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第76話 魔術の発動

ご覧いただき、ありがとうございます。

 あれから一週間後。

 我が国の使者はドーカル王国へと赴き現状の把握に努めたけれど、ドーカル王国側の外交官の言い分は変わることは無く、相変わらず証拠の映像等を突きつけてラン王国に非があるとの主張を通して来たので取り付く島も無かった。


 また、元々請求されている賠償金は我が国の年間の国家予算の半額程と高額な上に、今回の件を逆手にとって、我が国が魔石の輸出の際に掛けている関税額の大幅な引き下げも追加で要求をしてきたのだ。


 滞在中の使者からその便りが届くと淀んでいた王宮内の空気が更に強く淀み、皆の心中から徐々に希望や気力が失われていくように感じた。


 大体、例え賠償金を払ったとしてもドーカル王国に弱みを握られた我が国はとてもそれだけで済むとも思えないし、加えて関税額の引き下げは王太后様の実家であるミラーニ侯爵家が断固として拒否の立場を貫いていて難航しているのだ。


 このままでは、戦争が起こってしまう可能性もあるのかもしれない……。


 そう思うと途端に背筋が凍りついた。……もし、ドーカル王国と戦争が起こってしまったら、我が国の戦力ではおそらく勝利することはできない。

 何しろドーカル王国は長年兵器を大量に生産し他国に売り捌いて多額の財を築いてきた国で、そもそもの軍事力が違うのだ。


 思い巡らせると、わたくしは息を長く吐き出してから椅子から立ち上がり、今まで滞在していたティーサロンを後にすることにした。


「妃殿下、お戻りになられますか?」

「ええ、充分お茶も満喫したし、そろそろ行きましょうか。……そうだわ。もしよければ、一緒に少し中庭を散策してもらえないかしら」

「ええ、もちろんご一緒致します」


 有事が起こってから、オリビアはわたくしのことを気にかけて時折気分転換にティーサロンへと誘ってくれる。

 その心遣いがとても嬉しくて、わたくしはその度に彼女の好きな茶葉の紅茶を淹れていた。


 先程までは、各々好きなようにお茶を飲んでいたけれど、わたくしが黙って思案をしているからか心配そうに覗き込んでくれている。オリビアにあまり心配を掛けないようにしなければね。


 それからティーサロンを後にし、近衛騎士のフリト卿も加わって中庭へと入った。

 しばらくオリビアと雑談をしながら進んでいると、目線の先に人影を捉えたので何気なく近づいてみると、どうやらそれはルイーズとカーラのようだった。


 その様を目の当たりにすると、先日バルケリー卿から陛下経由で手渡された書簡の内容がふと過った。


『先日の白紙となった原稿ですが、侍女のルイーズ・マカデミア子女が何かしらに関わった痕跡があります』


 その言葉を聞いた時は、前もって祝辞の練習をしていた際に誤って落とした原稿をルイーズに拾ってもらったことがあったからそのためかと思っていたけれど、目前の二人を目の当たりにすると何か思い違いをしていたように思えてしまう。


 二人は、庭園の隅で小声で何かを話しているようだけれど、あまり気づかれない方が良いわね。

 ともかく、オリビアたちには口元に人差し指を指して合図を送って、あまり音を立てないように立ち去ることにしましょう。


 そう思って、なるべく音を立てないようにカーラとルイーズに対して背を向けてゆっくりと歩みを進めていると、何か空気が一気に張り詰めたような気がしたので咄嗟に振り返った。

 するとそこには、ルイーズのか弱い腕をめがけて手を大きく振りかざしているカーラがいた。


 大変だわ、このままではルイーズが辛い思いをしてしまう‼︎

 

 咄嗟にカーラの動きが止まれば良いと念じると、わたくし自身から眩い光が発光したので、思わず瞼を強く瞑った。


 寸秒後、光が収まったことを確認するために瞼を開けると、そこにはカーラが今にも対面するルイーズに腕を振りかざし、その手で彼女を叩きそうになっている。……なっている……?


