親父と同居のスクールライフ番外編 白石影人研究報告 〜人格転送についての考察〜
今回のこの短編は、未だ終わりが見えない、「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の番外編として書きました。
というか、この物語の根幹である、死亡した父親が息子の脳内に無理やり同居するという設定が、もしかしたら出ることなく終わるような気がしてきたので、トリアズ、この設定だけ抽出したようなものになってます。
ですので、本編「親父と同居(脳内)のスクールライフ」高校入学編、親睦旅行編も併せて読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
あまりにも様々なことが起こった親睦旅行を終えた息子、光人はすでに眠っている。
本当は私も眠る必要がある。
でないと、おそらく光人の脳細胞を圧迫してしまうだろう。
だがここまでに起こったことを整理しておく必要を感じて、ここに記そうと思う。
もっとも、このPCを光人本人だけではなく、第三者が見ると厄介なことになりそうなため、私の書斎の奥に隠すことにしよう。
光人が生きている限り、そして私の記憶がここにある限り、見つけることができないようにして…。
もし、この記録を見ているのが光人であれば、この記録を収集後速やかにPCごと破壊するように。
もし、君が山上晴久くんであるようなら、読まずに破壊してくれ。恥ずかしいから。
その他のものであれば、このPC解錠後、5分で全メモリーが消去され、リチウム電池が炎上する。すぐに離れるように。
私は光人に、この奇怪な現象、父親の思考が光人の脳内に展開していることについて、ほとんど何も伝えてはいない。
きっかけが私自身の死であることは間違いない。
と言っても私がこの世にそれほど強力な未練があるというわけではにことは光人もわかっていると思う。
家族を心配する想いはあるが、その程度で魂が残るとするならば、この世は魂で溢れかえっていることだろう。
さらにいえば、私が死ぬきっかけになった浅見蓮君の事故については、彼のことを救えたことで十分だった。
そう、単純な自然現象ではあり得ないことはわかっている。
この不可思議な事態は、自分が関わっていた研究に端を発している。
そしてこの研究は、かなり前に私自身は放棄していた。
それでもこの私たちの状態は、この研究が深く関係しているとしか思えなかった。
以下に、覚え書き程度になるが、記しておこう。
現在のこの光人の脳の中に私の人格が発現した理由について。
私は光人には理由不明と惚けた。
この現象は事実、私の推測の範囲外だったためでもある。
だが、大元のことについてはある程度判明している。
もともと栄科製薬で私が行っていた研究の成果でもあるからだ。
光人や静海は言うに及ばず、私の愛する舞子さんも当然研究内容については全く知らない。
会社で行われている研究を会社外で語ることなどは、学会発表や論文での発表などを念頭に入れた場合を除いて、ほぼない。
いわゆる社外秘だ。
さらに、研究初期段階で有望な成果は研究室の外にデーターを持ち出すことなど、以ての外である。
開発研究部担当重役や、社長にしてもそんな末端で行われている研究に興味を抱くことはないのだから。
ただし、その研究が社にとって有望であると判断されれば、おのずから話は変わってくる。
私が行っていた主要な研究は、私の専門分野である医薬品の合成である。
数限りない有機化合物を創生し、医薬品として価値のあるものを探す、探索研究だった。
その中で合成された化合物数十種が、脳内の神経細胞に影響することが化合物評価班から報告があった。
いわゆる認知症の治療薬として効果が期待できるのではないかということだった。
さらにその化合物群を合成しスクリーニングにかけた結果、8種類に絞られそれぞれアルファからシータのギリシャ文字があてられた。
この化合物の持つ各官能基を様々に修飾し、そのギリシャ文字の後に数字をつけていく。
ここで仮の化合物ナンバーを振り当てて、さらにスクリーニングを繰り返して絞り込んでいく。
また、神経細胞などのレセプターを3Dモデルで構築し、合成した化合物との親和性を計算して最適化を試みた。
ここで選んだ化合物を試験管内でレセプターとの反応を検討し、10種類の候補化合物を実際の生体内で脳内に移行するかの検討をした。
ここまででもかなりの日数を費やしている。
この間に私は私生活で見合いをし、結婚した。
先に示した化合物を生体、具体的にはマウスを使った反応系を検証していたのだが、ここで奇妙な現象に気付いた。
マウスに各群を投与したのちの運動のテストを行った時だった。
この運動テストは、迷路を作り、ゴールに餌を置く。
そこにマウスを放ち、ゴールに達するまでの時間を計測するというものであった。
ここに何もしていないマウス、化合物を与えたマウス、さらに人工的に認知症を発症させたマウスと、その発症したマウスに化合物を与えたマウスの4群でテストを行った。
その結果を集計しているときだった。
通常いきなりスタートからゴールまでを一番効率の良いルートをとることはない。
何度か試行錯誤の末、餌まで辿り着く。
その時間を計測して徐々に早くなっていく様子を見ていくテストである。
そのテストの中、γ-3を投与した群の中の一匹のマウスが、1回目でほぼ最短のルートと時間で餌のところまで辿り着いた。
当然、生体であるため個体差は出るが、その範疇を大きく超えていたのである。
この異常個体の詳細を評価班が報告書に記載して、私のところに回ってきた。
私はそのマウスの系統ナンバーが、その前の実験で迷路を覚えている処分されたマウスの系統ナンバーの子にあたることが気になった。
親にあたるマウスは違う薬剤Θ-15を投与されている。
その実績は他のマウスとそれほどの差はなかった。
ただ、解剖所見で脳内の神経細胞に若干の変形が見えると注釈があった。
これはそのΘ-15を投与された群のマウスに差はあるものの、特徴とされる所見である。
さて、何が起きているか?
