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第1走 始動

 ピーピピピーピーピピピー


「ッんん…………もう朝か」


 春の訪れを感じる4月の朝。スマホのアラームを手探りで止め、目をこすりながらベットから降りそのまま洗面台に向かう。今の時期は冷たすぎないちょうどいい温度の水が程よく眠気を覚ましてくれる。


「……ふぅ。まぁ、今日も行くか」


 洗顔してもまだ腑抜けた顔をしている自分に呆れたが、俺は急いで黒色のランニングウェアに着替え出かける準備をする。

 

 これから行くのは「こひなたスポーツ運動公園」。俺が高校生になってから唯一習慣としてやっている早朝ランニングをする為の場所だ。とある理由で始めた早朝ランニングだが今日でちょうど1年が経つ。そんなどうでもいい1周年記念ではあるが今日の俺は少しだけ浮かれていた。なぜならこの日を祝うべくランニングシューズを新調したからだ。黒を基調とした薄水色の企業のロゴが入ったシンプルながらクールなデザイン。これを履いて走れることの喜びは俺以外誰にもわかるまい。


 準備を済ませ、意気揚々と自転車に乗っていつものランニングコースに向かう。






「よしっ、到着っと」


 ここにある外周約3㎞のランニングコースが俺がいつも走っているお気に入りのコースだ。この公園の近くにはきれいな海があり走りながら眺めることも出来る。この海のおかげで毎朝3㎞走れるといっても過言じゃない。


 駐輪場に自転車を止め、さっそくランニングコースに向かう。


(あっ、今日はちょうどスタートラインであの人に出くわしそうだな)

 

「はぁ、はぁ……あっ、おはようございまーす!」


 俺と会うたびいつも手を振りながら元気に挨拶してくれるお姉さん。髪型はザ・陽キャって感じの金髪のポニーテールだが、それとは対称的に美人系のキリッとした見た目をしている。


 このお姉さんとは週に1回くらい遭遇する、いわゆる顔見知りの関係だ。たがこの人と仲良く並走したり会話をするようなことはない。廊下ですれ違った時に先生にする事務的な挨拶しかしない。


 それでもこの挨拶は俺にとってどこか特別なものだった。なんていうか、今日1日の始まりを実感するチャイムのようなものかもしれない。


「……おざまーす」


 そんなお姉さんの挨拶に対し、俺はいつもだるそうに返事をしてしまう。ホントはもっとハキハキと返事をした方がいいのかもしれないが、眠気とこっぱずかしさが合わさりついテキトーな返事になってしまう。


(マジですみません)


 心の中でそう謝罪する。


「……さて、めんどいけど俺も走るか。まずは準備運動っと」


 早朝ランニング前の準備運動は大切だ。寝起きの状態でいきなり走り出してしまったらケガをするリスクが高い。なのでまずは準備運動で筋肉に流れる血流を増加させ体温を上げる。そうすることで筋肉が柔軟になり思い通りに動かせるようになる。


 屈伸、伸脚、前後回旋、腓腹筋のストレッチ……これらのメニューをいつも通りこなす。





 


 準備運動が終え、いよいよランニングをスタートする。


 まずは体を慣らすためにゆったりしたペースで走る。本当は最初から全力疾走したいところではあるが、これをやるとすぐにバテてしまう。バテるだけならまだいいが、最悪の場合吐き気がでてくる。実際俺も始めたばかりのころはペース配分が分からず全力疾走して吐きそうになった。その経験のせいか今ではビニール袋をポケットに常備する羽目になっている。

 

 そんなわけでゆったり走ってはいるが正直この時間は退屈だ。なのでこの時間は周りの景色を眺めて楽しむことにしている。このランニングコースのスタートはテニスコートの近くでそこからちょっと走ると並木道が見えてくる。ちょうどこの季節は桜が満開で、キレイな桜のピンク色に染まった特別な道を堪能することが出来る。

 

 こうした季節の移り変わりを楽しめるのもランニングの魅力なんだろう。






 そろそろ中間地点。息もだいぶ上がってツラくなってくるころだ。ここではいつも走るのをやめたくなる気持ちが生まれてくる。


(ここで止まってしまえば楽に……っていうかなんで俺こんなに走ってるんだっけ?)


