ある喫茶店の裏オーダー
「あ、あのっ」
奥のテーブルにオーダーを届けた帰路で。
カウンターに腰掛けていた、少々離れた場所にある高校の制服を着た少女に周囲の席が空いたタイミングを見計らった様子で声を掛けられる。
「ご注文は、お決まりですか?」
強面にも体格が良いことにも自覚はあるので、普段から言われる通りに笑顔にも動作にも気をつけながら対応する。
何せ奥襟を持てば片手で持ち上げられそうな、中学生でも通じそうなくらい小柄のお客様で……栗色の癖のあるミディアムショートと赤いリボンと併せて段ボール箱に入れられた小型犬を連想してしまう。
「その、噂で聞いたのですが」
「はい」
八割方そうではないか、とは思っていた予想は当たりのようで。
少し立ち位置を変えつつ、用意していた答えを返す。
「スペシャルメニュー、の事ですね?」
「あ、は、はいっ……」
髪とリボンが跳ねるくらいの勢いで二度頷く。
そんな彼女に。
「ちなみにお嬢さん」
「……っ」
「そのことはどこから聞きつけたんですか?」
笑顔は一旦収納して、窓からの夕日を背負う位置で尋ねる。
やや接客業失格なのでは? と思うもののこれは特殊な理由がある故。
「そ、その……部活の、先輩から」
「成程成程」
ゆっくりと頷いてから、緊張の仕草までも犬系なのだなと思いつつお客様を促す。
「では、ご注文をどうぞ」
「え、ええと……スペシャルメニュー、では駄目なんですよね?」
「はい、NGとなります」
「あうぅ……」
申し訳ないけれども、これは注文した方全員に通って頂いた道。
「正式名称で、ご注文願います」
「うっ……」
ポケットから出した萌黄色のメモを広げて、そこに目を落として何度か読んでから……意を決したように口を開く。
「恋に迷う乙女のためのスペシャルブルースカイブレンド~希望を掴み取る最後の一歩への勇気をくれる魔法の一杯は甘い未来へのプレリュード~セタメール・カフェ・ボナペティ……を、お願いします」
「はい、かしこまりました」
言い終えてメニュー表とメモの上に突っ伏するお客様に一礼してから、思わず感想が口から出る。
「また増えましたね」
「はい?」
「お嬢さん方が注文する度に長くなるんですよ、このメニューの名前」
「!?」
小さく教えてくれたであろう先輩の名前を恨めし気に呟いたお客様の前を辞して、カウンターの奥に下がる。
「……」
世の中には工業製品のラインや焚火を延々と見ていられる人がいるとのことだけれど。
サイフォンでコーヒーを淹れる様もそのラインナップに仲間入りできるものだと常々思う。
もっとも、この一杯はあの小さなお客様の物なので……カップに注いでトレイに乗せる。「はい」
「ありがとう」
その為の豆を準備しているのを見ていた最愛の妻が、サービスのハート型のチョコレートをそこに添えてくれて。
「お待たせしました」
「あ」
「当店のスペシャルメニューになります」
「……」
仔犬のような目で正式名称を言わないんですか? と抗議するように問われている気がするものの。
こんな強面が読み上げてよいものではない自覚はあるので唇の端を上げて誤魔化す。
「これで、私も……」
「成功率はそれなりに良いと聞いてますよ?」
「!」
一口二口口にして、呟いた小さなお客様にカウンター越しに皿を拭きつつ話し掛ける。
「少なくとも、あの一杯を切っ掛けに幸せになれたのがここに一人」
「えっと……」
「美人でしょ? うちの奥さん」
奥でエプロン姿でケーキを仕上げている自慢の妻を示してから片目を瞑って見せる。
「マスターも、そうだったんですか?」
「二〇年ばかり前に」
一目惚れのべた惚れで……今思うと若かったとしか言い様のない未熟だった自分に切っ掛けをくれた一杯。
「だから、お嬢さんも大丈夫」
「はい」
「こんな厳ついおじさんにあんなメニュー名の注文が出来るんだから」
「あ、あれってそういう……」
笑って頷くと……小さなお客様は逆に少し考え込む。
「あ、でも……」
「どうしました?」
「私の告白したい人は……柔道部の重量級で」
「おっと……」
背丈はともかく、身体つきは負けている可能性が大だった。
「だったら尚更遠慮せずに」
「に?」
「脇を締めて顎を引いて思い切り打ちこんでしまいなさい」
「はい、マスター……いえ、トレーナー?」
昔取った杵柄でアドバイスすると可笑しそうに頷いてくれて。
ああ、きっとこのお客様の恋は大丈夫だろうと確信できる。
「確かに、勇気出ました」
「それは何より」
「だからスペシャルメニュー、だったんですね?」
「実は、もう一つ勇気が隠れてましてね」
「?」
「有機栽培の良い豆なので経営者的にも勇気を振り絞ってるんですよ」




