第3走 約束
「ねえねえ佐倉さん。お昼私たちと一緒に食べない?」
「うん。いいよ。一緒に食べよう」
「やった。それじゃあ一緒にラウンジに行こ!」
3限の授業が終わった後の昼休み。編入生の佐倉さんはクラスの女子たちに大人気で、今も昼食に誘われていた。まぁ、彼女ほどの可愛らしい容姿と優しい雰囲気があれば人気になるのも当然だ。昼休みはもちろんのこと、授業の間にある10分の休憩時間でさえも佐倉さんはずっと誰かに話しかけられている。
人気なのは別に結構だが、ちょっと心配なのが彼女の体調だ。
前に俺もランニング中にやってしまったことがあるから分かるが、ゲロってしまうとその日の体力が一気に無くなる。それはもう人と会話する気力もなくなるほどに。
それなのに佐倉さんは笑顔を絶やさず丁寧に対応していた。
(ずっと話し続けるのは体力的に相当しんどいはずなのによくあんなに対応出来るな……まあ、俺が気にすることじゃないか)
彼女のことを考えるのをやめ、俺も昼食という名のボッチ飯をすべく自分のバックから弁当を取りだす。
―ーヒラッ
「ん? なんだこれ?」
弁当と一緒に出てきた2つ折りされた桜色の小さな紙。当然俺がこんなものを自分で入れた覚えはない。……いったい誰が入れたんだろう?
小さな紙をゆっくりと広げて確認する。すると中にはこんなことが書かれていた。
『放課後時間ありますか? もし大丈夫そうならあの公園に来てください。返事は私の机の中に入れてください』
(……これはアレだな。間違いなく佐倉さんからの手紙だ)
ラブレターのような内容だと一瞬思ったが、実際はそんな甘いものじゃないのは分かっている。きっとランニングシューズの弁償だのなんだのでいろいろ話し合いたいことがあるんだろう。
手紙を見ると集合場所は書いてあるが時間は指定されていない。返事をしてって書いてあるから俺が決めてしまってもいいのだろうか?
(っていうか連絡先を交換してるんだからスマホで連絡すればいいの……)
少々めんどくさいが、弁当を食う前に俺も返事を書くことにした。
『分かった。集合時間は19時でもいいか?』
愛想のない返事が書かれたルーズリーフを4つ折りにし、他の連中にばれないよう素早く彼女の机の中に入れた。
「ふぅ……やっと飯が食える』
残りの時間、俺は一人ボッチ飯を満喫した。
弁当を食べ終え、音楽を聴きながらうたた寝をしているときだった。
―ーガラガラガラッッ
「それでね、立花先生いっつも怒るんだよ。ひどいと思わない?」
「た、確かにそれはちょっとあんまりだね……」
「でしょでしょ!」
佐倉さんを含む5、6人の女子の集団が教室に戻ってきた。普段なら教室でも無駄話を続けるんだろうが……今日は昼休み終了3分前だったこともあり、みんな自分の席へとチリヂリに散っていった。
(いつもこんなだとありがたいんだがな)
ふと嫌味を唱えもう一度うたた寝でもしようとした時……
「ね、ねぇ、杉下君」
ふいに彼女に声をかけられる。
「ん? どうしたの?」
「えっーと、あの、その……手紙読んでくれた?」
その質問をする意味があるのかと一瞬思ったが、その考えはすぐに捨て回答する。
「ああ。返事もちゃんと書いて机の中に入れといた」
「ほんと! よかった! さっそく読んでみるね」
(そんなことしなくても直接聞けばいいのに。……もしかして彼女は天然な子なのか?)
まぁ今までの行動をみると、天然っていうより抜けてるって感じではあるが。
ーートントンッ
「はい、これ」
佐倉さんは俺の肩をたたき、一枚の紙を渡してきた。
(……まさかとは思うが、その手紙『いいよ』とか『その時間は無理』とか書かれてないよな? クラスでは言いにくいことなんだよな?)
