第5走 指導
週末の土日休みが過ぎた月曜日の朝。俺と佐倉さんは一緒にランニングをすることになった。
「それじゃあよろしくお願いします! 杉下先生ッ!」
「……先生は恥ずかしいからやめて」
土曜日に一緒に買いにいった白色のランニングウェアとピンクのランニングシューズ。この見覚えのある新品のコーディネートによるものなのかは分からないが、いかにもやってやるぞといった感じで彼女はやる気に満ち溢れていた。大抵の場合、この状態の人はオーバーワークをしてしまう危険があるので、タイムとかは気にせずこの公園を1周走りきることだけを目標にした。
準備運動をしっかり行い、さっそくランニングコースにひかれている白線のスタートラインから走り始めた。はじめのうちはまだ体も慣れていないだろうから早歩きくらいのペースで調整する。
「最初はこのくらいで行くけど、大丈夫そう?」
「うん!全然大丈夫だよ!」
この様子なら特に問題はないだろう。とりあえずこの速度を維持し、徐々にペースを上げて走ってみることにした。
「……はぁはぁはぁ」
横で並走する佐倉さんの息が上がり始めた。徐々にスピードをあげていき、今は時速10キロくらいにはなっただろうか?
(あと少しで折り返し地点か)
初心者が1.5キロも走ったら当然息は上がるしフォームもぐちゃぐちゃになる。ただ少し意外だったのが、そんな状態でも佐倉さんはフォームを乱すことなく走れているということだ。腕もしっかり振っているし、なにより体の軸もほとんどブレずに走れている。勝手なイメージで運動音痴な子だと認識していたが、案外そうでもないのかもしれない。それに呼吸のリズムも一定に保たれていて、すごく安定している。
ランニングで重要なことを何も教えずこれだけできてるってことは、おそらくランニング方法について事前に勉強でもしてきたのだろう。まぁなんにせよ教える手間が省けたのは助かった。
「これであと半分だけど、ペースは大丈夫そう?」
「う、うん。まだ平気……じゃないかも! もう無理ぃぃぃぃぃぃ」
「え?そ、そうか……」
……どうやら俺の思い違いだったようだ。
たが、我慢せず、自分の限界が来る前にヤバいと判断できるようになっているのは上出来だ。自分が頑張れるラインと無理なラインの境界をしっかり把握する。ランニングのみならずすべてのことに対して言える最も重要なこと佐倉さんも前回の失敗で気づいたのだろう。
こんなに分かりやすく人が成長しているのを見ると、なんか嬉しいっていうか感動というか、何とも形容しにくい気持ちになった。
「うん、了解。じゃあちょっと休憩しようか」
「うぅ、ありがとう」
水分補給もかねて少し休憩した後、俺たちは残り半分となった復路に沿って再び走り始めた。
「お、おわったぁあああああ…………やっとゴールだぁああああ!!」
そういって佐倉さんは近くの芝生に倒れこみ、猫のように寝っ転がり始めた。その様子を見るに相当疲れているに違いない。ただ、かくいう俺も今日はいつもの倍以上の達成感と疲労感があった。誰かと一緒に走るのは初めてだったからか、常に緊張して無駄な体力を使っていたのかもしれない。
「お疲れ様。水分補給も忘れずにね。はいこれ」
「わぁー!ありがとう!ちょうど欲しいなぁって思ったところだったんだ!」
そういうと佐倉さんは手渡したスポーツドリンクをガブガブと飲み始め、あっという間に飲み干してしまった。その姿はもはや仕事終わりにビールを一気飲みするサラリーマンのようだったので、俺はおもわず噴き出して笑ってしまった。
「えぇ?なんで笑ってるの?」
「フフッ。い、いや、なんでもない。それよりさ、今日はやっぱりしんどかった?」
「いやぁ~もうへとへとだよぉ。今すぐシャワー浴びて、そのあとベットにドーンってダイブしてそのまま眠っちゃいたいよ……」
「この後学校あるから寝たらまずくない?」
「うぇ!?そうだった!うぅ、もう今日は動けないよぉ~」
流石に使い果たすほど走らせちゃまずかったかな。佐倉さんにとっては慣れてない分、早朝から走るのにかなりエネルギーを使わせてしまったか。
「そっか。授業とかに支障があるとアレだし、次からは夕方とかに走ってみたら?」
「う~ん。でもね、朝に走るっていうのがいいんだよね。なんかこう、朝日が昇ってちょっとずつみんなが動き始める、今日も頑張るぞぉ~みたいな爽やかな空気感で走るのが気持ちいいっていうか……って、アハハ、私変なこと言ってるかな?」
そんなことはない。思い返すと自分も似たような理由で早朝ランニングを始めたから、この意見にはすごく共感することが出来た。
「そ、れ、に! 朝じゃないと杉下君が教えてくれないでしょ?」
「え? まぁ、俺は朝しか走らないし……」
「じゃあ朝に走らないとだね!」
じゃあとなる意味はよくわからないが……なんにせよ、また一緒に走ることになったのはちょっと嬉しかった。
ちょっとした雑談に夢中になっているなか、ふと時計台を見ると時刻はちょうど7時を指し示していた。
「あっ、やべ。もうこんな時間だ。学校の準備とかあるし、そろそろ帰ろう」
「あぁ、うん。そうだね。……それじゃあ、また後で学校でね!バイバーイ」
そういって元気よく帰路についた佐倉さんの後姿を見送ったあと、自分も帰り支度をすませ、自宅へと戻った。
※投稿遅くなってすみません。
続きが出来次第すぐに投稿します!!!