4話 勇気の過去2
専門学校へ進学した春、嫌な事を忘れたいから両親に前借りをしてロードバイクを購入し通学に使う事にした。ロングライドを始めたのもこの頃だ。休日になればロングライド、自転車で遠くまで走っていると嫌な事が全て吹き飛ぶ。目的地までひたすら走る事しか考えてないから。
「おはようございます」
講師の一声で今日も一日が始まる。黙々と抗議を受け、家に帰ってはの繰り返し。年末には学校主催のお菓子コンテストが開催され、俺はそれに向けて日々精進していた。
コンテストに出すデザインを考える為、スケッチブックに目をやると。
「わぁーデザインいっぱいだねぇー」
いつの間に俺のスケッチブックを覗き込む女子が...爽やかな笑顔が眩しい。
「ビックリさせちゃった? ごめんね..私、田所葵よろしくね」
そう言って俺も名を名乗り、葵とコンテストに向けての話で盛り上がる。
「ねぇ、勇気君の作ったの食べてみたいなぁ私の研究の為に協力してよ」
いきなり何を言い出すんだ? と思いつつ、葵はお互いの勉強にもなるからと。でもコンテストが始まれば敵なのに。
葵の押しに負け、俺は自分の家に葵を招待する事にした。材料調達がある事もあっての行動。しかも、連絡先まで交換してしまった。
「勇気は何を作るの? 私はねーワッフルを作ろうかなと」
敵になるのに、堂々とばらしちゃいますか? まぁ向こうも言ったわけだし、自分も公平な立場で葵に作る物を言う。俺はケーキを作る予定だ。
そんなこんなでコンテストまで後三ヶ月、別に付き合っているわけではないが、葵と一緒にいる時間が多くなっていた。
高校以来女子と全く話さなかったが、今になって葵への想いがひしひしと強くなる。もしかして葵に? 疑心が確信に変わろうとしている。
葵に対する告白を込めたケーキを作ろう、そう決心してコンテストに向けて着々と制作が進む。
「よし」
コンテスト当日、苺味の生クリームでコーティングしたケーキを作成。結果はどうであれ、告白をテーマにしたケーキの完成だ。葵とは別の会場だからその日は会う事はなかったが、朝から連絡がないのがちょっと引っ掛かる。
コンテストが終了し、俺のスマホに一通の着信が相手は葵。
「もしもし...」
「木幡君ですか? 葵の母です」
葵のスマホを通して、葵の母親から俺宛に...嫌な予感が走った。
「葵と仲良くしてくれてありがとうね。実は葵が出会い頭で車に跳ねられたの...それでお医者様も手を尽くしたんだけど...たった今亡くなったの」
耳を疑った。昨日まで一緒に居たのに...こんな時に神様は残酷な事をするんだなぁ。全身の震え止まらなくなる。
病院へ駆けつけると、横たわって顔を白い布で覆われた葵の姿があった。
「このコンテスト終わったら、お前に想いを伝えるはずだったのに何で...」
ふと、脳裏に葵と過ごした日々が頭を過る。同時に涙が溢れだす。
病院を後にして、気を紛らわそうと近くのカフェに立ち寄る事に。そう、俺が就職するきっかけとなったラコントルだ。
「いらっしゃませ」
「ブレンド下さい」
コーヒーがテーブルに置かれ、一口啜る。葵との思い出を振り返る度に涙が止まらない。手を伸ばそうと思えば届かない、こんな事ならもう恋なんてしない。これをきっかけに俺から恋愛感情が消え失せた。
「どうしたんだい? 良かったら話してみなさい」
見かねたマスターがたまらずに声を掛ける。俺は全てを話し、マスターにケーキを差し出す。
黙って俺のケーキを食べたマスター、何も言わずに微笑んで俺の肩に手を乗せた。
「君、良かったらここで働くかい?」
「えっ?」
「マスター戻りましたーあら? お客さん?」
買い出しから一人の従業員が戻ってきた。そう、凪先輩だ。
「凪君、彼を雇おうと思うんだが」
俺の作ったケーキを見て凪先輩が一口パクリと口に運ぶ。
「これ、君が作ったの? 凄く美味しいよ。マスター彼にこのお店でケーキを作って貰うのどうですか?」
「話しは早いな、君が良ければどうだい?」
専門学校も後一年、就活する期間でもあったし、手間が省けた。それに何かこうマスターに話をしたらスッキリした気分だ。
「木幡勇気です。ご迷惑でなければお世話になります」
「じゃあ、学校卒業するまでは修行の身て事で明日からよろしく」
最初はアルバイト扱いだが学校卒業後、俺は正式にラコントルの従業員となった。