最終話 訪れた幸せ
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──そして五年後。
「妃殿下、このテーブルクロスは、あちらのテーブルに掛けてもよろしかったでしょうか」
お仕着せを着たオリビアが、わたくしの傍でそっと微笑んだ。
今日は王宮の中庭で身近な方々を招待して、ささやかながらガーデンパーティーを開く予定だ。
「ええ、そちらで構わないわ。それにしても、皆さんが一堂に集まるのはとても久しぶりなので楽しみね」
「ええ、左様ですね」
そう言って微笑み、青い空を見上げたオリビアはふと耳を澄ませた。
「……王女様と王子様、それからミレーユの声が聞こえます」
わたくしも耳を澄ませてみると、確かに聞こえる。
「この中庭で遊んでいるのかしら。先程まではお部屋で遊んでいたはずだけれど。……そろそろ時間だし、召し替えをして準備をしなければならない頃合いね。オリビア、わたくしは声をかけてくるので後を任せてもよろしいかしら」
「はい、こちらはお任せください。よろしくお願い致します」
「ええ」
オリビアに快く送り出してもらうと、わたくしは子供たちの声のする方へと移動した。
そして、中庭の隅の三年ほど前に子供たちが遊ぶための遊具を設置した場所へと行ってみると、そこには侍女や乳母たちに見守られながら楽しそうに遊んでいる子供たちがいた。
「サラ、クリストフ、ミレーユ、こちらへいらっしゃい」
「お母様!」「おかあさま!」「おうひさま!」
わたくしが声をかけた途端に、今まで砂場で夢中になって遊んでいた子供たちが、一斉にわたくしに気がついた。
カールしたブロンドの髪に瑠璃色の瞳の女の子と、漆黒の髪に涼しげな目元が特徴的な男の子が、たちまちわたくしの足元に飛び込んでくる。二人はわたくしたちの大切な宝物。
駆け寄って来た女の子は四歳の娘のサラ。居住宮で飼っている猫のマーサと大の仲良し。
次いでサラの後を追いかけて来たのは三歳の息子のクリストフ。姉のサラとお友達のミレーユと毎日一緒にかけっこをして遊ぶのが大好き。
そして、水色の髪を三つ編みに編み込んで束ねた、わたくしたちの様子を笑顔で見守っているのが三歳の女の子のミレーユ。オリビアとバルケリー卿の大切な宝物。
オリビアは、クリストフとほぼ同時期にミレーユを出産しているので、オリビアにはクリストフの乳母になってもらい、その代わりにミレーユをオリビアが働いている時間に王宮で過ごしてもらうようにしているのだ。
「ふふ、こんなに泥んこになって、何をして遊んでいたのですか?」
「クリストフとミレーユと一緒に泥団子を作って遊んでいたんだよ。ミレーユとクリストフは本当に仲が良いんだよ」
太陽の様に眩しく笑ったサラに、わたくしの頬は自然と綻んだ。
ちなみにサラの言葉遣いに関しては、五歳から専門の家庭教師が付いて教育を施すことになっているのだけれど、わたくしとしてはこの言葉遣いのままでも良いのではないかとも思う。
ただ、やはり一国の王女としては、そうもいかないのよね。
「そうですね。けれどこれから中庭で昼食を摂りますので、一旦召し物を着替えないといけませんね」
「うん! 私お着替えするの早いから、すぐに戻ってくるね!」
「あら、それではクリストフもミレーユも一緒に連れて行ってもらえますか? 二人はあなたと一緒なら、お着替えも嫌がりませんから」
サラはピタリと動きを止めると、ふふんと指で頬を撫でた。
「うん! 私お姉さんだから一緒に連れて行ってあげる!」
いつの間にか頼もしく育ったサラを見ていると、五年前の国の混乱時の様子がたちまち目前に甦ってきて、目頭が熱くなった。
あの時は、未来にこのような幸せが待っているとは思ってもみなかったから、今の幸せをより大切にしたいと心から思った。
◇◇
「本日は、ご招待をいただきありがとうございます」
ベージュのアフタヌーンドレスに身を包んだルチアと、黒のウエストコートを着込んだ祖父のテオが、中庭のガーデンパーティーの会場へと訪れた。
「こちらこそ、本日はお越しいただき嬉しく思います。さあ、こちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます」
ルチアは庭園を見渡すと目を輝かせる。
「わあ、素敵な庭園ですね」
「はい。今は子供たちの遊び場にもなっていて、とても賑やかなのですよ」
「ふふ、それも素敵ですね」
わたくしがルチアに席に座るように促すと、すぐに給仕の者が動いて彼女を案内した。
「……ルチアは魔術学園の講師を続けながら、これまで災害用の魔宝具の製作に随分協力していただきましたね。心より感謝の言葉をお伝え致します」
「いえ、それは私の意志でもありますので。……それに我が国だけでなく、大陸中の災害の大部分が抑えられて本当に良かったです。魔宝具の製作や利用も平和利用のみに限る協定も守られていますし」
