番外編 第2話 母親との対話
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それから、侍女が紅茶と茶菓子を応接間のローテーブルの上に運び退室をして行くと、お母様は室内で待機をしているオリビアとフリト卿に対しても席を外すようにと伝えたので、わたくしから改めて声を掛けることにした。
「オリビア、少し予定よりも早いけれど、休憩に入ってもらえるかしら」
「かしこまりました。それでは、わたくしは皆様にご挨拶をして参ります」
「ええ、ゆっくり過ごしてね」
「はい、ありがとうございます」
オリビアとフリト卿は綺麗な姿勢で辞儀をすると、殆ど物音を立てずに退室して行った。
「……セリス、お元気そうで何よりです」
「はい。お陰様で近頃は体調を崩すことはなく、穏やかに日々を過ごすことができています」
「……左様ですか。それは良きことですね」
お母様は先程侍女が持ってきたティーカップを手に取ると、紅茶を口に含みテーブルの上に置いた。
思えばお母様にはわたくしの虚弱体質が改善されたことはまだ伝えていないのだし、以前と様子が違うことに対して疑問を抱いてもおかしくないわよね。
けれど、虚弱体質が改善された経緯を説明することは元より、そもそもわたくしの虚弱体質だったことの原因を把握されているのかを訊く必要があるわ。となると、どのように切り出すのが良いのかしら……。
「ときに、……陛下との関係は順調ですか?」
前触れもなく陛下の話題を振られたので驚いたけれど、陛下のことを思い出すと自然と心が温かくなっていくように感じる。
「はい。陛下には、日頃からとても良くしてくださっています」
「……左様ですか。それを聞いて安心しました」
お母様はとても意外そうな表情をしているけれど、どうしてかしら。
……そうだわ。そもそも結婚するまではわたくしと陛下の関係はあまり良いとは言えなかったから、お母様は心配をなさっていたのかもしれないわ。
ただ、今はわたくしたちの関係は良好であるし、そのことをお母様にきちんと説明をして安心をなさっていただきたいけれど、どのように説明をしようかしら……。
「……あの噂は本当だったのですね」
「噂ですか?」
「はい」
お母様は少し間をおいてから遠慮がちに言葉を紡いだ。
「陛下が、貴方のことを非常に大切にしているという噂です。何でも陛下と仲睦まじく過ごしているとか」
「……お母様にそのように仰っていただくことは恐縮ですが、陛下とは毎日楽しく過ごさせていただいております」
陛下とは毎晩、晩餐を共にしているし、その後ティーサロンでお茶も共に嗜んでいるわ。
昨晩も共にお茶を飲んだのだけれど、その後中庭のベンチで一緒に星空を眺めて、それで……。昨晩のことを思い返したら頬が熱くなってきたわ……。
それにしても、お母様からそのような噂話があるということを聞いたからか、冷や汗もかいてきたわね……。
「左様ですか。……正直なところ婚前は貴方の体質のこともありましたし、少し心配をしていたのですが、杞憂だったようですね」
お母様は小さく息を漏らして小さく微笑んだ。
その笑みはとても久しぶりだったけれど、確かお母様が心から安堵をしている時の表情だったはずだわ。
「……それではやはり、今回の帰省は吉報のためなのですね。おめでとうございます。……もしこちらで出産を希望するのであれば、王室と調整をとらなければなりませんね。陛下はなんと仰っておいでなのですか?」
お母様の瞳がみるみるうちに輝いてきた。
吉報……? それに出産……。
もしかしたら、お母様はわたくしが懐妊の報せの為に実家へ帰省したのだと、誤解をされているのかもしれない。
「い、いえ、その、わたくしはまだ残念ながら懐妊はしていないのです」
それどころか、わたくしと陛下は最近まで事情があって、そういったことは控えていてまだ一度も行っていないのだ。
ただ、その事情だった魔術学園での魔力調整は先日終わったので、丁度本来なら房時は昨夜だったのだけれど、今日実家に訪れることになったので、来週に伸びることになったのだわ。
「……左様ですか」
明らかにお母様の表情が沈んだように見えた。
「それでは、今回はどのような用件で帰省されたのでしょう。……陛下から許可を得てこちらに訪れたということは余程の理由があると思うのですが」
遂に理由を説明する時が来たわ。……ただ、今のお母様は眉を顰めていて多少話を切り出しづらいけれど、……構わず切り出さなければ。
「実は、わたくしの虚弱体質のことでお父様とお母様に質問があって参りました」
瞬間、お母様の目が大きく見開いた。わたくの瞳をしばらく覗き込んだ後、小さく頷く。
「……左様でしたか……。その様子では虚弱体質の原因を知っているのですね」
「はい。……実は我が国の王宮魔術師長から直々に原因を教えていただいたのです」
わたくしが真実を知った過程を敢えて濁らせなかったのは、その方がわたくしが帰省した理由をより明確に伝えることができるかと思ったからだ。
「……そうですね。貴方が百年に一人と言われる程の大魔力を持って産まれて来たことは、一歳を過ぎた頃には分かっていたことでした」
「……!」
やはり知っていたのね。それにそんなに幼い頃から判明していたことだったなんて……。
「何故、今まで打ち明けていただけなかったのでしょうか」
それは訊かずにはいられなかった。何しろこの虚弱体質のためにこれまで大変な思いをしたからだ。
それなのにお母様はそのことを知っていたのに適正な対処をされて来なかったのですもの。理由の一つも訊きたくもなるわ。
「……貴方には心から申し訳なく思います。ただ、わたくしからはこれ以上は申し上げられないのです」
そう言ってお母様は顔を伏せたけれど、その様子を見て大方を察することができた。
──きっと、全てはお父様の判断なのだわ。
「……ひょっとして、貴方の体質のことやその原因について陛下もご存じなのでしょうか」
「はい、その通りです」
「左様ですか……」
お母様はわたくしの方に視線を向けると、少しだけ口元を緩ませた。
「陛下は事情を知った上で、貴方の帰省を許可したのですね。……わたくしが思っていたよりもずっと、貴方と陛下の関係は良好のようです」
そして目を瞑り、小さく息を吐き出してからお母様は頷いた。
「思えばわたくしは、母親として貴方に対して最低限のことも施してあげることができなかったのかもしれません。なんとかお母様にお願いをして、スナイデル氏に例の物を製作していただきましたが……」
お母様はそれ以上は口を噤み、紅茶を飲むのみだった。
「……それでは、わたくしはこれで一度失礼を致します。自室へと戻ろうと思いますが構いませんか?」
「ええ、勿論です」
そして、わたくしはなるべく音を立てないように静かにカウチから立ち上がり、お母様に対して一礼してから扉へと向かうけれど、その前でピタリと動きを止めて振り返った。
「お母様。本日の晩餐の後に、お父様とお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
お母様は口元に手を当てて小さく頷いた。
「分かりました。……それではわたくしも同席します」
「よろしいのですか?」
「はい」
お母様はそう言って覚悟を決めたような表情を浮かべた。
普段からお母様は、父様に対しては自分の意見を発言したりお父様の意向に背くことは決して無かったけれど、目前のお母様はこれまでのお母様とは少し違った雰囲気を持っているように思えた。
「それではよろしくお願いします」
「はい。ごゆっくりお過ごしくださいね」
辞儀をした後、できるだけ静かに退室し廊下を進んで自室へと向かった。
お母様があのような表情を浮かべるなんて、やはりわたくしの虚弱体質のことに関してはお母様も思うところがあるのかしら……。
そう思いながら、わたくしは結婚後初めてかつての自室へと戻ったのだった。
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