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九珠の剣  作者: 故水小辰
第三章:瑞州常家
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兄弟

 ふもとの街に着いたところで九珠と飛雕は秦亮たちと別れ、宿を取って一休みすることにした。

 幸いにも九珠の傷は深くなく、二日も休めば出歩けるようになった。

 二人が泊まる瑞州(ずいしゅう)岐泉鎮(きせんちん)とよく似た田舎の城鎮だが、川が一本街を貫いており、水運のおかげで商店や市が多く立ち並んでいる。飛雕は九珠が休んでいる間に瑞州の街をある程度散策しており、街で一番流行っているという酒楼に九珠を連れていった。


「飯も酒も美味いし、何より俺たちみたいなのが大勢出入りしてるんだ。飯でも食いながら次の行き先を決めようぜ」


 飛雕はそう言いながら給仕の娘に二階の窓際の席を用意させ、早速料理と酒を注文した。飛雕はいかにも大食らいの若者が好きそうな肉料理をいくつか頼んだあとに九珠にも食べたいものがあるか聞いたが、九珠は何でもいいと手を振って窓から見える景色をじっと見ていた――川を行き交う小舟や石造りの河岸を彩る柳の木々、両岸にはのぼりを出した商店や露店がずらりと並び、買い物をする人々、船から積荷を下ろす筋骨隆々の青年たち、また柳の木の下で談笑する若い娘たち。全体的に背の低い家屋が多く、そんな中頭ひとつ飛び出しているこの酒楼はたしかに他の店より儲かっているらしい。席も広々としているし、一階に据え付けられた舞台を見下ろせる吹き抜けまであるあたり、食事の値段もそれなりにしそうだぞと九珠は思った。


「飛雕。お前、路銀はいくら持っている」


 何気ないふうを装って聞いてみると、飛雕は得意気に懐に手を入れてどっしり膨れた銭包(財布)を取り出した。


「昨日稼いできたんだ。(しゅ)とかいう物好きの金持ちが弓の試合をやるって言うから、どんなもんかと思ってさ」


 飛雕はフフンと鼻を鳴らし、しかし素早く銭包を懐に戻す。浮かれた挙句スリにでも遭ったら格好が付かないと思ったのだろう。


「案の定俺が一番だったぜ。賞金は金子一個だったが、大技使ったらすっかり感動して三個出してくれた。必要なものは全部揃えるからうちで修行しないかとか変なこと言われたが、俺は江湖の英雄になるからって言って断ったよ。金持ちに飼われてたんじゃ英雄好漢とは言えねえからな」


 飛雕がそう言ったとき、折よく酒と料理が運ばれてきた。景気良く酒を注がれた酒を嗅いだ九珠は、酒気の強さに思わず視界が歪むような気がした。


「あれ? 大哥もしかして飲めない?」


「……いや。だが多く飲まないようには気を付けている」


 首を傾げる飛雕にごまかすように言って、九珠は澄んだ液体で満たされた酒盃を高く掲げた。


「お前も飲みすぎるなよ。乾杯」


「分かってるよ。今日は大哥の回復祝いだからな、乾杯!」


 二人は同時に杯を傾け、空になった杯を同時に卓に戻した。強いが澄み切った味わいの酒で、濃いめの味付けの肉料理とよく合う旨さだ。九珠は飛雕と話しながら食べ、また飲んでいるうちにいつになく気分が高揚してきた。飛雕が言った他愛もない言葉が逐一面白く、頬が緩んで仕方がない。

 飛雕はけらけらと陽気に笑いながら、昨日参加したという朱という富豪の屋敷での試合について語り出した。九珠は相槌を打ち、時折笑いながら聞いていたが、やがてこの試合に引っかかる点があることに気づいた。


「待て、飛雕」


 止めどなく喋る飛雕に待ったをかけ、九珠は「今のところ、もう一度言ってくれないか」と尋ねた。飛雕は「ええ〜」とぶうたれながらも、酒を一口飲んで今しがた言ったことを繰り返した。


「朱のおっさんが言うには、最近鄧令伯(とうれいはく)の取り巻き連中の間で武術家を集めて試合やら宴席やらを設けるのが流行ってるらしい」


「鄧令伯……あの蘇口(そこう)の商人か」


 蘇口は中原の南方にある大都市で、北の王都まで続く運河と中原を横断する大河とが交わる水運の中心地だ。人も物も集まるこの街は当然商売や手工業の中心地で、商人の中には皇帝もかくやというほどの富を蓄える者もいるという。鄧令伯はそんな大富豪の一人として名を知られているばかりか、政の要人から在野の侠士とまで交友関係があるという希代の商人だった。もちろん商売の手腕も素晴らしく、中原各地に彼の屋号で商いをする者がいるほどだ。北の王都の皇后御用達の店も彼の屋号だと言われている。


「鄧令伯は武術好きだと噂に聞くが、そこまでするほどだったとは」


 九珠が言うと、飛雕も「そうだよな」と頷く。


「俺もちょっと意外だったよ。ま、金持ちってのはそれだけ俺らには分からないものなんだろうけど」


「するとその朱という者も、鄧令伯と付き合いがあるのか?」


「そうらしいぜ。酒の席でこぼしてたのを聞いたんだが、ようやく鄧令伯と取引できるようになったから、もっとお近づきになるために試行錯誤してるんだとよ」


 九珠の問いに飛雕は他人事のように答えた。ただ飯とただ酒に賞金と散々儲けてきた飛雕にとって、朱某の交友関係は枝葉の些末だったのだ。

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