第79話 真実 (前編)
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陛下の執務室を退室すると、すかさず侍女のマリアが駆け寄ってわたくしの耳元で囁いた。
「ルチア・スナイデル様から、妃殿下にお会いになりたいとの申し出がございました」
ルチアが、わたくしに会いたい……? もしかしたら、テオのことで何か用件があるのかもしれないわ。
「分かりました。それではすぐに向かうことにしましょう」
ともかく素早く動かなければと思いながら、ルチアが提示した魔術師塔の応接室へと移動した。
「王妃殿下、お待ちしていました。お呼び立てをしてしまい申し訳ありません」
「いいえ、構いません。……それで用件というのは、やはり貴方のお祖父様のことでしょうか」
「いえ、それは本件ではないのですが、この度は祖父に対して寛大なご配慮をいただき、ありがとうございます」
ルチアはわたくしに対して深く辞儀をした。
「いいえ、人命に関わる重大なことですから、どうかお気になさらないでください」
ルチアはその言葉の後にゆっくりと身体を起こし、姿勢を正して立った。
「ありがとうございます、王妃殿下。……それで本題なのですが……」
ルチアの目の色がスッと変わったように感じた。
「妃殿下。真実をお知りになられたくはないですか?」
その透き通った声に、わたくしの鼓動が強く跳ねた。
「真実……ですか?」
「はい。以前、王妃殿下がご自分で時を操作してしまったことに対して、とても後悔をなさっていたご様子でしたので、……実はあれから王弟殿下にご協力をいただきながら、逆行魔術を施して使用をする特別な魔宝具を製作していただいたのです。もちろん、王弟殿下には用途は伏せてあります」
真実……逆行魔術……。まさか。
「まさか、わたくしが時を遡る以前に何が起きたのかが……分かるのですか?」
「はい。……真実はもしかしたら過酷なものなのかもしれません。けれど、王妃殿下が経験した未来は私のお祖父ちゃんも強く関わっていたことです。罪滅ぼしではありませんが、妃殿下の心にくすぶり続ける何かを少しでも取り除くことができればと思いまして……」
そこまでを言うと、ルチアは堪らなくなったのか顔を伏せた。
ルチアの様子を見ていると、自然と目頭が熱くなってくる。きっとルチアも、テオが関わっていた貴族派のことでずっと気に病んできたのね……。
「分かりました。よろしければその魔術を、わたくしに施していただけますか?」
「……よろしいのですか?」
「はい。……わたくしも丁度真実と向き合いたい心中だったのです。よろしくお願いします」
瞬間、先程の陛下の言葉が蘇った。
その言葉が真実だったのかを確認するのは正直なところ恐ろしいけれど、それらを含めて向き合わなければならないと強く思った。
「分かりました。では妃殿下、まずはこちらのカウチに腰掛けてください」
「はい」
示された一人掛けのカウチに腰掛けると、ルチアから手のひらで握って隠れるくらいの大きさの珠を手渡された。
「こちらは魔宝具ですか?」
「はい。それは、いわば受信機のようなものです。これからこのテーブルの上の魔宝具に逆行魔術を使用しますので、その力がその珠に反射する仕組みとなっています」
「そうなのですね……」
仕組みはよく分からないけれど、ルチアが腰掛けた長椅子の側のテーブルには卓上鏡が置いてあるので、あれは恐らく魔宝鏡ね。
「それでは時間もあまりありませんので、早速始めたいと思います。……妃殿下、これから妃殿下の記憶を元に、妃殿下が携わっていない場所での光景を映していきます」
「凄い、……そんなことが本当に可能なのですか?」
「はい。既成の魔宝鏡を改良して殿下に二週間程で作成していただきました。もちろん、使用目的や王妃殿下に使用していただくことは伏せましたが」
「……殿下にもお手間を掛けていただいたのですね……」
それにしても、いつの間にかルチアはこんなに大掛かりなことを殿下に依頼ができるほど、殿下と親しくなったのかしら。
これはもしかしたら、掘り下げたら良い話が聞けるのかも……しれないけれど、今はそれを訊くには相応しくないわね……。
「なお、こちらの魔宝鏡には確認用にぼんやりとした映像のみが映し出されるので、実際には妃殿下の脳裏に直接過去の出来事が思い浮かぶようになっています」
「そんなことが可能なのですね!」
「はい。ただそれを行うには、妃殿下の魔宝具に私が常に逆行魔術を使用する必要があるのですが。……それでは早速始めます。妃殿下、目を閉じてください」
「はい、分かりました」
ルチアはわたくしが握っている珠に対して手のひらを翳して、「魂の記憶を呼び覚ませ」と呟いたのですぐに目を閉じた。
「妃殿下。お知りになりたい過去を思い浮かべてみてください」
「知りたい過去……」
それは沢山あるけれど、真っ先に知りたいのは……わたくしが捕縛をされた時、前回の生での陛下はどのような反応をされたかだわ。
……それを知るのはとても恐ろしいけれど、あの時何が起きていたのかを知っておきたい。──知るべきだわ!
