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第86話 アルベルトとの旅行

ご覧いただき、ありがとうございます。

 十二月十四日。

 わたくしとアルベルト陛下は、以前交わした約束を果たすために、国の直轄領内にある別荘へと向かっていた。

 

 共に旅行をすると約束した時は、避暑や秋の植物の観賞をしようと言っていたけれど、その後すぐに偽物の魔石に関する事件が発生してしまい、最近までその件に関して立ち回っていたので季節はすっかり過ぎてしまっていた。

 けれど、何とか年内中に都合をつけることができたので、心から安堵している。


 何より、前回の生でも今生でも陛下と一緒に旅行をしたことはなく初めてのことなので、王宮を出立した時から高揚感からか何だか落ち着かない。

 陛下の専用の馬車の中で対して腰掛けていることもとても新鮮だし、陛下のお顔が近くて胸がざわめいてくるわね……。


「セリス、大事はないか? 顔が少々赤いようだが」


 つい惚けてしまっていたようだわ。


「はい、大事ありません。ご心配をおかけ致しました」


 恥ずかしい。けれど最近まで国の一大事で心が休まらなかったのもあって、よりこの時間が愛おしく感じる。


 陛下はコホンと咳払いをした。


「ときに、バルケリー魔術師長とそなたの侍女のリバー子女が、先日正式に婚約の運びとなったそうだな」

「はい、そうです……! 今朝出立する際にオリビアから話を聞いたのですが、嬉しくて……」


 その言葉の先は、目の奥が熱くなり言葉に詰まって紡ぐことができずにいるけれど、……ともかく本当に良かった……。

 何しろわたくしは「数ある中の未来の一つ」の悲しい結末の二人を知っているから……。


「時折二人で街に出かけて、逢瀬を重ねていたようです。……とても微笑ましいです」

「ああ、そうだな。……では、私たちも今日は大いに羽を伸ばそうではないか」


 そう言って陛下は少し照れながら笑った。ああ、とても愛らしいわ。


 その後わたくしたちは、時折窓の外の景色を眺めたり会話を楽しみながら過ごし、馬車は順調に進んで行った。


 ◇◇


 そして王城から馬車で半日程掛けて、王室の直轄の領であるウイングの街へと辿り着いた。


 馬車から陛下のエスコートで降り立ち周囲を見渡すと、そこには見事な針葉樹が繁る森林が(そび)え立ち、その(ふもと)に壁が白地の壮観な二階建ての屋敷が建っていた。


 別の馬車で同行している、近衛騎士のリーゼ卿と侍女頭のティアも合流してからその屋敷へと移動し、扉に取り付けられた小型の魔宝具のベルを鳴らすと、寸秒も経たぬうちに扉が中から開き侍従が姿を現した。


「陛下、妃殿下、遠いところからお越しいただきまして、誠にありがとうございます。さあ、長旅でお疲れでいらっしゃるかと存じます。すぐにお茶の手配を致しますのでこちらへどうぞ」

「ああ、心遣い痛み入る」「ありがとう」


 わたくしたちは白髪混じりの初老と見受けられる侍従の案内により、一階のリビングへと移動した。

 室内自体とても広く、造形が見事な彫刻が至るところに飾られ、壁側には大きな暖炉も備え付けられていた。


 中央に置かれた白が基調の椅子やテーブルのセットも素敵だし、何より普段とは違う家具を見ているだけで心が躍るようだった。


「予てから、そなたとここへ訪れたかったのだ。……この場所なら、そなたもゆっくりと過ごせると思ってな」


 陛下はカウチに腰掛け、柔らかい表情でそう言った。わたくしもドキリとしながら向かいのカウチに腰掛ける。


「はい、とても素敵です。わたくしもアルベルト様と共にここに来られて幸せです」


 そう言って微笑むと、陛下はスッと立ち上がり傍まで移動すると、わたくしの髪を手に取ってそっと唇に口付けた。


 していただいた瞬間、顔が瞬く間に熱くなったけれど、陛下の真摯に見つめる瞳を見ていると心が落ち着いてくる。

 そうだわ、わたくしは陛下に伝えなければいけないことがあるのだわ……。


 そう自覚をし、この別荘での滞在中にある告白をすることを心に決めた。


 ◇◇


 それからわたくしたちは、別荘での滞在生活をゆっくりと楽しんだ。


 別荘での滞在予定は三日程で、美術館や薔薇園、市場での探索等を行ったけれど、特に市場には陛下もわたくしもあまり立ち寄ったことがなかったので全てが新鮮だった。

 ちなみに市場での探索の際は、私服の複数の近衛騎士に厳重に警護をしてもらい、わたくしたちも場に馴染むような平素な衣服に身を包んでいる。


 二人で並んで露天に並ぶ品々を見ていると、薔薇を模った髪飾りが目に留まったので眺めていたら、陛下がコホンと咳払いをした。

 どうかしたのかと思っていると、ティアから素敵な香水があると声を掛けてもらったので、そちらへと移動して香水の吟味を行うことにした。


 露店には数多の香水が並んでいて、その中で一際目についたのは鈴蘭のラベルの香水だった。この鈴蘭の香りは陛下の嗜好にも合うかしら。

 早速、店主に声を掛け香水を袋に詰めて貰うと心が浮き立つようだった。


 ああ、本当に楽しいわ。それにこうして香水も選べたのも、この国に平穏が訪れて陛下と旅行を楽しめているからであって……。

 市場で買い物をしている人たちの生き生きとした表情を見ていても、この日常を守り通すことができて本当に良かったと心から思った。


 帰路に就くために馬車に乗り込むと、陛下が穏やかな表情でわたくしの方を見ていらした。


「様々な場所にそなたと赴くことができたので、とても嬉しく思う」

「はい。わたくしもです、アルベルト様」


 今日は二日目なので、明日にはここを立たなければならないのだけれど、何だか名残惜しく感じる……。そうだわ、陛下にあのことを打ち明けるのなら今晩が良いわね。

 

「アルベルト様、今晩大切なお話があるのですが、アルベルト様のお部屋にお伺いしてもよろしいでしょうか」


 わたくしの申し出に、陛下はピタリと動きを止めた。そして目を大きく開いて頷いた。


「……ああ。私もそなたに用件があるのだ」


 陛下はそっとわたくしの隣に座り直して、わたくしの肩を抱き寄せてくれた。思えばこのような触れ合いは、偽物の魔石が混入された先の事件以降は行っていなかったわ。


 というのも、わたくしは国内の災害状況の確認のために各地をテオと共に視察に回ったり、炊き出しに参加をする等をして忙しくしていて、陛下も他国の使者とのやり取りや大陸会議についての決裁処理に追われて、日々遅い時間まで書類と向き合われているので、寝室を共にしたりお茶を共に楽しむことはこれまでできなかったのだ。

 昨日は旅の疲れもあったので、お互い早めに就寝したし……。

 

 そう思うと、陛下に触れてもらっている腕がとても逞しく愛おしく思え、後ほど行うつもりの陛下への要件に対して、後押しをしてもらっているように感じた。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


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