第74話 侍女としてのカーラ
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災害対策の魔宝具が完成してから、一週間以上が経った木曜日の十五時頃。
わたくしは、侍女頭のティアと共に王宮内の中庭を散策していた。
普段ならこの時間にこの場所には訪れないのだけれど、今日は白の薔薇が綺麗だとティアから聞いたので是非鑑賞しようと訪れたのだ。
「あら、セリス王妃も散策ですか?」
不意に声がかかったので前方を確認すると、銀糸で織られた見事なデイドレスに身を纏っているソフィー王太后様がいらした。
王太后様は中庭の花々を愛でていらっしゃったのか、庭園の煉瓦で舗装された小道を優雅に歩かれていた。
「王太后様にご挨拶を申し上げます。左様でございます」
「そうでしたか。それでは、もしよろしければご一緒しませんか?」
思わず背後で辞儀をするカーラが視界の先に入るけれど、お慕いする王太后様のお誘いを断る選択肢は考えられないので、謹んでお受けすることにした。
以前よりはカーラを見ても恐怖心は抱かなくなったけれど、それでも鳥肌は立っているし、心はまだカーラを頑なに拒否しているようだ。
「はい、喜んで」
「お受けいただき喜ばしいですね」
王太后様は優しげに微笑まれ、チラリと背後に控える赤茶色の髪の侍女に視線を移した。
彼女は確かミラーニ侯爵家から配属されて来た新参の侍女で、先月から王太后様に仕えているはずだわ。名前は確かニーナと言ったわね。彼女は恐らくカーラを牽制するために派遣されて来たのだと思われる。
一見すると特に変わったところはない女性に見えるけれど、何か特殊な能力が彼女にはあるのかもしれないわ。
それから王太后様と庭園を散策し、時折王太后様から庭園に咲いているお花の説明を受けた。
「王太后様は、花々の知識にも非常に明るくていらっしゃるのですね」
「わたくしの知識はほとんど受け売りなのですよ。特に最近では新しく入った侍女のカーラやニーナから、様々なことを伝授してもらっているのです」
「左様でしたか」
王太后様がカーラの名前を口にしたことに対して背筋が凍りつくようだけれど、なんとか表情には出さないように努めた。
「ええ。その中でも特に興味深かったのは、そちらに咲いている月見草が夕方から夜にかけて咲くことですね」
『妃殿下、月見草は夕方から夜にかけて花を咲かせるのですよ』
瞬間、途端に以前にカーラから聞いた言葉が甦った。
そうだわ、確か前回の生の時にその言葉をカーラから聞いたことがあったのだわ……。あの時は確かこうして一緒に中庭を散策していた際に、カーラが何気なくその言葉を紡いだのだった。
そう思案をしていると、王太后様が再び歩みを進めながらわたくしに対して優しげに微笑みながら口を開いた。
「セリス王妃は、ニーナとはすでに対面をしたことがあるのでしたね」
「はい。以前にティーサロンに王太后様がいらっしゃった際に対面しました」
「そうでしたね。ただ、確かカーラとはわたくしの侍女としては初対面でしたね」
「……はい。左様でございます」
胸の鼓動が高まる。
思わず目前に時間が巻き戻る前の光景が広がり、そこにはお仕着せを着たわたくしの専属侍女だったカーラが微笑んで立っていた。
「……カーラ、よろしければセリス王妃にご挨拶をしていただけるかしら」
王太后様は穏やかな微笑みを浮かべていらっしゃるけれど、その実、陛下からカーラがわたくしの侍女から配置換えされた事情をお聞きになっているはずだから、全て承知の上での判断なのだと思われる。
「はい、王太后様」
カーラはスッと王太后様の背後から出てきて、お仕着せのスカートの両方の裾を握ると、膝を曲げて辞儀をした。
「ご機嫌よう、王妃殿下。わたくしは王太后様付きのカーラ・ビュッフェと申します。どうぞお見知り置きを」
カーラとは今生でもすでに何度か会話をしているので、改めて自己紹介をされると少々対応を考えてしまうけれど、きっとそれはカーラも同じなのでしょうね。
そもそも、本来ならカーラはわたくしの侍女となる予定だったのだから、このようなやり取りは周囲からは少々白々しく感じるものかもしれない。
「よろしく頼みますね、カーラ」
「はい」
頭を下げたままのカーラに頭を上げるように促すと、ふと足元に咲く月見草が気にかかった。
先程に思い浮かんだカーラの姿と重なったからか、気がついたら言葉を紡いでいた。
「月見草はとても綺麗なお花ですね」
瞬間、カーラの動きは止まったけれど、すぐに柔かな表情になる。
「ええ、左様ですね。……その花は日が暮れてからでないと見ることはできませんから、とても儚くて好きなお花です」
儚い……。
カーラのその言葉はしばらくわたくしの耳元から離れなかった。ただ彼女への警戒心は薄まらなかったけれど。
「それでは、これで失礼致します」
「はい。ご機嫌よう」
その後はしばらく中庭で談笑を交えながら散策をし、三十分ほど経つと王太后様の侍女であるニーナが懐中時計を取り出して何かを王太后様に耳打ちで伝えたので、王太后様は上品な足取りで王太后様方の居住宮へとお戻りになられていった。
王太后様の後をついて歩くカーラの後ろ姿を見送っていると、何か形容し難い感情が湧き出てくるわね……。
ともかくわたくしも王宮へと戻ることにしたけれど、王宮内に足を踏み入れた途端、どこか室内の様子が先ほどとは違うように感じたのだった。
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