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零時の溺渦セッション-死者の拍と恋が交わる水鏡ライブ-  作者: NOVENG MUSiQ


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3/3

後編 “零時の潮目、鼓動は蒼にも染まらない”

 肺に張り付く冷水の感触が、まだ離れない。

 溺渦湖(できかこ)の桟橋に仰向けに倒れた私は、数秒おきに胸を上下させながら闇を仰いだ。

 水面は墨を流した鏡——憂河(うか)暁斗(あきと)を呑みこんだ裂縫(れっぽう)の痕跡さえ残さず、ただ月を(ゆが)めて映すだけだ。

 だけど胸元に吊るされた貝殻のペンダントは、規則正しい鼓動を刻み続けている。私の心拍ではない。彼の心拍——置き去りにされた恋のエコー。


 鼓動の余韻が、皮膚の下で痛みを(はら)む。

 ——生きて戻れたのは、彼が“鍵”になったから。

 理解すると同時に、肺の奥から怒り混じりの悔恨が逆流し、喉を焼いた。


 「澪火!」

 揺師(ゆるし)太弄(たろう)が駆け寄り、肩を抱き起こす。指先が震えていた。

 その背後でDoloris(ドロリス)はドラムスティックを握りしめ、湖へ警戒の視線を向けている。

 「生きてるか? 暁斗は——」

 問いを最後まで言わせなかった。私は頭を振り、震える声で答える。

 「まだ……向こうで歌ってる。私たちが呼び戻さなきゃ、もうずっと“あっち側”のリフレインに溶けちゃう」


 言い終えると、湖面が再び波紋を上げた。死肉と海藻が混じった腐臭が、夜気を重く染める。

 湖の中央。月光が裂けるように開き、亡霊の合唱が耳鳴りとなって押し寄せた。

 首の曲がった影、裏返った顔、骨の鈴——《水鏡の裏側》の住人たちがこちら側へ滲み出してくる。

 私は歯を噛み締め、太弄の腕を掴む。

 「ステージを組もう。音で迎撃(カウンター)をかける。——貝殻の鼓動を、此岸(こちら)の心拍で増幅させるんだ」


 桟橋に転がっていたスピーカーとケーブルをかき集め、太弄はベースを構えた。ドロリスはスネアを湖面へ向け、ハイピッチでチューニングし直す。

 私はペンダントを手の平に包み込み、触れた瞬間の脈動に背筋が震える。

 ——暁斗、聞こえる? 今から帰り道のノイズを(とどろ)かせる。

 湖の深部で彼が頷く気配が、潮の引力として指先に集まる。


 「テンポは心拍の二倍、キーはEマイナー。ドロリス、ハットじゃなくリムで水面を刻んで」

 「了解。亡霊の鼓動より高いスパイクを入れてやる」

 太弄がうっすら微笑む。

 「ラブソングで幽霊退治か——悪くない」


 私は足元のモニターに深呼吸を映し、肺に残った恐怖をすべて吐き出す。

 ペンダントをマイクに見立て、距離ゼロで歌いはじめた。


 > —湖面を割る声を抱け

 > —鼓動を上書きしろ、愛で

 > —完璧より生存、静寂より叫び


 太弄の開放弦が湖底を撹拌し、ドロリスのリムが亡霊の呻きを細切れにする。

 私の声がペンダントを通じて増幅し、赤い燐光が桟橋を灯す。

 水面が叫びを反射し、亡霊たちは耳を塞ぐようにのたうつ。私はさらに声を張り上げる。

 > —死んだ声は幕を閉じろ

 > —生きた心拍、今こそ鳴れ


 その瞬間、湖央の裂縫が大きく開いた。

 月光に照らされた蒼白い腕が伸び——憂河(うか)暁斗(あきと)のシルエットが水柱と共に現れる。

 が、彼の足首に亡霊の群れが絡みついた。骨の手、藻に包まれた指、濁った瞳。

 私の喉に熱い鉄柵が(はま)る感覚。恐怖が血圧を跳ね上げ、視界を狭めた。

 しかし譜面にないビートが背中を押す——太弄の“サブドロップ”。

 破裂音が水面を歪ませ、ドロリスのスネアが空気の膜を破る。私は咄嗟にペンダントを外し、むきだしの鼓動をアンプヘッドに接触させた。


 ゴウン、と低周波が夜気を揺らす。

 それは心臓そのものの音量——臓器で作る最強のキック。

 亡霊たちの結界がひび割れ、暁斗の体を縛る手がほどけていく。

 私は最後の声を絞り出した。


 「暁斗、帰って来い!!」


 叫びは蒼い稲妻になって湖面を走り、裂縫を閉じかけていた水鏡の縁を(くだ)く。

 彼は両手を伸ばし、桟橋の端をつかむ——その瞬間、私たち三人は同時に楽器を放り出し、掴んだ腕を一斉に引いた。


 ずぶ濡れの体を引き上げた途端、裂縫は勢いよく閉じ、湖面は二度と開かない暗闇へ戻った。

 亡霊たちの呻きは遠くの残響となり、やがて完全な無音へと沈む。

 桟橋に横たわる暁斗は、息を切らしながら笑った。

 「……騒がしい救出劇だな」

 「アンタが静かすぎるんだよ」ドロリスが肩を(すく)める。

 太弄はベースネックを杖に立ち上がり、月を睨んだ。

 「まだ夜は終わっちゃいねぇ。次の潮目までに、新曲を書こうぜ」


 私はペンダントを握りしめた。中の鼓動は私の心拍と完全に同期している。

 ——湖底の闇も、亡霊の悲鳴も、私たちの音で塗り替えた。

 恐怖は確かに存在する。それでも鼓動は死ななかった。

 私は立ち上がり、濡れた髪を絞りながら仲間に向き直る。


 「タイトルは決まってる。

  『透明汀線(とうめいていせん)を越えて』——

  次は湖の向こうじゃなく、もっと遠くまで響かせよう」


 夜が(わず)かに色を変えた。

 風が桟橋を渡り、どこかで鳴く水鳥の声が新しい拍子を打つ。

 私たちの鼓動は不揃いで、傷だらけで、でも確かに一つの曲になりはじめていた。


 ——恋も恐怖も、水位が上がるほど光を孕む。

  そして私たちは、その光を音に変えるために生きている。


最後までお読みいただきありがとうございました!


もしこの物語に少しでも心拍を揺さぶられたなら、

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舞台を現代の放課後バンド×SNS社会に移した

『蹴り破れ、承認中毒の夜明け×放課後ビート -恋で塗り替えるゼロデシベル-』を投稿しています。


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▶ Tales版はこちら

https://tales.note.com/noveng_musiq/wu4pg50vdfk5j


あちらの“鼓動”も、きっと何かを壊し、何かを始めてくれるはず。


それではまた、別の物語でお会いしましょう。

拍手・感想などいただけると、次のビートが鳴りやすくなります!

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