第72話 並外れた才能
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「スナイデルさん、初めまして。私はレオニール・エメ=フランツです。以後お見知りおきを」
これまで、レオニール殿下は一部始終を固唾を飲んで見守っていたけれど、テオが目頭をハンカチで拭き取るのを充分待ってから口を開いた。
「……ああ。しかし王宮魔術師長は置いといて、何故王弟の貴方がここにいるのですか」
流石にテオは、殿下に対しては恐縮している様子ね。
「それはスナイデルさん、貴方やルチアさんに私の書いた設計図を見てほしいからです」
「これはまた王弟殿下でいらっしゃられるのに、随分と親しげにお話をいただけるご様子で」
けれど、言葉選びに関しては先ほどまでの態度とあまり変わっていないようね……。
「もう、お祖父ちゃん! さっきから魔術師長様や王弟殿下に対して失礼にもほどがあるよ‼︎ 王弟殿下、魔術師長様、大変申し訳ありません」
ルチアは勢いよく深々と頭を下げて、隣に立つテオの背中にも手を触れている。どうもテオにも頭を下げさせるように促しているようね。
「いや、よいんだ。それに今日の目的はスナイデルさんへの謝罪が主だけれど、私の書いた設計図を見てもらうことも目的だから」
「設計図ですか?」
ルチアは身を縮こませながらも何かを思い巡らせて、「あっ」と小さく呟いた。
そんなルチアを傍目に、レオニール殿下は室内の中央に置かれた大きめのテーブルに、持参して来た筒から設計図を取り出して広げた。
「これは、私が設計した災害対策の魔宝具の設計図です。素人が描いたものなので、スナイデルさんにご覧いただくのは恐縮なのですが、よろしければ、ご指摘をいただきたいと思っています」
「設計図?」
テオは目を瞬かせてすぐにテーブルに近づくと、しばらく食い入るように設計図を読み取り始めた。
「こ、これは……」
「やはり、ご指摘箇所が多いですよね。甘んじて全てを受け入れる所存です」
「これは、本当に王弟殿下が描かれたのですか?」
急に言葉遣いが丁寧になったような……。
「ええ、そうです。これが実用化されたら災害対策に有効かと考えています」
「ええ、それはもう。王弟殿下!」
「は、はい」
「私の弟子になりませんか!」
目を輝かせて、思わず殿下の両肩をがっしりと掴むテオに対して殿下も目を輝かせた。
それにしても、この室内にはわたくしたち五人のみしか居なくて心からよかったと思うわ……。
「よいんですか⁉︎ それは是非とも」
コホンと咳払いをしてバルケリー卿が釘を刺した。
「殿下。ご発言にはお気をつけくださいませ」
「ああ、……そうだな」
殿下は破顔した顔を戻すためなのか、その場で深く深呼吸をした。
「実は、私も魔術師長と同じく幼き頃からスナイデルさんを尊敬していたのです。どうしたら魔宝具を設計できたのか、どうしてそのような発想ができるのか、突き詰めたら果てなき道でしたが、気がついたら没頭していました」
「……そう言ってもらえるのは、純粋に嬉しいな。……そうか」
テオの目の奥に、真剣さが帯びていくように感じた。
その後、殿下とバルケリー卿は一時間ほどテオと設計図について相談を行い、テオが手直しを行っていった。
本来だったら、テオには設計図を自宅に持ち帰ってもらって手直しを依頼したいところだったけれど、流石に殿下の設計図は情報漏洩があった場合に大事になってしまうので、安易に外に持ち出すことができないのだ。
そして、わたくしはその間別室でルチアとお茶をしながら待つことにした。
同行してくれたオリビアが淹れてくれた紅茶の香りが、緊張していた心をほぐしてくれるように感じる。
「本日はこちらまでお越しいただき、誠にありがとうございます、スナイデル先生」
「いえ、そんな……。それに妃殿下は学園からは離れられたのですから、私に対して敬称は不要ですよ」
「そうですか? ではルチアとお呼びしてもよろしいでしょうか」
「はい、勿論です」
ルチアは緊張をしているのか、その表情を固くしていた。
