何故、ルビーの指輪だけが消えたのか?
「実は、前に買って貰ったルビーの指輪が、気付いたら無くて…」
出張から帰った夜に、妻のユイが面倒な事を告げてきた。
「は?無くしたのか?」
「無くなってたの!今日、引き出しを開けたらあの指輪だけ無かったの。」
「俺が出る前も付けてたのにか?…他のはあるのか?」
「ある。見当たらないのはあの指輪だけ。」
疲れた頭でも奇妙さだけはハッキリ分かる。空き巣にでも入られたのならルビーの指輪1つだけが盗まれるのはおかしい。だが、仕舞い込んでいた指輪をどうすれば無くせるというのか。
「最近変な奴を家に上げたんじゃないのか?」
「そんなことしてない。」
「あー…あれは?よく来てるママ友が居るだろ?」
「確かに来栖さんは昨日来てたけど、そんなことする人じゃないよ。」
「なら他に誰が家に入って指輪を取るんだ!?」
「怒鳴らないでよ!私が無くしちゃっただけかも知れないし…一応、明日来た時に聞いてみるから。」
ユイが無くしたかも知れないという可能性を否定出来ないことにウンザリする。予定をすっぽかしたり、振り込みを忘れたり…頻繁とは言わないが、やりかねないことを良く知っている。
「チッ…カイト!それで遊ぶなら部屋でやれ!目がチカチカする。」
小6の息子はブラックライトを手にしたまま、何も言わずにリビングから出て行く。
「ハァ…今日はもういい。明日にする。」
俺はレンジで温められた食事を腹に入れると、さっさと眠りについた。
しがない3人家族の家に上がり込む人間は限られる。ユイが何らかの理由で売り払った可能性はある。だが、その場合わざわざ自分から言い出す理由が無い。後になってからいつの間にか無くしたととぼければ良いだけだ。俺がそう考えることも含めて自分から…いや、やはりそんな手間をかける理由にはならないはずだ。そうなるとカイトだが、そんなことをする理由が全く思いつかない。小遣い欲しさに親の指輪を売り払うような子じゃないはずだ。
(他に誰がいるって言うんだ…ったく…)
扉を開けたところで笑い声が聞こえて来る。既に来訪している容疑者に会う前に起き抜けの顔を洗いに向かった。
「こんにちは。」
「あー、お邪魔してます。」
「いえいえ…ユイ、ちょっと。」
時計を見ると、10時を過ぎていた。主婦がお喋りを楽しんでいても不思議では無い時間だ。
「指輪の話はしたのか?」
「いや、まだ…」
相変わらず肝心な所で鈍臭い。
「なら俺が聞く。」
「え、待って。私が無くしただけかも知れないし―」
「じゃあ聞かないのか…!?」
「そう言うわけじゃないけど…」
どの道知らないと言われたらそれまでなんだ。聞くだけ聞けば良いのに何を躊躇うことがあるのか。弱々しい静止を振り切り、この家に出入りしている唯一の第三者の前に進み出る。
「来栖さん、この家で指輪を見ませんでしたか?」
「え、指輪?」
「先日、ルビーの指輪を無くしてしまったみたいで、何かご存知無いかな、と。」
「いえ、知りません。」
全身をサッと眺める。表情、手、足。何処にも緊張は見られない。
「そうですか…もし、見つけたら教えて下さい。このままだと警察に相談しなければならないので。」
一瞬、間が空いた。警察という単語に引っかかったのか、と思ったが、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「…失礼ですけど、あなたが持ち出したんじゃないんですか?」
「私が?何故です?」
「最近、あなたを池袋でよく見かけるって噂で聞きました。そこで会う誰かに渡す為に持ち出したのでは?」
「いやいや、そんなことしてませんよ。大体、指輪が無くなったのは私が出張に行っている間なんですよ?」
「その出張中にこっそり家に戻って指輪を持っていくことも出来ますよね?」
「そんなこと…確かに出張が嘘なら戻ってくることは可能です。でも実際に静岡まで行っていましたし、仮に誰かに渡すとしても新しいのを買えば良いに決まってるじゃないですか。」
しばらくの沈黙。それを破る声はあっけらかんとしていた。
「そうですよね!わざわざ指輪を持ち出すなんて…ごめんなさい!池袋の話聞いてたせいで、もしかしたら関係あるかもと思っちゃって!ほら、ユイちゃんってちょっと控えめなとこあるから、怪しいようなら私が言ってあげなきゃと思って!ホント、ごめんなさい!」
「…あぁ、そういうことですか。構いませんよ。」
消去法で言えば1番怪しい。だが、それを裏付けるものは何も無い。出来ることのなくなった俺はすぐにその場を後にした。
手頃な小型の金庫がないかとネットで検索する。画面を眺めている間、気分が晴れることは無かった。持ち出せる人間は絞れてるのに特定出来ないことにイラつく。このまま泣き寝入りしたくないが、どうするべきか分からない。
(せっかくの休みに面倒な…)
金庫を買うとして、どの程度の大きさが必要だろうか。確認の為に向かいの部屋に行き、例の指輪が入っていた引き出しを開ける。
(は?まさか…)
いくつか並ぶ指輪ケース。その1番手前にある白いケースを開ける。そこに収まっていたのは間違いなく、話の渦中にあるルビーの指輪に違いなかった。ユイが勘違いした?流石に考えづらい。ユイと来栖は喋り続けており、こっちには来ていない。どちらか一方の仕業とは考えづらいし、俺の不倫を確かめる為に共謀していたのか?いや、そんな回りくどいことをするより高い可能性がある。
(理由はさっぱり分からないがな…)
俺は金庫を選ぶのをやめ、まとまらない考えを整理した。
「…ごめんなさい。」
問い質すと、カイトはあっさり白状した。
「どうして母さんに内緒で持ち出したりしたんだ?」
「それだけ、光らなかったから…」
「光らない?」
「ブラックライトを当てると本物の宝石は光って、偽物は光らないって聞いたから、試したらそれだけ光らなかったから、本物か確かめようと思って…」
「確かめるって…どうするつもりだったんだ?」
「宝石売ってる所に行って、聞いたけど、すぐに分からないって言われて…戻そうとしたら母さんに見つかってて、夜は父さんと母さんがケンカになったから…」
「…結局、こっそり戻したわけか。」
「うん…」
「でも、何で母さんに隠したんだ?偽物かもって聞いてみれば良かったじゃないか。」
「最近、父さん帰ってくるの遅いし、ケンカもしてるから、偽物って言ったら心配すると思って…」
つまり、変に気を遣った結果、ややこしいことになっただけということか。盗難だのなんだのと言う話でないことに一安心する。
「いいか、カイト。確かにブラックライトで光る宝石はある。でも全部が光るわけじゃないんだ。取ったところとか種類とかで、本物だけど光らないこともあるんだ。仮にこれが偽物だったとしても父さんと母さんがケンカしたりしないさ。そんなことしなくても良いんだ。分かるよな?」
「うん…ごめんなさい。」
「よし、母さんにも一緒に謝りに行こう。な?」
真相が分かり、指輪が手元に戻った俺は少し安堵する。だが、気を抜くには少し早い。
(池袋からは離れないとな…)
謝るカイトをユイが抱き締める。その様子を見る俺は、頭の中の地図を見ながら次から何処で会うかを考えていた。




