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第78話 アルベルトの本心

ご覧いただき、ありがとうございます。

 テオからの伝言を伝えるべく、陛下の執務室へと移動し扉の前の近衛騎士に事情を説明すると、すぐに扉が開かれた。

 執務室に入室すると、目前には執務椅子に深く腰掛けて、何かを思案をしている陛下がいらした。


「陛下」

「そなたが赴いてくれたこと、嬉しく思う」


 そっと微笑まれた陛下の表情からは、疲労の色が垣間見られる。


 無理もないわ。

 何しろ今回の件が発生して以来、陛下はご自分の執務室で日々の執務を行っているか、会議室で臣下たちと会議をしているかの一方で、ご多忙で今まで気が休まらなかったはずだもの。


 尤も、お食事に関しては摂っていただかないと集中力が低迷して物事が動かなくなる可能性もあるので、侍従に軽食でも良いのでくれぐれも毎食必ず運ぶようにと伝えているわ。


「本来ならご休憩を取っていただきたいところですが、今は至急の用件がありますので」

「そうか。して、その用件とは何だろうか」

「先程までスナイデルさんと会っていたのですが、彼は何者かから暴行を受けて酷い怪我を負っておりました」

「それは誠か! して、スナイデル氏の状況は如何か、医者の診断はどうだったのだろうか」

「いえ、状況を把握しきれなかったものですから、信用のおける者にと判断をし、魔術師長に来ていただき治療魔術を施していただきました」

「……そうか。それは賢明な判断だ」


 陛下は心から安堵をされた様子で、両手を額に当てながら深くて長いため息をついた。


「陛下。スナイデルさんは現在危険な状況に置かれていると判断しました。よって事情を汲んでいただいた魔術師長に、彼とルチアさんの身柄を保護していただきたいと思うのですがよろしいでしょうか」

「魔術師長にか? それは誠に良き提案だ。魔術師長には感謝を表したい」


 陛下はわたくしの端的な説明で、今現在の状況の把握をされたのだと思う。

 魔術師長であればどの貴族の派閥にも属さないので、テオたちの身柄を保護するのに適していると判断をされたのね。


 陛下の許可が降りたので、すぐさま室外で控えていたマリアに王宮魔術師棟にいるバルケリー卿に対して、言伝を手渡してもらうように頼んだ。

 これで、バルケリー卿がテオたちの保護のために動くことができるはずね……! ひとまず安心したわ……。


 そして室内へと戻ると、改めて本件を伝えるために陛下の執務机の前へと立った。

 これから要件を伝えなければならないのだけれど、その内容を伝えるのにはとても勇気が必要だった。

 けれど、今ここで伝えなければ、先程のテオの行為を無駄にしてしまうことになるかもしれないわ……!


「陛下、お伝えをしなければならない要件が他にもあります」

「そうか。して、それは何だろうか」


 陛下の瞳はとても落ち着いているように見えるけれど、その奥は何かを悟っているような色をしていた。


「スナイデルさんから、今回の件の首謀者を伺って参りました。まだ信憑性には乏しいですが、わたくしの判断でお伝えをさせていただきたいと思います。……首謀者は、隣国のドーカ王国の諸貴族、我が国の貴族派の貴族、エトムント侯爵家、ビュッフェ侯爵家、ガード伯爵家と後数家の貴族、とのことでした」


 あえて、テオの言葉をほぼそのまま伝えた。信憑性に乏しいのは否めないけれど、あの時のテオが嘘をついていたとは到底思えなかったから。

 けれど陛下は、特に顔色や表情を変えることなく小さく頷かれた。


「ああ、そうだな」


 驚きもせずに肯定するのみと言うことは、……陛下は前もってこの事実をご存じだった……のかしら……?


「……いつから、ご存じだったのでしょうか……」

「いつから……。そうだな。この件は私が王位を継ぐことになるずっと以前から、我が国に燻っていた問題だったのだ。それがついに抑えきれずに国外に出てしまった。私の不徳の致すところだ」

「陛下が御即位を成される以前……からですか?」

「ああ。勿論、偽魔石と言う形では無いが、長年魔石事業の恩恵が受けられない貴族と王族派の貴族との確執が続いていた上に、決定的だったのは五年ほど前にドーカル王国の諸貴族とビュッフェ侯爵家が結びついたとの情報が入った時だ」


 背筋が凍りついて全身に冷たい感覚が襲った。

 同時に、何か強い衝撃を受けたような鈍い感覚も抱く。


「だが、こちらもそれが分かっていて、全くの無策だった訳ではない。魔石事業の恩恵が受けられない貴族との溝を埋めるために鉱山が無い領でも魔石事業が行える案、……例えば魔宝具の工場の設置等の案があり、実際にそれを進める予定であった」

「……そうだったのですね」

「だが、王太后の実家のミラーニ侯爵家が、最終的にその計画を全て白紙に戻してしまったのだ」

「……何故、そのようなことを!」


 憤った後、ふとあることが過った。


「……魔石鉱山……」

「ああ、そうだ。ミラーニ家は我がラン王国に三百年以上続く名家だ。私の立場でこのようなことを発言するのは本来は憚られるのだが、……ミラーニ家の当主の思想は保守的と言えるであろう。そして何よりも家門を守ろうと言う意志が高い。そのために自分たちの利にならないことや革新的な案は、あまり聞き入れない傾向にある」

「保守的……」


 確かにそのような考えであることは先程までの陛下の説明から窺い知れるけれど、それでもただ保守的だからだと言う理由で、国の危機になり得る事態を見過ごしていると言うの……?

