レイの変化
公爵家本邸ではクラウスがレイの変化を報告し、クロムウェル夫妻は顔を見合わせて喜んだ。
「まぁまぁ!あの子が!乗馬を!?それに自分から髪のセットを頼みにくるなんて!!」
「なんと。いつも自分で適当に切っていたというのに。……凄いな。彼女は。」
「えぇ。彼女なら、本当にレイ様を救えると思いますよ。レイ様も満更でもなさそうですし。ただ、彼女、あの事まだ知らないんですよね?」
「えぇ。でも、もしかしたら、レイも大丈夫になるかもしれないから。ダメでもリオンさんは受け入れてくれるかも!」
「……まぁ。それは後々考えよう。それより今は、こっちが先だ。あの女が、来月、釈放される。」
公爵家は皆真剣な顔になり、対策を話し合っていた。
………………
乗馬をして以来、レイはリオンの言う事をよく聞くようになった。
10年部屋に篭って食べていたご飯も、リオンが呼べば食堂で食べるようになった。
クラウスは、みんなと食べるのも外へ出るのもあれほど頑なに嫌がっていたレイの変化に驚き、リオンに、こいつ何者なんだよ、と少し嫉妬したのは内緒だ。
「たしかに、こうやって誰かとご飯を食べるのも、悪くない、な。」
「そうでしょ、そうでしょ!!みんなと食べると美味しいんですからっ!あ!ちなみに、そのチキンステーキですけど、捌いたの僕ですからね!上手でしょ?」
「……。リオンって、いちいちうるさいよね。……まぁ捌けるのは凄いけど。」
「凄いでしょ?……え?僕うるさいです?そうかなぁ?」
「……お前の兄はもう少し静かだった気がするけどな。」
「えっ!?兄?シオンの事、知ってるんですか?」
レイはかつての親友を思い出した。
公爵家嫡男のレイは、幼い頃から周りの人間に擦り寄られてきた。明らかにゴマをする人間や、ニコニコしながら裏では悪態をつく人間、親に言われて無理矢理仲良くなろうとする人間、そしてじっと遠巻きに見ている人間。色々なタイプの人たちが周りを取り囲み、レイはうんざりしていた。それは学園生活も同じであり、ずっとつまらない生活を送っていた。そんな時、クラス替えでフェルスター侯爵家の嫡男シオンと同じクラスになった。
シオンは裏表なく活発な少年だった。レイも実践授業は優秀な方であったが、シオンはさらにその上の成績であった。どんな武術をさせてもいつも1番でありレイは敵わない。それでも威張る事なく、シオンはいつも明るくみんなの苦手な所を教えてあげていた。そのうちシオンはレイにも声をかけるようになり、いつもの取り巻きとは違って自分を1人の人間として見てくれるシオンに、レイは次第に心を許すようになった。
2人で一緒に昼ごはんを食べるようになり、武術の苦手な所はシオンから教えてもらった。
「レイは剣の握り方がちょっと違うんだよ。こう持って、こっちは、こう。そう!それで、落ち着いて。ゆっくり息を吐いて。集中。自分の心臓の音を聞いて、相手を見る。」
レイは授業後もよくシオンから稽古をつけてもらっていた。そんなシオンは勉強はレイより劣り、よく課題を忘れていた。レイはもう後のないシオンに自分の課題を渡して助けた事もあった。
いつも一緒にいるようになり、それはずっと続くと思われていた。あの日が来るまでは。
あの事件は多くの貴族が知る事となり、「公爵家嫡男はメイドの女に襲われたか弱い少年」から、「実は嫡男の方が誘った」だの、「傷物嫡男」など様々な噂をされるようになった。
引きこもるレイに唯一手紙が届いた。送り主はシオンであった。
「大丈夫か?」「無理はするなよ」「嫌な事いう奴は俺がボコボコにするから」「レイの強さも弱さも俺が1番知ってるから」「レイ……俺はいつもレイの味方だよ。」
返事はしなくても、何通も何通も、手紙は届いた。
レイは嬉しかった。手紙を見て何度も何度も泣いた。シオンは手紙を自分の手で公爵家へ渡しにきていた。しかし、返事をしないのにずっと訪ねて手紙を置いていく少年を不憫に思った両親が、とうとう手紙を断ってしまった。
レイはその日、目をこすりながら帰っていくシオンを窓から見ていた。
「ごめん。ごめんね。シオン。でも、僕はもう、君の隣は相応しくない。」
レイもまたシオンを思って涙を流した。
「……レイ様?」
「……あぁ。シオン、元気かな?」
「兄上なら元気ですよ!以前から婚約していた伯爵家のカレンとの結婚話も進んで、来年には結婚予定です。」
「そうか。それは良かったな。いつか、また、会えると良いんだけど。」
「いつでも会えますよ!」
にこりと笑うリオンに、レイはかつての親友に心の中で感謝した。
(シオン。あの時はありがとう。いつか、直接お礼が言えたら良いな。……そして、)
レイはリオンを熱を帯びた目で見つめた。
(そして……ごめんね。君の大事な弟、僕がもらうよ。)