番外編 第5話 父親との対話
ご覧いただき、ありがとうございます。
「ご無沙汰をしております、お父様」
扉を開閉し、姿勢を正して執務椅子に腰掛けているであろうお父様の方へと声をかけた。
「本日は、ようこそおいでくださいました、妃殿下」
予想に反してお父様は自身の執務椅子ではなく、手前の応接用のカウチから立ち上がって出迎えてくれた。
「いえ、こちらこそ突然の要請に応えていただき、ありがとうございます」
お父様の言葉遣いは他人行儀のように感じるけれど、互いの立場を考えると仕方がないのかもしれない。
「こちらにお掛けください」
「はい」
奥のカウチの方に掛けるようにと促されたので腰掛けると、向かいに座るお父様の隣にお母様も腰掛けていることに気がついた。
よかった、先程の約束通りお母様も同席してくださっているのね。
「して、今回はやはりあの要件のために帰省なされたのでしょうか」
前もって準備をしていたのか、目の前のローテーブルの上には人数分のティーカップが既に置かれていた。
「その要件に入る前にお父様。この場ではわたくしは王妃としてではなく、あくまでもお父様の娘として接していただきたいのです」
今のような話し方では、本音を伝えることはできそうにないので申し出てみたけれど、どのような反応をされるのかを思うと鼓動が高鳴ってきたわ。
「いや、しかし」
お母様はわたくしの方に視線を合わせると、小さく頷かれた。
「旦那様。妃殿下の……いえ、セリスの意を汲んでいただけませんでしょうか」
お母様がお父様に対して、自分の意見を述べるところをこれまで見たことがなかった。
だからなのか、お父様は受け応えに戸惑ったのかしばらく目を閉じた後、小さく頷いた。
「ああ、分かった。ただしこの場でだけだぞ。晩餐の席では先ほどのように振る舞うのでそのつもりでいるように」
「はい、承知いたしました」
これで、心置きなく本題に入ることができる。
そう思った途端、胸の鼓動が早鐘のように打ち付けてきた。わたくしは今とても緊張をしているのね。
けれどここで引き下がったら、帰省の許可を与えてくださったアルベルト陛下に対して、申し訳が立たないわ……!
「お父様、単刀直入に申し上げます。わたくしが虚弱体質である真の理由をご存じだったのに、それをわたくしに対して隠していたのは何故なのでしょうか」
胸の鼓動が大きく跳ねた。
……言ってしまったわ。
思えばわたくしの体質のことをバルケリー卿から聞いた時から、この疑問はわたくしの心中でくすぶり続けていた。
これまで何度もお父様に訊こうとしたけれど、中々機会に恵まれなかったので、今ようやく訊くことができた……。
「……以前に陛下からも訊ねられたので、セリスからのその質問は予想はついていた」
呟くように言葉を紡ぐと、お父様は深く腰掛けていた一人掛けのカウチに浅く腰掛け直した。
「……そうだな。ここで包み隠しても仕方がないのであろう。……セリスにその件を明らかにしなかったのは、セリスが我が公爵家の長女であり、生まれながらに王太子の婚約者となることが決まっていたからだ」
大きく鼓動が跳ねた。元々早まっていた鼓動は更に早く打ち付け始める。
正直なところ、ある程度の受け答えの予測は立てていた。
内心では、バレ公爵家の繁栄を優先的に考えて行動をするお父様のことだから、保身に走ってわたくしのことを蔑ろにしたのではないかと思っていたのだ。
そうでなければよいと、心のどこかで思っていたけれど、やはりそうだったのね……。
「……お父様は、わたくしがこれまで、自分の虚弱体質のせいでどれほど苦労をしたのかを知っていますか? わたくしはあの体質のせいで、周囲に対して散々迷惑をかけてきたのです」
気がついたら自然に本音が溢れていた。これまでお父様とはこの屋敷内で満足に会話をしたことなどなかったから、本音を打ち明けることも当然なかった。
だからお父様が、どのような反応をされるのか全く予想ができないでいた。
「……それは無論、認識している。だが、セリスが一歳の頃に大魔力の持ち主だと診断した魔術師がこう言ったのだ。『セリスは一世紀に一人といわれている大魔術師と成りうる人物だ』と」
目の奥が熱くなってきたけれど、平静を装ってお父様の話に必死に耳を傾けた。
「これまで我が国において、王妃が魔術師であったことなど前例がないのだ。もしその件が王室に知られてしまったら、セリスの婚約話自体が無かったことになる可能性も大いにあった。それだけは、なんとしても避けなければならなかったのだ」
お父様は言葉を紡ぎ終えると、長く息を吐き出した。
お父様の本音に、全身は鋭い刃物で切り刻まれたような気分だったけれど、自分でも不思議なくらい心は落ち着いていた。
「……結局お父様は、わたくしの健康よりも権力の維持の方が大切だったので」
「セリス」
お母様がわたくしの言葉をたしなめるように遮ったけれど、お父様は右腕を伸ばして首を横に振った。まるでお母様を制止するかのような仕草だった。
「そう捉えてもらって構わない。あの頃の私には他に選択肢はなかったのだ」
そう言って、お父様は目前のティーカップを手に取り、紅茶を飲みはじめた。
……わたくしは、どう捉えればよいのかしら。
お父様のことを憎むべきなの? それとも、全ては過ぎ去った過去のことだと、水に流して許すべきなのかしら……。
様々な感情や想いが錯綜して、気持ちの整理がつかなかった。
