第8話 戴冠式
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アルベルト陛下が微かに微笑んだと認識した矢先、陛下は、すぐさま主祭壇の方へ向きを直したので、わたくしも陛下に続いて神父様の方へ身体を向き直した。
神父様は小さく頷いて、今度は書類を差し出した。
「それでは、結婚誓約書にそれぞれサインをお願いいたします」
差し出された誓約書に腕を伸ばすと、フワリとペン立てから羽根ペンが浮き上がり、わたくしの右手に収まった。
これは羽ペン自体に、予め「浮遊魔術」がかけられた魔石が埋め込まれているためなのだけれど、この羽がまるで意思を持っているようでドキリとする。
加えて、字を書くこと自体が久しぶりなので、おぼつかない手つきでペンを走らせ、何とか自分の名前を書き終えた。
陛下の方をチラリと覗いてみると、すでに書き終えたのか、誓約書を神父様に手渡すところだった。
我が国では王族の婚姻も「クロノス教会」が管轄をし、教会が認めなければ婚姻を結ぶことができない。
……なので、この誓約書はわたくしたちの婚姻に関する正式な提出書類となるのだ。
──もう、これで引き返すことはできない。
「私は、お二人の結婚が成立したことを宣言いたします」
ああ、とうとう宣言されてしまった。
……いくら微かに笑まれたといっても、陛下が陛下たることに変わりはなく、わたくしが陛下に心を開くことはこれからもないわ。
そう固く改めて決意をしながら、神父様の穏和な表情を眺めていると、神父様は再び小さく頷いた。
「それではこれから、たった今、王妃とおなりになられました、セリス王妃様の戴冠式を行わせていただきます」
戴冠式。
……そうだわ。わたくしは結婚と同時に王妃となるのだから、結婚式のあとに戴冠式が執り行われることとなっているのだ。
別の日程で行う国もあるのかもしれないけれど、今回の場合は、確かクロノス教会の強い意向で決定したと聞いた。
「それでは陛下」
陛下は頷くと、神父様からティアラを慎重に両手で受け取った。
そして側で控えていた侍女が、わたくしの足元付近にクッションを敷き、それを合図に反射的にわたくしはその場で跪く。
「……そなたが、よき王妃であらんことを」
「ありがたき幸せにございます。王妃としての責務を全うしたく存じます」
陛下がそっとわたくしの頭部にティアラを乗せると、幾つもの宝石が煌くそれはズシリとした重量を感じた。
このティアラを、再び身につけることができる日がくるとは思わなかったわ。
この重さを、今度は忘れないようにしようという想いが漠然と湧き上がった。
そして、たちまち参列者から拍手が起こり、礼拝堂中にその音が響いた。
──王妃としての責務……。
過去のわたくしは、王妃として責務を全うすることができていたのだろうか……。
何より、これから陛下にはぞんざいに扱われ、カーラには貶められる未来が待っているのだ。
王妃としての務めを全うして生きるには、その未来とも対峙していかなければならない。
絶対に同じ轍は踏まない。
そう決意しながら、差し出された陛下の腕にゆっくりと自分の腕を絡ませ、今度は二人で赤い絨毯の上をゆっくりと歩いて行く。
再び緊張して来たわ……。
不本意ながら、わたくしの腕を陛下の腕に絡みつかせていること自体に、怒濤の勢いで嫌悪感が襲ってきて、心臓が持ちそうにない。
早く陛下から離れてしまいたいけれど、出入口の扉までの距離が先ほどよりもとても長く感じられて、当分離れることは難しそうだった。
心の中で、陛下の足でも踏んづけてやろうかしらと、半ば自棄になりそうになりながら歩いていると、突然冷たい刺すような視線を前方から感じた。
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