 怒りというより、それを通り越して哀しみが湧き上がってきた。


「更にミラーニ家はここ十年の間、魔石の輸入に掛かる関税率を引き下げるようにとのドーカル王国からの再三の勧告を聞き入れなかったのだ。加えて私はこれまで引き下げることはせずとも、何か代案をドーカル王国と話し合う場を設けるから出席するようにと何度も促したのだが、その場で言葉を濁すばかりで結局聞き入れられることはなかった」

「陛下のお言葉でも動かないなんて……」


 思わず本音が溢れていたけれど、それを気にかける心の余裕は無さそうだった。


「それは私の不徳の致すところだ。……長年抑え込んで来た貴族派も、こうして表立って動き出したわけであるしな」


 陛下の目からは珍しく覇気が感じられず、伏し目がちだった。わたくしの胸はギュッと締め付けられるように感じ、気がつけば動きだしていた。


「陛下」


 机上に置かれた陛下の手を、そっとわたくしの両の手のひらで包み込んだ。

 陛下の手はとても冷たくて、その感触を感じているだけで陛下の不安が伝わってくるように感じた。


「大丈夫です、陛下」

「……セリス」


 陛下の伏し目がちだった目は一転して活力が戻り、わたくしの目を捉えて離さなかった。


「きっと事態は良くなります。……言葉では言い表せないのですが、確実に流れは良い方向に変わって来ていると思うのです」

「……ああ、そうだな」


 陛下の手が、わたくしの手を握り返した。


 しばらく二人とも、無言でお互いの手のひらを介して体温を感じていた。

 とても心地が良くて安心する。そう思っているとふと先程の思考が過った。


 ──カーラは大きな組織のようなものに属していて、その組織の方針で動いていたのでは……?


「陛下、お伺いしたいことがあるのです」

「何についてだろうか」


 このことを陛下に対して訊くのはとても勇気がいることだし、今までのわたくしだったらきっと絶対に訊くことはできなかったでしょう。

 ……けれど今は違う。これまで陛下と向き合って来て決して逃げることをしなかったから、だからこそ今、この手の温もりを感じていられるのだわ。


「もし、これから我が国が最大の危機を迎え、わたくしが冤罪で捕えられたとします」

「…………!」


 陛下は目を大きく見開いたけれど、わたくしは調子を変えずに続けた。


「そのとき陛下は、ご自身がどのような行動をお取りになられると思いますか? ……できれば結婚後ではなく、婚前の陛下のわたくしへの情愛の程でお考えいただきたいのです」


 きっと、質問の意図を理解することができなくて、陛下には訝しげに思われたと思う。

 ……けれど、わたくしはいつかどうしても、このことを陛下に訊ねたいと思っていたのだ。


 ──心の中に一欠片、まだ陛下への不信感が残っているのだから。


 陛下はわたくしの手を握りしめる力を、更に込めた。


「……そのような事態にならぬように常に努めねばならないが、これはあくまでも仮定の話だな。そしてまだ結婚前のそなたとの情愛の程だと言うことだが……」


 陛下はわたくしの瞳を、真っ直ぐに見つめた。


「勿論決まっている。私は────」



 …………その言葉を聞いた途端、涙が後から溢れて止まらなかった。


「大事はないか?」

「…………はい、問題ありません」


 陛下は……、もしかしたらあの時、陛下は……。


 陛下に差し出してもらったハンカチを受け取ると、涙を拭きとり息を小さく吐き出した。

 すると、そこには温和な表情をされた陛下がいらして、わたくしを見守るような眼差し向けてくださっていた。


「少しは、そなたの気が晴れれば良いのだが」

「陛下……」


 もしかしたら陛下は、陛下に対するわたくしの後ろ暗い感情にお気づきになられていたのかもしれない。


 自分でも今まで気が付かなかったけれど、黒い感情の一欠片が、陛下と想いが通じ合った今でも心の片隅に残っていたのだわ。


「陛下、そろそろ会議のお時間です」


 トントンと言う扉を叩くノックの音に思考していた意識が戻り、わたくしは咄嗟に陛下の握りしめていた手を緩めて離れようとしたけれど、陛下が強く握りしめたのでそれはできなかった。


「忘れないで欲しい。先程の言葉が私の本心なのだと」

「……はい……!」


 今度は陛下がわたくしの手から離れたので、後ろ髪を引かれるような思いを何とか堪えながら、わたくしは一礼して陛下の執務室を後にした。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


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