第77話 テオの身の安全
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ドーカル王国からの使者が、偽物の魔石の件で我が国に訪れたあの一件から約二週間後。
事態は改善の道を見出せず、最近では王宮内でも「こっちに非は無いのに多額の賠償金を払う必要は無い。ドーカル王国と戦争になっても仕方がない」といった内容の噂話を侍女や侍従らが囁くようになった。
流石にわたくしが通りかかると、皆一様に会話を止めるのだけれど。
ともかく、王宮魔術師塔に現在も出入りをしているテオから個人的に呼び出されたので、侍女のマリアとリーゼ卿と一緒にそちらへと赴くことにした。
マリアが扉をノックし返事があったので入室すると、──そこには右頬に大きなガーゼを貼り付けたテオが椅子に座っていた。
「どうしたのですか、その怪我は‼︎」
「ああ、これか? これはちょっと野暮用でやっちまってな。まあ、大したことは無い」
「瞼まで腫らしているではありませんか! これが大したことが無いなんて、とても思えません!」
思わず取り乱してしまったけれど、それほどテオの怪我は痛々しかったのだ。
「本当にこのくらい大したことないんだが。まあ、その心遣いはありがたいな」
「今すぐ治療魔術を施すように手配します」
「いや、そこまで大げさなものじゃ……」
「大袈裟ではありません!」
珍しく語気を強めるわたくしに、テオは驚いたのか目を大きく見開いた。
「ともかく、今から魔術師長をお呼びしますから」
「待ってくれ」
「スナイデルさん」
「いや、違うんだ。魔術師長を呼び出す前に妃殿下に聞いて欲しいことがある」
「聞いて欲しいことですか?」
「ああ」
テオの腫れた瞼の奥の瞳から、真剣さがヒシヒシと伝わって来た。
「……偽魔石の流出事件の首謀者について、話をしておきたい」
「…………」
突拍子も無く告げられたその言葉は、飲み込むのに時間が掛かったけれど、心中は思ったよりも落ち着いているように思える。
「……首謀者……ですか?」
「ああ。首謀者は」
「待ってください。突然どうしたのですか? 偽魔石の件に関してはまだ調査中で、まだ誰かが企んだと考える段階ではありません」
「ところが俺は知っているんだ。何を隠そう奴らは一年ほど前から接触してきて、……俺が奴らに王妃の秘密を打ち明けちまったからな」
「秘密…………ですか?」
「ああ」
小さく頷いたテオは、何処か疲れたような表情をしていた。まるで自身の過去の行いを悔いているような……。
「安全策に関しては問題ない。今から俺が語ることが、この国の今後の役に少しでもなればと思っている。……これは個人的な話だが、俺は今から十五年程前に王妃の祖母から魔宝具の作成の依頼を受けた。遠目からではあるが、当時三歳だった王妃を実際に見たこともあったんだ」
テオが幼き頃のわたくしに会っていた……!
たとえ遠目とはいえ、見かけてくれていただけでもじわじわと感慨深さが湧き上がって来る。
「左様でしたか……!」
「ああ。正直に言って全く引き受けたくなかったが、遠目からでも目視で確認ができるほど、弱っている王妃を目の当たりにしたら気が変わってな。それであの魔宝具を製作したってわけだ」
「それでは、わたくしはその時のテオさんのご温情がなければとうの昔に……なんと感謝をすれば……」
「よしてくれ。それに、俺は今から一年ほど前に王妃を裏切ることをしている。感謝なんてしてもらう義理もないんだ」
それは、確か以前にも打ち明けてもらったことだけれど、テオにはなにか他にも打ち明けたいことがあるのかしら。
とても言いづらそうにして、テオは腰掛けていた椅子に更に深く座り直した。
わたくしと視線を合わせることを躊躇っているのか、テオは顔を伏せて話を続けた。
「あいつらは、かつてここを追放された俺に、『我々に付けば新生ラン王国の王宮魔術師長に就かせてやる』と甘い汁を見せて誘ってきた。流石の俺も用心深さからすぐには頷かなかった。国に恨みはあるが、俺の選択一つで国の未来が変わるのかもしれないと思ったらゾッとしてな」
……それは当然だわ。誰しもそんな提案をされたら心は揺らぐけれど、自分の責任の重さに立ち尽くしてしまうと思うもの。……それにしても、テオにそんな提案をして来たのはどのような輩なのかしら……。
「だが前にも言ったが、俺は王妃に会うちょっと前に奴らに協力する決心をしていた」
鼓動が強く波打った。
「……左様でしたか」