恐る恐る確認する。
『OK』
(いや、それぐらい自分の口で言え!!!)
心の中でそうツッコミを入れた。
午後の授業と課外授業を終え、俺は急いで集合場所であるこひなたスポーツ運動公園へと足を運んだ。
(あっ……そういえば、公園のどこに集合するかは決めてなかったな)
具体的な場所を指定しなかったのは失敗だった。この公園はとにかく広い。複数のランニングコースに加え10面以上ある広大なテニスコート、水泳施設、総合体育館、子供用の遊び場など多種多様な施設がこれでもかというほどある。
これじゃあまず間違いなく合流できない。さて、どうしたものか……
ーーピコン
スマホの通知音。急いで中を確認する。
『テニスコートの近くで待ってます』
(……そういえばスマホで連絡すればよかった。なんで気づかなかったんだろう?)
佐倉さんをちょっと抜けてる子だと勝手に思い込んでいたが、これじゃあ俺の方がよっぽど間抜けだ。ちょっとした恥ずかしさを抱えながら俺は急いでテニスコートへと向かった。
「あっ、杉下君。こっちだよー」
テニスコートの近くで大きく手を振りながらぴょんぴょん跳ねてる佐倉さんが見えた。
「待たせてごめん」
「ううん。大丈夫。むしろこっちこそ急に呼び出しちゃってごめんね」
典型的なやり取りが終わった後、二人して黙り込んでしまった。こういう時は一体どっちから話しかければいいんだろうか……コミュニケーションスキルがないのが非常に悔やまれる。
一人でウジウジ悩んでいると、自然と彼女の方から話を切り出してきた。
「いやぁ……それにしてもビックリしちゃったな。まさか同じ学校のクラスメイトだったなんて」
それについては俺も同意だ。朝であった女の子が実は転校生だったなんて、確率的に言えば宝くじで一等が当たるより低いはずだ。
「あ、あのね。今朝のことなんだけど……本当にごめんね。杉下君にすっごく迷惑かけちゃった上にランニングシューズも汚しちゃって。……あのこれ、受け取って」
茶色の封筒を手渡される。封筒の中を確認すると、そこには3万円が入っていた。
「これで足りるかな?」
「うん……っていうかむしろ多すぎ。余ったお金は後で返すよ」
「い、いいよ。残りは私を助けてくれたお礼ってことで受けとって」
「いや、流石にそういうわけにはいかないよ。感謝されるならまだしも余分なお金を受け取る気はないし」
「で、でも……」
お互い意固地になってしまい話が全く進展しない。彼女は頑なに金を渡そうとしてきたが俺も折れるつもりはなかったのでしばらくの間拒否し続けた。
「……わ、分かった。それじゃあ新しいランニングシューズを2人で買いに行ってお金は私が払う。これならいいんじゃないかな?」
結局話し合いはこじれにこじれ、なぜか一緒に買いに行く流れになってしまった。確かにこの案なら余分なお金を受け取らずに済むから俺はいいんだが……
「わざわざランニングシューズを買うために出かけるなんてめんどくさくないか?」
「ううん、そんなことないよ! 私もちょうど自分用のスポーツウェア買っちゃおっかなぁーって思ってたところだし!」
「そ、そう。ならいいんだけど……」
「うん!」
その後、ちょっとした雑談を挟んでそろそろ解散する流れになった。
「それじゃあ今週の土曜日午後1時に駅前のスポーツショップ集合ってことでよろしくね。……また明日ね。バイバイ」
「ああ、また明日」
トコトコと歩く彼女の後姿が見えなくなった後、ふと今日のことを振り返る。朝に出会った女の子が実は編入生で、週末には一緒に買い物に出かけることになった。
(これってなんか……いや、勘違いすんな!)
恥ずかしい妄想を振り払うべく、俺は自転車を爆走させすぐに帰宅した。
この作品に少しでも興味を持っていただけたら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、自由に評価してください。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
もしよければ感想もぜひお聞かせください!
何卒よろしくお願いいたします。