第4走 購入
どこかフワフワした気分で平日を過ごしていると、アッという間に約束の土曜日がきてしまった。そして今、集合時間30分前に俺はスマホ片手にじっとベンチに座って待機している。
今更だが俺の服装は大丈夫だろうか。スポーツショップに行くだけだからと、いつものランニングウェアを着てきてしまったが……流石にもうちょっと服装は考えるべきだったか?一人で悶々と今日のことについて思考を巡らせる。
「あっ、おはよー杉下君!」
目線を上げると佐倉さんが手を大きく振りながらこっちに来ているのが確認できた。
白色のシャツの上にピンク色のカーディガン、下は少し長めのブラウンのスカート。春にぴったりのピンク色に統一された可愛らしいファッションだった。
(……やっぱ俺もオシャレしてくるんだったな)
「おーい……杉下君?」
「あっ!? ご、ごめん。おはよう!」
「う、うん。おはよう。フフッ、朝から元気そうだね」
いかん。完全にぼーっとしてた。……今ちゃんと挨拶できただろうか?
「それじゃあさっそく行こっか!」
「……あー、うん」
どうやら大丈夫そうで良かった。ほっと一息ついた後、俺たちは店内に進んだ。
♦
「わー!! 初めて来たけどここやっぱり大きいね!」
今日来たのはスポーツショップ店『ゼブラ』。この地域では一番大きいスポーツショップで、スポーツ用品を買うとなったらまずここが第1候補になる。俺もこの店はひいきにしていて、去年から使ってるランニングウェアやシューズは全部この店で買ったものだ。
「来たことないんだ……って、編入してきたんだから当然か」
「あはは、うん。ここに引っ越して来たのもホントつい最近だし・・・・・・だからこの街のこと全然知らないんだ」
「ふーん。まぁでもここなんもないから別に知らなくてもいいんじゃない?」
「ええー、そんなことないよ!? たとえばほら……あっ、近くに海があるし!」
「あー、海ね」
海を一番最初に褒めるあたり、この街があまり賑わってないことが分かる。実際この街は海・山・温泉・神社・寺とかは充実しているが、ゲーセンや映画館といった高校生が求める施設はほぼない。まぁ俺にとってはすごく良い街なんだが、おそらく佐倉さんにとってはつまんない環境だろう。
「あっ、そういえば! 海で思い出したけど、杉下君っていつもあの公園でランニングしてるの?」
「うん。ほぼ毎朝走ってる」
「へぇーそうなんだ! すごいね! 部活の自主練とか?」
「いや、単純に日課ってだけ。そもそも俺部活入ってないし」
「えぇ、そうなの!? 部活に入ってないのに早朝ランニングとは……ずいぶん渋い趣味してますねぇ」
しばらく会話をして心を許してくれたのか、ニヤニヤと俺をからかってきた。これが男友達ならブチぎれながらじゃれつく場面なんだろうが、佐倉さんの場合、どうも嬉しさと可愛さが上回っているせいでどう反応したらいいか困った。
「そういう佐倉さんもランニング……あっ、違うか。なんか海辺でへばってただけか」
「あー!? 今私のことバカにしたでしょ!?ひどいなぁ」
お返しにちょっとからかうと、ハムスターみたいにほほを膨らませてプイッとそっぽを向いてしまった。
今日ずっと一緒にいてなんとなく思ったが、意外と佐倉さんは感情の変化が大きいタイプなのかもしれない。学校ではいつも笑顔でいるから穏やかな性格なのかなと勝手に決めつけていたが、どうやら間違いだったようだ。
「ごめんごめん。佐倉さんも一応ランニングしてたんだよね」
「一応じゃないよ!!!」
しまった。なだめようとしたらなぜか無意識に煽ってしまった。本気では怒ってない……はずだが、なんかちょっとやっちまった感があって気まずい。
なにか話題を変えようとあたりを見渡すと、色とりどりのランニングシューズが目に入った。会話に夢中で全然気づかなかったが、どうやら店内を歩いているうちにランニング用のコーナーに到着していたようだ。今回の目的はランニングシューズを買うことだし、いろいろ探してみるか……
「あっ、あのシューズ!」
一目見た瞬間、これだと確信した。
黒と紺色が適度に入り混じったスタイリッシュなデザインで、癖がなくまとまりのあるシルエット。まさに俺が頭に思い描いていた理想のシューズそのものだった。
「おっ、杉下君そのシューズ気に入ったの?」
「うん。なんかこれいいかも」
さっそく靴を履いて履き心地を確かめる。……うん、サイズもぴったりで合格点だ。軽くジャンプしたり回ってみたりもしたが、全然違和感がない。まさに俺にぴったりのシューズだと確信した。
「ふふっ、杉下君すっごくうれしそうだね」
「え?そう見える?」
「うん。今日一番の笑顔……っていうか初めて見たよ。杉下君の笑顔」
たかがランニングシューズで嬉しそうしてしまったのか俺は。人からそんなことを指摘される正直照れくさい。
(いや。っていうか俺今までずっと笑ってなかったのか?)
さっきまでの会話は実際楽しかったし、ある程度笑っていたと思っていたんだが……そういえばここ最近ちゃんと笑った記憶がないし、いつの間にか表情筋が死んでいたのかもしれない。
「そんなに気に入ったんだ」
「……ああ、うん。今まで使ってたシューズの何倍もいいよ。見た目も性能も」
「へぇ、そうなんだ! じゃあ私も色違いで同じにしちゃおっかな……マネしちゃってもいい?」
「ん?別にいいよ。普通にこれいいシューズだと思うし」
「やった! ありがとう! じゃあ私はピンクのにしよーっと♪」
……今気づいたが、これっていわゆるお揃いってやつになるんじゃないか? まあでも一緒に走るわけじゃないし問題いないか。
「履き心地はどう?」
「うん、軽くて履き心地もすっごくいいよ! これならランニングもバッチリできそうだよ」
「まぁでもしばらくは運動できる友達と一緒にランニングしたがいいよ」
「そんな、一人でもできるよ!? ……って言いたいところだけど、やっぱり一人で走るのはちょっと億劫なんだよね。あーぁ、誰か親切に走ってくれる紳士な人はいないかなぁ? できればランニングのコツとか教えてくれる優しい人が良いんだけどなぁ?」
チラチラっと俺の方を見ながら、わざとらしくなにかを訴えてくる。
正直この誘いを受けるかどうか悩む。現に今、俺の心は一緒に走ってみたいという気持ちと一人孤独に走るべきだという気持ちが混在している。ただ、この誘いを断ったらもう佐倉さんと話をする機会もなくなってしまうのだとすると、それは結構嫌だなって気もした。
「まぁ、慣れるまでは別にいいよ」
「ッ!? えへへ、ありがとう! それじゃあ来週からよろしくね、杉下君……いや、杉下先生♪」
こうして俺たちの早朝ランニング生活がスタートすることになった。
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