 見間違えなのかと思い、目を閉じ深呼吸をしてからもう一度確認をすると、そこにはルイーズを叩こうとしているカーラがピタリと動きを止めて立っていた。


 ──ただし、動きを止めているのはカーラのみだったけど。


「…………え? 何が起きているの……?」


 ルイーズは目を白黒させているし、傍にいるオリビアとフリト卿も唖然としていた。

 ……まさか、再びわたくしが時の操作をしてしまったのかしら……。けれど、今はそれどころでは無いわ……!


「ルイーズ、離れて!」

「妃殿下? どうしてここに……」

「事情は後で説明するので、カーラに叩かれたくなかったら早く!」

「はい……!」


 ルイーズは素早く後方へと移動すると、すんでのところでカーラが動き出してその振りかざしていた腕は宙をからぶった。


「……どう言うこと?」


 訝しむカーラを傍目に、わたくしはどのように行動をした方が良いのかと思考を巡らせた。このままではカーラにわたくしの魔術のことがバレてしまうかもしれない。

 ……いいえ、今はそんなことを考えていたら駄目だわ。ルイーズの身の安全の方が大事なのだから。


「ご機嫌よう、カーラ。……ところで貴方は、わたくしの大事な侍女に何をしていたのかしら?」


 決して微笑まず声も低めてそう言った。

 尤も、そう努めようとしなくとも自然とそういう態度になったのだけれど。


「妃殿下におかれましては、本日も麗しくいらっしゃいますね。……ただ、ルイーズとは特に取り留めもない会話をしていただけです。……それでは、わたくしはここで失礼を致します」


 カーラは表情を崩さずに足早に去っていった。

 ……ひとまず難は去ったようだけれど、相手の非を認めさせるところまでには至らなかったので、少々やり切れなさが残った。


「妃殿下、誠にありがとうございました」

「気にしなくて良いのですよ。それよりも貴方が無事でなによりでした」

「妃殿下……。後ほど改めて、いいえ。……後日に改めてお礼に参りますので」


 そう言ったルイーズの瞳は真剣そのもので、その言葉を謙遜で否定することなどとてもしてはいけないと思った。


「……分かりました。それでは待っておりますね」

「はい。必ず参ります」


 そうして深々と辞儀をして、ルイーズも立ち去って行った。


「……妃殿下。今、何が起きたのでしょうか……?」


 傍に控えていたオリビアとフリト卿は、目を白黒させていた。

 ……そうよね、当然目前の出来事には疑問を抱くと思うわ。けれど、カーラの動きが止まった原因は、きっとわたくしの無意識的に発動したであろう魔術にあるので、それはあまり知られない方が良いわよね……。


「カーラはどうやらわたくしの存在に気がついて、動きを止めたようです」


 オリビアは唖然とした表情をしていたけれど、次第にフリト卿と顔を見合わせて表情を緩めた。


「なるほど、そうだったのですね。確かに妃殿下に気が付かれていたようですものね」

「ええ。……それにしてもカーラは何故あのようなことを……」


 わたくしの呟きに、フリト卿が小さく頷いた。


「左様ですね。ですが彼女は、本来はあのような方では無いのです」

「フリト卿、カーラのことを知っているのですか?」

「いいえ、面識は殆どありません。ただ同郷ですし、時折、諸貴族の誕生会等で見かける程度でしたが……」


 その後は口をつぐんでしまったけれど、フリト卿はまだ何か、カーラに対して個人的に思うところがあるようだった。


 本来ならば、王太后様付きの侍女であるカーラが、わたくしの侍女であるルイーズに対して手を振り上げたことは王太后様にご報告をするべきことなのだけれど、実際に未遂で終わったことだし、何よりもわたくしが発動したと思われる魔術の件を説明しなければならなくなるだろうからそれは(はばか)られた。

 

 ……それに何より、何かそうしなければならないような予感が過ったので、オリビアとフリト卿にはこの件は他言無用にするように伝えると二人は快諾してくれた。

 安堵をしたけれど、何かまた運命が大きく変わったような、そんな不思議な感覚を覚えた。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


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