を包み笑顔で美穂子を待っている愛しい君がいる——
(完)