私はチーム全員を集めて、ブレーンストーミングを行った。
私のこのチームは私が班長を務めている。
探索研究の人間がこういったプロジェクトでリーダーを任されることは、うちの研究部では珍しい。
特にこの会社の本流から外れてる人間であれば。
栄科製薬は10年ほど前に栄化学製薬株式会社と科学医療開発研究株式会社が合併した製薬会社だ。
私は科学医療開発側の人間であるが、経営規模は栄化学が圧倒的に大きかった。
ただ医薬品の開発技術は低く、ほぼ海外の導入品であったため、その開発技術をあげる目的で科学医療開発との合併を画策した。
一方、科学医療開発側は特許を数多く所有する一方、営業力は低く、利益はその特許の数に比べると圧倒的に低かった。
両社の思惑の一致は合併のドライビングフォースとなる。
もっとも栄化学側は吸収合併を希望したが、科学医療開発はそれに強い抵抗を示した。
結果、対等の合併になったが、合併後の栄科製薬の中ではいまだ力の綱引きが続いている。
その中で、脳科学分野では科学医療開発の独壇場であった。
この領域は栄化学側が口を出せない分野の一つで、我々の探索チームが探し当てた化合物にかなり高い効果が期待できることもあり、今回のチームの班長を私が任命された。
上層部の思惑も現場に影響を与える環境下ではあったが、自分の恩ある上司、神谷修研究開発部部長の便宜もありかなり成果をあげつつある。
この奇妙なマウスの動向は、そんなときに見つかった。
発見したのは生物行動学に精通する金子政義研究員であった。
彼はもともと細胞工学を専門としていたが、細胞内の変化が個体にどうフィードバックするかという観点から生物行動学をも習得していった優秀な人材である。
彼がこの異常な所見に対して、遺伝という観点を明確に否定した。
仮にこの学習結果を遺伝に反映されたとしても(実際にそのようなことはまずないのだが)、すでにその子マウスは、親マウスが学習する前に生まれているということから、「あり得ない」と言い切った。
その言葉は、その会議にいたすべての研究員の考えと同じだった。
追試が行われ、さらに興味深い所見が加わる。
Θ-15とγ-3の組み合わせで行われた追試において、親が生存していた場合には、この現象が見られなかった。
この結果から、当初は荒唐無稽という意見もあったが、結局一つの結論にまとまった。
この対となる化合物は、死んだ個体の情報を他の個体に転送する。
また、その転送する個体は子孫に限られる。
この事実を前に私たちは頭を抱えた。
当初の認知症薬としてはあまり効果がないということではない。
確かに、この薬剤が認知症の進行を止めることにとどまらず、脳細胞の修復すらできるのではないかという期待はあった。
だが、そう言った夢のようなことは砕け散った。
いや、違う。
夢ということであれば、ある可能性が見出されてしまった。
とは言え、その可能性は人体実験をする必要性があることを意味していた。
その人が持っている情報の全てが子孫に転送されるとしたら…。
天才と呼ばれる人間たち、その知識や思考から生まれる発見や発明がより効率良くなることだろう。
彼らとて生命体である以上、死は必ずやってくる。
だが仮にこの薬が、情報だけを転送するのではなく、その人格すら転写するとしたら、世界はどう動くのか?