わたくしはお父様に対して、謝罪をして欲しいのかしら……。
思案をしていると居た堪れなくなり、もう退室しようという考えが過ぎった。
ただ、何気なしにお母様の方に視線を移すと、ふと先程のお母様とのやり取りを思い出した。
『なんとかお母様にお願いをして、スナイデル氏に例の物を作製していただきましたが……』
そうだわ。そもそもお祖母様が機転を利かせてテオにペンダントの作製の依頼をしなければ、わたくしの命は幼い頃に絶えていた可能性もあった。
そもそも、万が一わたくし自身に不幸があれば、陛下の婚約者どころではなかったはずだわ。
それにしても、いくらお祖母様が伯爵家の夫人だったとはいえ、テオと接触を図れば当然お父様の耳にもそのことは入るはず……。ということは……。
「その実、お祖母様がスナイデル氏にペンダントの作製を依頼なさるのを、お父様が力添えなさったのではないのでしょうか」
思案した結果を、気がついたら口に出していた。
お父様はすぐさまテーブルの上にティーカップを置くと、わたくしの方に鋭い視線を送った。ただ口を開く前にお母様が先に言葉を発した。
「はい、そのとおりです。旦那様のお力添えがなければ、決してペンダントを作製することは叶わなかったでしょう」
「やはりそうだったのですね……」
心中になんとも言えない感情が渦巻いてきた。
自分や家の権力のためにわたくしの虚弱体質の改善は行わず、けれど死なせるわけにもいかないから、命綱は握らせておく。
わたくしは使用人たちが囁いていたとおり、赤子の時からまるで操り人形のようだったのね……。
そう思うと、ふと先程のアガタの言葉が脳裏に過ぎった。
『これまでの妃殿下に対する無礼をお詫びいたします。ですがわたくしの罪を許さずとも結構です。……過去の過ちは、決して正すことはできないからです』
過去の罪を正すことはできないから、その過ちも決して許さなくてもよい。
……そう思うと気が楽だけれど、……果たして本当にそれで良いのかしら。
お父様とお母様の過去のわたくしへのなさりようを、心の奥深いところで決して許さなければ、何ごともなかったように生きることができるのかもしれない……。
いいえ、きっとそれだとどこかで遺恨を残してしまうのかもしれない。
そう思うと、今度は先日のテオの言葉とバルケリー卿の言葉が脳裏に過った。
『……それで、それが事実だったとしたって、今更俺に謝罪をして何だと言うんだ。過去のことを水に流して王族に怨恨を抱かずに生きろとでも言うのか?』
『いいえ。私は一切そのような綺麗事を言うつもりはありません。……ただ、私は幼き頃から魔宝具の祖であられるスナイデル様を強く尊敬しているのです。そんな貴方様の不名誉を少しでも晴らしたいと独断で動いたまでです』
そうだわ。わたくしの今の心境は、あの時のテオのものと似ているのかもしれない。そしてわたくしが両親に、特にお父様に求めているものは……。
「過去の件に関しては謝罪をして欲しいという気持ちも、もちろんあります。ただ同時に、過去を省みることで強く悔い、過ちに気がつき、二度とそのようなことを繰り返さないで欲しいのです」
娘としては偉そうなことを言ってしまったとは思う。けれど、今本音を伝えなければ、二度とこのような機会に恵まれることはないと思ったのだ。
しばらく沈黙が続いたけれど、お父様が口を開いた。
「……許して欲しいと言う資格はないことは、充分理解をしている。自分の判断が正しかったとも言い切れない。……だがあの頃の私は、セリスが王妃になることこそが、この家の幸せだと信じて疑わないところがあった」
それはあくまで家のためであり、「わたくしの幸せに繋がった」と主張されなかっただけでも、わたくしの今回の行動はどこか報われたように思った。
「今更セリスに過去の件を謝罪をするのには、あまりにも虫が良すぎるのは自覚している。……だが、これまで虚弱体質のお前を見て、何も抱かなかったわけではない」
お父様が珍しく、というよりも初めてその目に憂いを宿したのを見て息を呑んだ。
そんなお父様に対して返す言葉を考えていると、お母様が口を開いた。
「セリス。わたくしも旦那様の意見に同感です。今貴方に対して、わたくしたちは謝罪をする資格もないと思っています」
お母様は更に背筋を伸ばして続けた。
「……使用人たちがあなたに対して心ないことを言うたびにそれを咎めていましたが、体質が改善されない現状がある限り陰口を叩く使用人は再び現れました。それを抑えることができなかったことも、ずっと後悔をしていたのです。……少しずつでも、貴方に対して謝罪をする資格を得られるように歩んでいきたいと思っています」
お母様の瞳は真剣そのものだった。
陰口を叩く使用人を咎めることはしてくれていたのね。……けれど罰を与えなかったのは、わたくしがそれを知った時に責任を感じるからなのかもしれない。
以前ならきっと分からなかったけれど、王妃となった今ならお母様のその考えは理解できるわ。
お母様の眼差しは、何かが良い方向へと変わるのではないかと思わせてくれるほど、希望を含んでいた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話もお読みいただけると幸いです。
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