番外編 第4話 侍女頭からの謝罪
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私室でミトスと会話をしていると、公爵邸の侍女頭であるアガタ・スミスから、ご帰宅なさったお父様がわたくしをご自分の執務室に招待をしていると伝えられた。
「分かりました。すぐに向かいます」
「かしこまりました」
アガタは頭を下げて一歩引き下がった。
本来なら、わたくしの要件は晩餐の後にと思っていたので、お父様の方から呼び出していただけるとは思ってもみなかったけれど、この機会を利用して要件を伝えることにしようかしら。
ただよく考えたら、先日の王宮魔術士長の就任式の際、「お父様の方から機会をつくる」と仰っていたので、その約束を守ってくれたのかもしれないわ。
「それではミトス、後ほどの晩餐の席でまたお会いしましょう」
「はい、お姉様」
ミトスの瞳に影がかかったように感じた。
心配をしてくれているのかもしれないわ。
「お父様に要件があるのです。お母様も同席していただけますし、大丈夫ですよ」
「そうだったのですね」
ミトスの表情が少し和らいだように見えた。
言葉にはしないけれど、もしかしたらわたくしがお父様と折り合いがよくないのをよく知っているから、不安を抱いたのかもしれない。
後ほどの晩餐の席では、ミトスの不安を少しでも和らげることができればよいのだけれど。
そして自室を退室し、アガタの後ろをついていくとその背姿にふと懐かしさを覚えた。
正直に言って、アガタにはわたくしの方からはあまり話しかけたことはなかった。
というのも、他の侍女がわたくしの悪い噂を囁いていてもアガタがそれを咎めることがなかったから、彼女に対しても苦手意識や不信感を抱いていたからだ。
……そういう意味でなら、お父様もお母様も使用人たちを咎めてくださることはなかったのだけれど。
「皆が息災のようで、安心しました」
これまで、わたくしからアガタに話しかけることなど殆どなかったからか、意外に思ったのかアガタの動きがピタリと止まった。
「……妃殿下におかれましては、お心遣いをいただきまして心より感謝を申し上げます」
定型文のような挨拶の後に、綺麗な立ち姿での辞儀をし再び背姿を見せた。
どうにも、以前のアガタの態度とは異なるようだわ。わたくしの立場が変わったから態度を改めたのかしら……?
「……端的に話しますので、発言をお許しいただけますでしょうか」
「ええ、構いません」
アガタは、「ありがとうございます」と言ってから話を続けた。
「妃殿下は、近頃王都の広場での炊き出しにご参加をなされていると存じます」
「ええ、左様ですが」
「わたくしは、実際に何度かそのお姿を拝見しております」
「──!」
「……奥様は妃殿下のお姿をご覧になりたいと仰られ、遠くから見守っておいででして、わたくしは奥様の付き添いでした」
お母様が、わたくしの様子を見てくれていた……。
「……左様でしたか。それは、気づかずに申し訳ないことをいたしました」
「いいえ、妃殿下の活動を邪魔してはいけないとのご配慮から、遠巻きに見守るのみでしたので」
「……左様ですか」
「はい。……炊き出しでの妃殿下は、どのような身分の方にも分け隔てなく接しておられました」
アガタは振り返ると、深く辞儀をした。
「これまでの妃殿下に対する無礼をお詫びいたします。ですが、わたくしの罪を許さずとも結構です」
「何故ですか?」
「過去の過ちは、決して正すことはできないからです」
その言葉はわたくしの胸の奥に絡みついて、しばらく消えてくれなかった。
ただ、間を空けて顔を上げたアガタの瞳が、予想に反して柔らかかったことは、わたくしの心を和ませてくれた。
先程の玄関での出迎えでは、皆がわたくしの顔を鋭い視線で見ていると思ったけれど、思い返せば今までの経験から全員がそうだろうと決めつけて思い込んでいただけなのかもしれない。中にはそうでない者もいたのかもしれないわ。
目前の相手をよく見なくては。
「旦那様、王妃殿下をお連れ致しました」
お父様の私室の扉の前に辿り着き、アガタがノックをしてから声を掛けると、すぐに「入るように」との返答があった。
「それでは妃殿下、こちらへどうぞ」
「ええ、ありがとう」
辞儀をして控えるアガタを横目に、ドアノブに手をかけた。
──過ちは決して消えない。
脳裏に先程のアガタの言葉が過るけれど、今はお父様との対話に集中しなければいけないと思い、小さく息を吐きだした。
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