窓
ある夜、ほんのりと酔った足取りで、ほんの数刻前に恋人とディナーを楽しんだ、レストランのことを思い返していた。
私よりすこしばかり人生経験の豊かな友人が勧めていた、その落ち着きつつも賑やかなレストランの待合い席のすぐそばには、「窓」が二つ、あたかも当然のように佇んでいた。一つは外界と我々の世界を区切り、もう一つは我々の待合席と客席を隔てる壁に穿たれた小窓だった。
「雨、降って来たね。さっき入れて良かった。」
ふと、彼女が片方の「窓」を見て呟いた。私は曖昧に、うん、と応えながらも、私の意識は、もう一方の「窓」に向いていた。
その小窓からは、ゆらゆらと揺れる食器の影と、その食器を扱う男女の上腕のあたりまでが伺える。無造作に、しかし店のテーマに沿って小窓の淵に並べられた置物が、程よく女を隠すように私の視界を遮る。
店内の心地よい賑わいのせいか、1、2メートルほどしか離れていないはずの彼らの言葉は、私の耳に意味を伴って入ってくることはなかった。私は、その場に似つかわしい食器の奏でる伴奏に耳を傾けながら、彼らの表情すら見えない、究極のサイレント映画に夢中になった。
白い皿の上を、フォークが滑る。料理の痕跡たるソースを掬う仕草で私を魅了するそのフォークは、この男女が、ある程度の食事を食事として楽しみ、余韻というメインディッシュを楽しんでいることを伝えようとしているらしかった。ゆったりと組まれた男の脚と、膝の上に添えられた左腕が、主人に指示を仰ぐこともなく時折、彼の呼吸に合わせて揺れる。
不意に、男のものとは別の、ゴツゴツとした手が皿に伸び、名残惜しそうな顔をしたフォークを皿の上で宥めながら、フレームアウトした。
登場した次の役者は、まるでその薫りを色に凝縮されたかのような、コーヒーだった。コト、という擬音を連想させる心地よい登場をしたコーヒーは、時折その水面に男の頭の影を浮かべ、湯気にロマンスを乗せて薫るようだった。
前方に足音がしたのでそちらに視線を配ると、その足音の主は、何処かで見たようなゴツゴツとした手を添えて、私と彼女に薄い冊子を渡した。私は、あれでもないこれでもない、と悩む彼女と、その背後に佇む「窓」を傍に、またこちらの「窓」に眼を戻した。
果たして、かの名脇役は、幾分かその量を減らしたようだった。当の主人公は組んでいた脚を揃えて、彼の口から発せられているであろうアリアに右手で指揮を振っていた。聴こえぬ曲に眼を凝らすと、私の心には喜劇の軽やかな旋律が聴こえてくるようだった。
しばらく鑑賞に集中していた私に、先ほどの男が邪魔をした。
「先にご注文を伺ってもよろしいでしょうか。」
隣の彼女が応える。
「シーザーサラダと、アンチョビの…」
「…あ、待って。」
私は彼女を制止した。まだ…いや、そもそも…
「すいません、今の取り消してください。そこの方々の頼んだものと同じメニューをお願いします。」