1話 出会いは桜並木の中
彼女居ない歴=年齢。
硬派に生きてきた俺は未だに彼女なし。学生時代、文化祭の後夜祭で手を繋いで女子と手を繋いで踊るのは、何て言うか恥ずかしくて俺のプライドが許さなかった。好きな子が出来ても、結局アピール出来ずに終わってたなぁ...好きな子と話とか出来ても、結局は異性として見て貰えないし、結局は友達止まり。そして、その子は違う男とくっついてしまうから。こんな苦しい思いをするなら、もう恋愛感情なんて捨ててしまえ! と今日まで生きて早二十年。
俺の名は木幡勇気、製菓専門学校を出てちょっとしたカフェの店員をやってる二十歳の社会人。趣味はネトゲと時間があればロードバイクでロングライドくらい。見た目はまぁそこらにいる、普通の男子だ。
「おーい、木幡くーん」
一人の女性が俺を呼ぶ、この女性の名前は初瀬川凪、俺の三つ上の先輩だ。因みに彼氏は居ないらしい。
「はい? 何ですか?」
「ウエハース切らしちゃったから、買って来てくれる?」
「わかりました」
二つ返事でお金を受け取り、買い出しに行く俺。凪先輩は明るい性格で面倒見の良い先輩なんだけど、結構男受けが良いのに何で彼氏居ないんだろうな? と、疑問に思う。恋愛感情を捨てた俺には関係のない事だが。
「買い出し完了と、後は店主に連絡を入れて終わりだな」
マスターにこれから戻ると連絡を入れて、ちょっとブレイクタイムして行こうと思い、近くのコンビニで煙草に火を付ける。柄にもないな...煙草なんて吸うつもりなかったのに。コンビニで買ったイチゴオレを口に含む。如何せん俺は甘党だから、酒も飲めない。煙草を吸い終わり、飲み干したイチゴオレの容器を捨てて店に戻ろうと歩み始めた。
しかし、今日は何だか風が騒がしいと言うか、咲いたばかりの桜が今にも散ってしまいそうなくらいだ。店に戻る近道として桜並木を通るのだが、今日に限って何でこうカップルばかりなんだ! 何かの罰ゲームか? 畜生め! リア充爆発しろ! と叫びたい。
「退いて! 退いて!」
何だ? 後ろから騒がしい声がする。俺に言ってるわけじゃないだろうと思い、無視して桜並木を歩き出す。
「退きなさいよ!」
ガシャーン!
「イテテッ」
勢い良く、自転車に乗った少女が俺に命中! クリティカルヒット。堪らずに痛みで倒れてしまう。当然、当事者の少女も結果は言うまでもない。
「イッ、イタタ」
その少女は、さらりと長い髪をした俺より少し小柄な少女。瞳が大きく、まぁ見た目は絶対彼氏いそうな感じの風貌だ。それよりも、痛いのはこっちだ! 全く...。
「ちょっと! 退いてって言ったよね?」
「何を言ってるんだお前は! 自転車は車と一緒だぞ! 歩行者に気を付けるのはそっちじゃないのか?」
いきなり喧嘩腰で来られたら、俺も黙ってはいない。とにかく正論を少女にぶつける。最初は折れなかったが、一歩間違えば裁判沙汰や、損害賠償請求すると言ったらすんなり折れた。
「ご、ごめんなさい...怪我はない?」
「そっちこそ、大丈夫か?」
急に態度がコロッと変わり、さっきまでの勢いはどこへやら...。彼女に手を差し伸べ、状態を起こしてやった。その時、握った手は温かくとても優しい温もりを感じた。
「じゃ、次から気を付けてくれよ」
「待ちなさいよ!」
まだ何かあるのか? 服の袖を鷲掴みにし、ガッチリと放さないでいる。もうこいつとは関わりたくないのに、早く店に戻らないと怒られる。
「私、ここに行きたいんだけど」
一枚の紙切れを見せられ、手書きで書いた地図だ。目的地には印がご丁寧にしてある。
「ふむふむ、カフェ『ランコントル』て、俺が働いてる店じゃん」
カフェランコントル。ランコントルはフランス語で出会いと言う意味。マスターがこの店で素敵なお客様に出会いたい、と言う願いを込めてお店の名前にしたらしい。
「ちょうどそこへ行く所だったから、ついてきなよ案内するから」
「う、うん...ありがとう」
急に騒がしいかと思えば、今度はやけに静かになったな...建前上ぶつけられた場所は大丈夫だとは言ったが、やっぱり痛い...とりあえず冷静を装い彼女を店まで連れていく。
「マスター、戻りました」
「おおー勇気君、ご苦労様、それでそちらの可愛らしいお嬢さんは?」
優しい顔立ちの店主さん正直な話、就活中に俺を拾ってくれた優しいマスター。俺はこの人に恩があるから、ここで骨を埋めるつもりだ。
「お客さんですよ、マスター」
「なぁーんだ、木幡君に彼女が出来たのかと思ったじゃん」
堪らずに凪先輩が茶化すが、そこは何故か案内した彼女までもが断固拒否! と口を揃えて言う。何でだろう? 初めて会った子なのにシンクロしてしまった。
「んじゃ、早速注文を聞こうかな?」
マスターの一言で、直ぐに仕事モードに入った。専門学校で学んだ技術を活かして、この店のメニューチーズケーキとミルクレープ、後はワッフルやパンケーキを作って提供しているのが俺の仕事だ。凪先輩は軽食とホール担当をしていて、当然コーヒーはマスターが淹れてくれる。
「じゃあ...チーズケーキとブレンド貰うわ」
「かしこまりました」
しばらくケーキを見つめ、そっと口に運ぶ彼女。何も言わずに黙々とケーキを口に含んでは、コーヒーに口をつける。
「美味しい...」
そう言って彼女は暫く黙り、程なくして彼女の瞳から大粒の涙が流れていた。
「どうしたの急に!?」
「よかったら何があったのか話してくれないかな?」
「働いてたバイト先のお店が閉業しちゃって...アパートの家賃払えなくなったの...今月中にアパートを出ないといけなくなったの」
どうやら泣いている理由はそれらしい。それで路頭に迷いスマホでこの店のクチコミを見ていたらしく、心身共に疲れた人がマスターのコーヒーを飲んだら、心が晴れたとか、そんなクチコミばかりだ。
「なるほど..じゃあ、ここで働くかい?」
「えっ? いいの?」
「これも何かの縁かな? ウチもホール担当が不足してたから、君さえ良ければ明日から来てくれるかな?」
「あ、ありがとうございます! 私、陽向捺芽と言います。十九歳です、よろしくお願いします!」
これが、俺と捺芽との出会いだった。