 こんな邪念が次々と出てくる。たがどんなにつらくても走ることをやめたくはない。なぜなら途中で走るのをやめるのはなんかカッコ悪いから。この考えは俺の負けず嫌いの性格からくるものだろう。


 そんな葛藤を走りながら頭の中で繰り返す。


 だが、そんなものはこの後すべて消える。



--- ザバ―――ン



 視線の先に映る青く美しい海。一定の間隔で堤防に押し寄せるくる波の音がとても心地良い。それはもうさっきまでへばっていたのを忘れるほどに。そして反対側にはピンク色に輝くソメイヨシノの桜並木。


 この季節にしか見れない青とピンクのコントラストは国宝級の景色だ。


(にしても今日の海はかなりキレイだな。天気が良いからか? それとも桜とセットで見れてるからか? ……まあいいか。今日は珍しくいい日になりそうだな)



 



 

 気分よくしばらく走っていると、少し先で堤防を背にして座り込んでいる人が見えた。遠目で見た感じピンク色のパーカーを着た小柄な女性だ。


(……まぁ、ランニングコースだと膝ついて休んでいる人もいるしほっとけばいいか)


 徐々にその人との距離が近づく。ふと横目で確認するとその人は俺と同じ年くらいの女の子だった。


(珍しいな。この時間帯はあの金髪お姉さん以外おっさんとおばさんしかいないもんだと思ってたが……)


 だがその子はかなりグッタリした様子だった。


 気温はあまり高くはないけど、もしかしたら脱水症状かもしれない。そうだとしたらほっとくのはまずい。俺は足を止め勇気を振り絞ってその子に声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」


「ううっ……き、気持ちわる……ウッ!?」


 ッ!? ま、まずい。これは間違いなく吐く。俺は急いでポケットに入れてる非常用のビニール袋を取り出し、彼女の口元に近づけた。


「ムリしないで! このビニール袋の中に……」


「ウゥ!?」


「あっ……」


 間に合わなかったか。……さようなら、俺のランニングシューズ。






「体調はもう大丈夫ですか? もし大丈夫そうならこれ飲んでください。」


「……あ、ありがとうございます」


 俺は近くにあった自動販売機で買ったスポーツドリンクを彼女に手渡す。弱弱しい姿は


「あ、あの、本当にごめんなさい! 迷惑をかけちゃったうえにランニングシューズを汚してしまって……今度必ず弁償します」


 顔を真っ赤にしながら深々とお辞儀をしてきた。


「いや、そんな気にしないでください。それにこれ安物なので弁償とかそういうのも結構です」


 まぁホントは1万円のランニングシューズだから決して安くはないのだが。


「そ、それはダメです! そういうのはちゃんとしないと! ……あっ!? でも今お金もってない……」


 弁償しようとしたが一文無しだったことを知った彼女は今にも泣きそうだった。この弱弱しい姿を見るのはあまりに心苦しい。一刻も早くこの状況を抜け出したい。

 

「いや、ホントにいい……」


「あ、あの! ……お金は今度渡すんで連絡先教えてもらっていいですか?」


「えぇ!? いやホント……」


「お願いします!!!」


 弁償の提案を断る隙が一切なくとうとうここまで話が発展してしまった。


(うーん。このまま俺が拒絶し続けても意味がないな。)


 心も体もボロボロの彼女にこれ以上謝罪させるわけにはいかない。少し迷ったが俺は連絡先を交換することにした。






 一連のやり取りが終わった後、彼女はおぼつかない足取りで家へと帰っていった。本来なら俺が家まで送り届けてあげるべきなんだろうが、それを提案する勇気は俺にはなかった。


(まぁ彼女のことを思うと……今俺と一緒にいるのはめっちゃ気まずいだろうし別にいいか)


 情けない言い訳をして自分の心に結論を付ける。


「さて、なんかもう疲れたし今日は帰るか」


 こうして俺は、初めて早朝ランニングを途中でリタイアをしてしまった。

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