「ああ。というのもこの国の現状を嘆いたからだ。この国は、各地で災害に見舞われ王都に難民が押し寄せて来ているのに、上がほとんど対策をできていない。物価が上がって困っている民が沢山いるのに、貴族どもは自分たちの利を守るばかりだ。こんな国、他国の傀儡になっちまった方がまだマシなんじゃないかってな。……だが、陛下や殿下のこの国の民を想う気持ちに強く打たれてな。いつの間にか心変わりをしていた」
一気に息苦しさが襲ってきた。
どれも事実だけれど、そのことでこのような過激な考えに至る人もいるのだと思うと、意識を失いそうになる。
……けれど今、テオは重要なことをサラリと言った……わよね。
「他国の傀儡ですか?」
「ああ。首謀者は我が国の貴族派の貴族、エトムント侯爵家、ビュッフェ侯爵家、ガード伯爵家と後数家の貴族だ。ドーカル王国の王室は実質的には関わってはないが、一部の貴族と我が国の貴族派が結びついているようだ。まあ、実際に俺に近づいてきたのは、ブッフェ侯爵家とガード伯爵の使いの者だったがな」
「ガード伯爵……」
ガード伯爵といえば、確かカーラの婚約者だったはず……。
今までは、たとえ婚約者がいてもカーラだったら自分の思惑で陛下に近づくことぐらいのことはするのだと何処かで納得をしていたけれど、……違ったのだわ。
カーラは個人的ではなく、もっと大きな組織のようなものに属して動いていたのかもしれない。
それにしても、我が国の丞相までもが暗躍をしていたとは……。わたくしが思うよりも我が国には深く闇が根付いているのかも知れないわ。
「スナイデルさん。これほどに重要なことを打ち明けてくださって、本当にありがとうございます。けれど、スナイデルさんはあちら側にとって非常に重要な情報を知っているがために、現在危険な状況下に置かれていると思われます」
そこまでを話すと、丁度扉からノックの音が響いた。
「妃殿下、魔術師長がご到着になられました」
気を落ち着かせるために小さく息を吐いてからテオの方に視線を移すと、テオは強く頷いた。
「分かりました。お入りいただいてください」
「かしこまりました」
そしてバルケリー卿が入室し、彼に事情を説明するとすぐにテオに治療魔術を施してくれた。
バルケリー卿は、テオの傷を確認すると何かを察したようだった。
「妃殿下。もし、スナイデル殿の身の安全を図るなら、私も協力を惜しみません。すぐにでも、スナイデル殿を我が屋敷に内密にお連れするように手配をいたします」
バルケリー卿は事情を知らなくてもテオに差し迫る危機を察し、その上で動いてくれようとしているのね。なんて心強いのかしら。
「ありがとうございます、魔術師長。ただ、それには陛下と家族のルチアさんの許可が必要かと思いますので、わたくしはこれから各所に赴きたいと思います」
「左様ですか」
これまで黙って聞いていたテオが、小さく呻くような声を上げた。
「こんな気遣い無用だと、今までの俺だったら言っていたところだが、……俺の身の危険はルチアの身の危険でもある。どうか、ルチアのことも守ってくれないか」
「はい、もちろんです」
民を贔屓するような発言は控えなければいけないので言葉にはできないけれど、テオとルチアには本当に感謝をしている。
二人がいなかったら、おそらくこんなにも早くレオニール殿下の設計図を生かすことはできなかったと思うし、何より二人の心遣いが嬉しいのだ。
「それでは、あとはお任せをしてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いません。陛下の許可をお取りになられたらすぐに声をかけてください。こちらも手配をいたしますので」
「魔術師長、恩にきます」
「とんでもありません。テオ殿は我が国の最大の功労者ですし、何より妃殿下は我々の大恩人です。少しでもお役に立たせてください」
「魔術師長……」
前回の生の時は、人から感謝をしてもらえるとこんなにも嬉しくて心が震えるものだとは思いもしなかった。涙も込み上げてきて、上手く言葉を発することができそうにないわ。
「誠にありがとうございます。それでは行って参ります」
「はい。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げるバルケリー卿とテオに見送られながら、わたくしは魔術師棟を後にし、陛下の執務室へと足早に向かったのだった。
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