突然の縁談
「お、おい!!!」
少し肌寒くなったある朝、フェルスター侯爵当主の叫び声が響いた。
何事かと夫人、そして2人の青年が声の元へとかけつけた。
そこには、朝一番に届けられた手紙を震える手で握りしめ手紙を凝視している当主がいた。
「ち、父上?何事ですか??」
侯爵家嫡男のシオンが緊張した面持ちで尋ねた。
シオンの2つ下のリオンも侯爵夫人も、その手紙に一体何が書かれているのかと心配し、当主の言葉を息を呑んで待った。
「こ、これは、どういうことだ!?リオン!!!」
突然名前を呼ばれたリオンは驚き目を見開く。
「ぼ、ぼくですか!?」
「お前だ!!お前に…、縁談が来たっ!!!」
「え、縁談!?」
「まぁっ!!!リオンの魅力が分かる人はやっぱりいるのね!」
驚くリオンやシオンとは対照的に、母親である夫人は手を合わせて目に涙を浮かべて喜んだ。
「それは、……もしかしてどこかの令嬢からですか??」
シオンがもしやと心配して当主に尋ねるが、その返答はさらに驚くものだった。
「……。いや。縁談の相手は……、クロムウェル公爵家の嫡男だ。」
……………………
リオンはフェルスター侯爵家の令嬢である。
そう、れっきとした女性である。……が、リオンは幼い頃は兄であるシオンの後ばかりをついてまわり、物心ついた頃には動きやすい男物の服を着て、野山を駆け回っていた。
女の子の遊びなどには一切興味がなく、父親が武術を得意とした事から、シオンの稽古によく混ぜてもらっていた。シオンもリオンも才能に恵まれており、次第にリオンはシオンと対等に勝負するようになった。
そんなリオンは常に男と間違われてきた。中性的な顔立ちに、肩までの銀髪を後ろで束ね、男性服を着る。名前も男女共に付けられる名であり、知らない令嬢達はリオンに恋する者もいた。大抵は後から女性と知り、騙されたと言って逆恨みされていたが。
リオンはそれでも何も困らず、両親もまた子どもには好きな事をさせてあげたいという方針から、特にリオンに対して口うるさく言わなかった。いずれ大きくなれば恋をし、女性らしくなるだろうと楽観視していた。
しかしリオンは、同級生達が婚約しようが結婚ようが、特に何も変化なく、馬を乗り回し、剣を振り回していた。
1度も男性から縁談は持ち込まれず、そしてとうとう22歳。貴族令嬢であれば18歳には婚約者と結婚し始める事も多いこの国では、22歳になっても婚約者すら居ないリオンは行き遅れの令嬢と影で呼ばれていた。
ちなみに、そう呼んでいたのは例の騙されたと逆恨みした令嬢達であるが。
そんなリオンに初めての縁談が持ち込まれた。しかも相手は公爵家であり嫡男。リオンを男と間違えている訳ではなく、女性として嫁ぎに来て欲しいと言われたのだ。
当主からそれを聞かされて、シオンも夫人も、そして当のリオンも驚きを隠せなかった。
「ク、クロムウェル家!??」
「お前!クロムウェル家とどこかで接点でもあったのか!?」
兄のシオンが隣で呆然とするリオンの肩を掴み揺さぶる。
「な、ない!」
呆然としながらも最近の自身の行動を思い返しながら、リオンは答えた。
リオンの返事を聞き、夫人は先程の喜びから一転、「あぁっ!」と顔を手で覆って嘆いた。
「そうか……。じゃあ、ただ都合よく選ばれただけ…か。……くそっ!!!」
父親である当主は手紙を握り潰して投げ捨て、兄のシオンは何で…と呆然とした。
「あそこの嫡男は、……引きこもりだ。きっと自分の息子の将来を心配して、行き遅れているお前に白羽の矢が立ったんだ。くそ!格上だからこっちが断れないと思って!!」
父親が怒りを露わにしている最中に、コロコロと自分の足元に転がってきた握り潰された手紙を、リオンは拾って広げ、読み始めた。
「クロムウェル公爵家は、嫡男レイと、フェルスター侯爵令嬢リオンとの縁談を望む。まずは2人の仲が深まるよう、リオン嬢には我がクロムウェル家別邸にて、息子と過ごしてもらいたい。善は急げである。この手紙が届いたであろう当日中には、リオン嬢を迎えに行かせてもらおう……!?えっ?今日!?……ん?…………なお、リオン嬢はそのまま男装で過ごしてもらって構わない……?住む所は変わるが、今まで通り好きなことをして欲しい……!!!?」
「リオン!大丈夫だ!何と言われようと私が断って」
「僕!この縁談、受けます!!!」
リオンは目を輝かせながら顔を上げ宣言した。
「お、お前、まさか最後の文章で?」
「うん!だってこのままで良いんだよ!?このままで結婚できるんなら、今までみたいに行き遅れとか言われなくてすむし、僕は自分の好きな事ができる!一石二鳥だよ!」
「……………………。」
(行き遅れって言われてたの、気にしてたんだな。)
全員がリオンを可哀想な目で見つめたが、リオンは早く準備しなくっちゃ!と自分の部屋へと駆け戻って行った。
「……はぁ。……おい、シオン。確かクロムウェル家の嫡男とお前は同級生だったな。どういうやつだ?」
残された当主はウキウキと出て行ったリオンの後ろ姿を見送って、シオンにため息混じりに尋ねる。
シオンは学園に通っていた頃を思い出しながら答えた。
「レイ・クロムウェル。彼は……。とても優秀でした。僕たち同級生の中で1番成績が良かった。顔立ちも整っていて、性格も良かった。……あの事件で引きこもるまでは。もし、あんな事が無ければ、きっとたくさんの令嬢から縁談が持ち込まれていたでしょうね……。」
「………………。そう、か。彼は被害者だ。引きこもってしまう理由もよく分かる。……はぁ。まぁ、ある意味彼とリオン。ちょうど良いのかもな。」
「……そうね。むしろ、リオンをあのままでも良いって受け入れてくれるのなら、こちらにとっても悪くない話だわ。」
次第に冷静さを取り戻した夫妻は気持ちを切り替え、娘が気持ちよく嫁げるように急いで持たせる物を準備し始めた。
「レイ……。」
(「シオン!こっち!一緒にご飯食べよ!」「えっ?まーたあの課題忘れたの?もう後がないんでしょ?僕のを代わりに出しなよ!僕は一回くらい忘れても何ともないよ!僕、優秀だからねっ!」「さすがシオン!また剣術でシオンに負けちゃった。実践だけはシオンに敵わないんだよなぁ。ね!僕に教えてよ!」「シオン!また明日!」)
かつての親友との思い出と、そして最後に見た笑った笑顔が蘇り、あの笑顔がまた戻るように……とシオンは願った。