いや、まだそう言った人類全体の利益になるものたちが使用するのなら我慢もできよう。
だが、考え方を変えれば、この薬は「不老不死」の薬となり得るものである。
時の権力者が欲して止まぬ物だろう。
これは想像に難くない。
この仮説を論じていた時には、それは可能性でしかなかった。
と言っても、天才たちが思考の果てに辿り着いた情報を、後世に残せるというだけでもその価値は計り知れない。
この仮説の検証には、何がその体内で起こっているかということを明確にするための手段が必要だった。
この時点での検証はマウスの迷路実験が唯一の手段であった。が、さらなる検証には、正確に伝える生体、すなわち人体実験が必須である。
戦時下で行われた狂気とも言える人体実験の数々は、確かにもしかしたら今の人類の発展に寄与したかもしれない。
だからと言って、それを実施するという事には、そこにいた研究員全体が否定した。
それでも、研究者としての性なのだろう、化合物の最適化が行われて、Θ-15-Jとγ-3-Lというカップリングドラッグが誕生した。
当初我々の研究班はこの実験結果並びに検証を秘匿していたのだが、やはりその結果は漏れた。
いや、違うな。
ことの重大さを認識しながらも、彼はその人脈で厚生労働省の友人に相談してしまった。
入社3年目で我が社で非常に優秀であると言われていた大野和紀という研究員だった。
彼には野々宮という同じ大学出身で厚生労働省の先輩がいた。
その役人に飲み会の席で愚痴ってしまったらしい。
本人がsどのよくじつ、良いの冷めた頭でその事に気づいた時には手遅れだった。
大野の愚痴から産官学共同のプロジェクトチームが立ち上がるまでには3年ほどかかったそうだ。
ただ、私はその流れの中で、栄科製薬上層部が本気で人体実験に着手しそうだという噂を聞いた。
私はすぐさまに辞表を出した。
後に残るメンバーには申し訳なかったが、そんな犯罪行為に加担はしたくなかったし、だからと言って上層部と喧嘩して、私の夢だった家族の生活を壊されるわけにもいかなかった。
早期に円満退社をして、保険がわりに持っていた薬剤師免許を活用する道を選んだのである。
退職時にΘ-15-Jとγ-3-Lの経口薬を私と家族で服用して欲しいと頼まれた。
当初は断ろうとしたが、万が一、人格の転写という現象が起きるようであれば、他の誰でもない、私であればしらを切り通すことが可能であると、考えを改めた。
この薬の有効性を見るために、私を殺害する可能性というのを考えなかったわけではなかったが、この現代社会ではさすがにその可能性は低いと思った。
事故死に見せかけるようであれば、死亡保険も家族に残せるし、自己の相手側からもある程度まとまった金額も入ってくるという打算もあった。
私の持っている知識が純粋に情報として子供に伝わるのなら、それも悪くないと思ったという理由もあった。
最大の理由は退職金が2倍になるという物ではあったが。
こうして私はこの研究から身をひき、薬剤師として務めることになった。
ただ、たまに大学の後輩でもある研究員の山上晴久から連絡を受けていて、国がらみのプロジェクトになった後、それほどの進展がないということは聞いていた。
今回の私の事故は、事件性は全くない。
単純な交通事故であることは疑いようがなかった。
でなければ、あっさり私の遺体を灰にはしなかったはずである。
あちらさんとしては、私の脳の解剖をしたかったに違いない。
そこにはきっとマウスの脳神経で見つかったような、まるでアンテナのような神経細胞の束が見つかったであろう。
結果的に、この薬剤は当初の仮説通り、情報の伝達だけでなく、人格転写も同時に行われていた。
ただし、この人格転写は、完全な上書きでなく、2つの人格の同居という形になった。
さすがにこう言った事態は私は考えていなかったが、今後この私の意識がどうなるのかは、不明だ。
できることなら、幼少時の不幸から、愛する息子を解放する手助けをしたい。
一人の父親としてそう願っている。
お読みいただきありがとうございます。
前書きでも書きましたが、この短編は「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の設定を書いただけのものです。面白くなかったら申し訳ありません。
この設定だと、やる気になれば、SFにでも、謀略物にも欠けてしまって、このラブコメディというものが苦手だと気づいたこの作者、ちょっと思考の迷宮に入りつつあります。困ったものです。
この本編は高校3年下の物語を描くつもりで始めたのですが…、未だ入学して20日弱しか経っていないというとんでもない事になっております。いい加減全てを描こうとせずに話を飛ばしていくつもりなのですが…。
もしよかったら、本編の方も読んでやってください。