──だからわたくしは、わたくしが捕縛されたあの日、陛下がどうのような様子だったのかを知りたいと強く念じながら、過去のわたくしに対して無表情のままだった陛下のことを思い浮かべた。
◇◇
『陛下、大変なことが起こりました……!』
ここは……そう、陛下の執務室のようだわ。
先程までの室内と、様子はあまり変わらないようね。
周囲を見渡してみると、何世紀も前から置いてある天使を象った骨董品や、陛下の愛用している万年筆など馴染みの物が複数置いてあるので、知らない場所ではないという安心感が徐々に湧き上がってくる。
『モルガン卿、如何したのだ』
『……妃殿下が、憲兵に捕縛された上に連行をされてしまいました』
──鼓動が強く打ち付け始めた。
そうか、今まさに目前で展開されているのは、先程わたくしが強く念じた例の場面なのだわ。
……陛下はどのように反応なさるのかしら……。
あの時の陛下はわたくしに対してあまりご興味がない様子だったけれど……。
『それは誠か⁉︎ 何故に王妃が連行されなければならないのだ‼︎』
陛下が、あの頃の陛下が、……わたくしの危機に対して取り乱してくださった……。
『まだ詳しいことは判明しておりませんが、その場に居合わせた侍女の話だと、どうやら妃殿下は「ドーカル王国に我が国の魔術の情報を売り払った罪、臣下と不貞を働いた罪」の二つの罪状を突きつけられたそうです』
『何と……』
わたくしはそんなことは、一切していないわ‼︎
『……ドーカル王国と、我が国の貴族派共にしてやられたか……』
…………え?
『相当気を配っていたが、もしや王妃の侍女のビュッフェ侯爵家のカーラ嬢が何か関わっているのだろうか』
『まだ分かりませんが……、ともかくこれから全力を尽くして妃殿下救出に向けて作戦を立てて動いていく所存でございます』
『ああ、頼む。王妃は誰よりも清廉潔白な存在だ。……汚すようなことは決してあってはならない』
『はい』
陛下……。
あの頃の陛下も、わたくしのことをそのように考えてくださっていたのね……。
そういえば以前に中庭で陛下とお話をした際にも、陛下は同じようなことを仰っていたわ。
──『それ故に、これまであまりそなたとは敢えて自発的に関わって来ないようにしていた。私がそなたを穢してしまうのではないかと思っていたのだ』
身体中が熱くなって、視界がぼんやりと滲んで来るように感じた。
この視界は、あくまでも魔宝具とルチアの逆行魔術による仮初のもので肉眼で見ているわけではないのに、心情がそう感じさせてしまうのかしら。
そうして視界から二人の姿はユラユラと陽炎のように消えて行った。
待って、まだ知りたいことがあるの……‼︎
カーラとは、あの頃の陛下はカーラとはどうやって繋がることになったの⁉︎
そう強く願うと次の瞬間、視界の先にはあの漆黒の長髪を束ねずそのまま流し、優雅な仕草でそれをかきあげ不敵な笑みを漏らした女性──カーラが現れた。
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