番外編 最終話 セリスの帰るべき場所
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翌日の朝九時頃。
わたくしは身支度を終え、王宮へと戻るためにバレ公爵家の玄関ホールまで移動した。
傍にはオリビアとフリト卿、目前にはお母様とお父様とミトス、それからバレ家の使用人たちが揃っている。
皆の顔を見ていると、もう別れなくてはいけないのかという寂しさが沸々と湧き上がってくる。
「それでは、わたくしはこれで失礼をさせていただきます。滞在中は様々なご配慮をいただきまして、誠にありがとうございました」
「いいえ。……あなたと会うことができて本当によかった。……手紙を出しますね」
お母様は何かを必死に堪えているご様子だった。
わたくしも思わず涙が込み上げてきたけれど、必死に抑えてお母様の隣に立つお父様に対して深く辞儀をした。
「それでは、お父様。また王宮でお会いしましょう」
「……ああ。王宮内に居ても普段は中々会うことはままならないが、何かあれば一助をすると約束する」
「とても頼もしいお言葉です。ありがとうございます」
そして、後ろ髪を引かれる思いで皆に背を向けると、ゆっくりとわたくし専用の馬車のステップに御者に手を掛けてもらって乗り込んだ。
馬車が発車しても、しばらくバレ家の人々はわたくしの馬車を見送ってくれていたのだった。
◇◇
「妃殿下」
馬車の中で十分ほど揺られていると、オリビアがそよ風のような声で声をかけた。
「ご実家は、如何でしたでしょうか」
「ええ、……実のところ最初はとても緊張をしていたけれど、家族と話すことができて本当に良かったわ」
オリビアは温和な表情のまま、深く頷いた。
「わたくしは、妃殿下がご両親やミトス様と和やかにお食事をされている様子を見ることができて、何よりも嬉しかったです」
「それはオリビアのお陰でもあるわ」
オリビアの動きがピタリととまった。
「わたくしは特に何もしておりませんが」
「いいえ、オリビアは侍女頭のアガサに何かを告げてくれたのでしょう?」
「い、いえ。わたくしはただ、以前の同僚の皆様に挨拶をして回っただけで……」
そう言いながら、少し照れているのか頬を染めたので、その様子を見て微笑ましく思った。
おそらく、その挨拶の際に何か一言を添えてくれたのでしょうけれど、本人がそう言っているので、とりあえずはこれ以上触れないでおいておこうかしら。
「……妃殿下はこの帰省中、随分とご家族と打ち解けられたようにお見受けします」
「ええ。……今回はせっかく陛下が設けてくださった機会なのだし、実家の家族と少しでも話すことができればと思っていたの。それが叶って本当に良かった」
わたくしがそう言った後、オリビアは口元を少しだけ引き締めた。そして少し間をおき手のひらをぎゅっと握ってから切り出した。
「昨日、ご家族と和やかにお話をされている妃殿下のご様子を傍で見ておりましたら、このままカインの気持ちから目を逸らし続けていてはいけないという気持ちが強く込み上げ、わたくしもカインと向き合う決意がついてまいりました」
オリビアからバルケリー卿の名前を聞いた途端に、昨日実家に向かう際に馬車の中での会話を思い出した。
実は、帰路に向かう馬車の中で丁度その話をしようと思っていたのだ。
「そのように言ってもらえて、とても嬉しいわ」
「はい。……実はカインの求婚を受けた際は、とても嬉しかったのです。けれど、わたくしでは王宮魔術師長であるカインととても釣り合いが取れないと思い、迷っていました。……それに、婚約を長らく保留にしていた理由を打ち明けずに求婚を受けるのは、彼に対して不誠実だと思ったのです」
「そうだったのね。けれど、わたくしはそうは思わないわ。オリビアは普段からわたくしの侍女として立派に努めてくれているのですもの。それに婚約を保留にしていたのも、きちんと彼と向き合いたかったからではないかしら」
「妃殿下。……ありがとうございます……」
オリビアはハンカチをお仕着せのポケットから取り出すと、自身の目頭にそっとあてた。
オリビアの様子を見ていたら、わたくしも何かオリビアの力になれたならよいのに、という気持ちが込み上げてきた。
なので、そっと立ち上がってオリビアの隣に座り直すと、膝に置かれたオリビアの手にわたくしの両手を重ねた。
「妃殿下?」
「もし何かあれば、こうして手を取ることができるのですから。わたくしでよければ、いつでも相談にのりますからね」
それはわたくしがかけられる、精一杯の言葉だった。少しでもオリビアを励ますことができれば良いのだけれど。
「……ありがとうございます。妃殿下のご厚意のおかげで、わたくしもカインと向き合うことができそうです」
「少しでも役に立てたのなら良かった。……もしよければ、これからもバルケリー卿との話を聞かせてもらってもよろしいかしら?」
わたくしの顔は綻んでいたと思う。そしてオリビアはとても気持ちの良い表情で頬笑んだ。
「はい、よろしければ是非、話を聞いていただきたいです」
「これからがとても楽しみね」
そうしてそれから、先日のオリビアとバルケリー卿の街へ出掛けた際のことや、今回の帰省での出来事の話をして過ごしたのだった。
◇◇
そして馬車は王宮へと到着し、わたくしは別の馬車に乗っていたフリト卿のエスコートで降車すると、はやる気持ちを抑えながら王宮の居住棟の玄関ホールへと向かった。
アルベルト陛下との約束どおり、今は朝の十時なので早い時間に戻ることができたのだけれど、陛下は今どちらにいらっしゃるのかしら。やはり自室にいるのよね。
そうであれば、身支度を整えてから陛下の侍従に面会の意を伝えなければ。
そう思って玄関ホールの扉をくぐると、目前には──陛下が立っていらした。
そしてその背後には、わたくしの専属の侍女であるティアやマリア、それから近衛騎士たちが辞儀をして控えていた。
「陛下……!」
「帰ったのだな」
陛下とは、昨日の午後に王宮を立つ際にこの玄関で挨拶を交わしたので、まだあれから一日も空いていないのだけれど、随分と離れていたように感じる。
陛下は休日用の私的な色合いの強い、黒地のウエストコートを身につけている。とてもお似合いね。
ああ、やはり陛下の姿を見ると、とても安心するわ。
「はい、陛下のご厚意のおかげで無事に実家へ帰省することができました」
「……ああ。ときにそなた、とても良い表情をしているな」
「左様ですか?」
「ああ」
陛下はわたくしの傍まで近づくと、わたくしの右手をそっと握った。
「陛下?」
「……良かったら、これからティーサロンで実家での話を聞かせてくれないだろうか」
陛下の握ってくれた手から、力強い体温が伝わってくるようだった。
「はい、喜んで」
陛下の申し出が心から嬉しくて、気がつけば自然と顔がほころんでいた。
「セリス、お帰り」
「ただいま戻りました」
わたくしの帰る場所はきっといつでも陛下のいるところなのだと、心の中で強く思った。
──わたくしは、これからきっと何があっても陛下と共に乗り越えていける。
陛下が与えてくれる手の温もりを感じながら、そう強く確信したのだった。
(番外編・了)
今作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。本編終了から番外編終了まで時間が空きましたが、最後まで載せることができて安堵しています。
今作をお読みいただき、少しでも楽しんでいただけたらとても嬉しく思います。
また、誤字報告やいいね、ブクマやご評価等をいただきまして、重ね重ねですが本当にありがとうございました。
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お読みいただきまして、本当にありがとうございました。
現在新作の連載作の執筆を行なっています。
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