「そうですね。それもルチアやテオが尽力した賜物ですね」
「いや、それはどう考えても王妃殿下がこれまで頑張ってきたからだろう」
「いえ、わたくしはそんな……」
「いいえ、王妃殿下がご自身の足で動かれたからこそ、今の平穏な日常があるんだと思います」
二人は微笑んで、大きな花束をわたくしに手渡した。
「あの、これは……?」
「ふふ、心ばかりですが、王妃殿下に少しでも喜んでいただけたらと思いまして」
それは蘭の花や百合の花、他にも色とりどりの花の花束だった。
「二人とも、ありがとうございます……!」
幸せを噛み締めて花束を両手で抱えていると、前方からレオニール大公とソフィー王太后様がいらっしゃった。
「先を越されちゃったかな」
「王太后様、バラモンド大公、本日はお越しくださりありがとうございます」
「いや、僕も王宮を出て久しいからここに来られて嬉しいよ。今日は僕の婚約者とも一緒にいられるし」
そう、レオニール殿下はアルベルト陛下から二年ほど前に叙爵を賜り、バラモンド大公となられた。
領は元々王室が持っていた土地の一部と、屋敷は王室が元々持っていた別邸の一つをそれぞれ下賜しているので、比較的速やかに大公になられたのだ。
ちなみに婚約者はルチアのことで、そう言われたからかルチアは顔を真っ赤にしているわね。二人に関してはそれはもう色々とあったのだけれど……。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
思案をしていると前方から声がかかり、その方向へ視線を向けると、そこにはバルケリー卿が花束を持って立っていた。それはオレンジ色のガーベラの花束で、見ているだけで心が躍るようだった。
「とても綺麗なお花ですね。ありがとうございます、魔術師長」
「妃殿下には、日頃から私たちの娘が世話になっている上に、この様な宴にもご招待をいただきましたから。誠にありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ魔術師長とオリビアには日頃からお世話になっているのですから。少しばかりの気持ちですが、本日は楽しんでいただけたら幸いです」
バルケリー卿に椅子に腰掛けるように促していると、後ろから元気で弾むような声が響いてきた。
「おとうさま!」
藍色のドレスに身を包んだミレーユがバルケリー卿の足元に飛びついた。
瞬間、バルケリー卿の引き締まっていた顔は綻んで、ミレーユの背丈に合わせてしゃがみ込みふんわりと抱きしめた。
「ああ、ミレーユ。私の可愛いレディー」
二人の様子にその場は優しい空気に包み込まれ、次いでやって来たオリビアもとても穏やかな表情をしていた。
「カイン、妃殿下に花束は渡せたかしら」
「ああ、リビア。君が選んでくれた花は、妃殿下に気に入ってもらえたようだ」
「それなら良かったわ」
ミレーユを間に挟んで、オリビアとバルケリー卿はとても幸せそうに笑い合った。
そんな三人を見ていたら、突然いつか見た未来のオリビアが目前に過った。
……あの未来ではバルケリー卿は亡くなってしまったけれど、今のオリビアはかけがえのない幸せを手にすることが出来たのだわ。本当に良かった……。
「セリス」
感慨に耽っていると、背後から低く温かみのある声が響いた。
声を聞いただけで胸が弾み振り返ると、そこには真っ白な薔薇の花束を両手に抱え、黒のウエストコートに身を包んだアルベルト陛下が立っていた。
「陛下、素敵なお花ですね」
この白の薔薇は、わたくしたちにとって思い入れのある大切な花であり、陛下はわたくしの誕生日や結婚記念日など、何か祝い事がある際には必ずこの花を贈ってくださるのだ。
「ああ。私たちにとってとても大切な花だからな」
「ええ、そうですわね」
両手で花束を受け取りそっと抱き締めると、まるで今生での幸せまでもを抱えているように感じた。
「お母様」「おかあさま」
乳母に連れられたサラとクリストフは、共に一輪の白の薔薇を差し出したので、思わずしゃがむ込んで二人を包み込むように抱きしめた。
「ありがとう、二人とも。愛しています」
二人はパタパタと身体を動かしていたけれど、すぐにわたくしの胸に身体をすり寄せた。
そしてそっと陛下がわたくしの肩に手を優しく置いたので、その力強い温もりも感じることができた。
サラとクリストフ、そして陛下。
わたくしは大切な家族に囲まれ、周囲の人々の温かさにも触れられて幸せを噛み締めている。
けれど、この幸せを当然のものとは決して思わず、これからも大切にしていきたいと心から思った。
──わたくしは、数ある未来の可能性を知っているのだから。
(了)
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