「よろしければ、遠慮なく紅茶をどうぞ。わたくしの侍女が淹れる紅茶は、とても美味しいのですよ」
「……それでは、いただきます」
少し震える右手でゆっくりとティーカップの柄を掴むと、ルチアは紅茶を口に含んだ。すると固かった表情が少し解れたようだ。
「美味しいです、妃殿下」
「それはよろしゅうございました」
その後は無言で二人ともお茶を飲んでいたのだけれど、頃合いを見計らってティーカップをソーサーの上に置いて話を切り出すことにした。
「ルチアは、ずっとお祖父様と暮らしてきたのですか?」
「……はい。私の両親は、私がまだ幼い頃に故郷のアデルの町で流行り病で次々に亡くなってしまったので、祖父母の家で五歳の頃から暮らしています」
「まあ、それはお辛かったでしょう。打ち明けていただきありがとうございます」
「いえ、恐縮です」
「それで、お祖母様も今はこちらに住んでいらっしゃるのでしょうか」
ルチアは静かに首を横に振った。
「祖母は二年前に持病が悪化して、そのまま亡くなりました。祖父はそんなことがあったから余計にヤサグレてしまって……それで……」
ギュッと瞳を閉じると口もつぐんでしまい、その後の言葉は途切れてしまった。
けれど、その後の言葉にとても重要な何かが隠されていると直感で悟った。
「それにしても、あの時にここで出会った魔術師の方が学園にいらしたので驚きました」
「……実は、妃殿下を担当する講師は、元々はもっとベテランの別の講師の予定だったのです」
それは初めて聞くことだったので、とても驚いた。
「そうでしたか」
「はい。……ですが、学園長に直訴をしまして、決して粗相をしないことを条件に何とか選んでいただいたのです。結局私の落ち度で、あのようなことになってしまいましたが……」
「いえ、あの件はルチアの落ち度ではありません。……ところで、なぜそのような配慮をしてまで、わたくしの講師を希望していただいたのですか?」
「それは……、以前に王妃殿下とお会いした時に、凛として一筋芯が入った立派な方だとお見受けしたので、またお話をしたくなって……」
「そうでしたか。それはとても嬉しいですね。……ですが、誠にそれだけでしょうか」
ルチアはそっと笑んだけれど、苦笑しているように見えた。
「……妃殿下にはお見通しのようですね。そうです。私にはある心配事があり、それを妃殿下にお伝えをしたかったのです」
そう言って、小さく息を吸い込んでからルチアは続けた。
「……実は、一年ほど前にある人たちが祖父に接触をしたのですが、その人たちは祖父に魔宝具に関する根幹の資料がないかと持ちかけてきたのです」
途端に鼓動が大きく波打ち、鳥肌が立った。
「……それで、スナイデルさんはそれを渡したのでしょうか」
ルチアは首を横に振った。
「いいえ、これまで祖父はそんなものはないと突っぱねていました。けれど、流石に何度も押しかけて来たり酒場で親しげにお酒を酌み交わしていくうちに警戒心も解け、つい妃殿下についての重要なことを漏らしてしまったとある日打ち明けてくれたのです」
「重要なこと……。まさか」
「はい。王妃殿下のペンダントについてです。あれは魔宝具だったと明かしたうえで、内包する魔力が強過ぎて王妃殿下はきっと『万物の理に作用する力』を持っているに違いないと漏らしたそうです」
鼓動が早鐘のように打ち付け、息苦しくなってくる。
「……打ち明けた相手とは、一体誰だったのでしょうか」
「それは……」
コンコン
途端に、ノックの音と共にオリビアのそよ風のような声が響いた。
「妃殿下、皆様がお越しです」
「……分かりました。お入りになってもらってください」
「かしこまりました」
そして、寸刻後に御三方が入室して来たけれどわたくしとルチアの雰囲気を察したのか、テオの表情が神妙な顔つきに変わっていく。
「ルチア、もしや妃殿下にあのことを打ち明けたのか」
ルチアは遠慮がちに頷いた。
「そうか。それでは大体バレてるってことか。ああ、そうだよ、俺は一年くらい前からビュッフェ侯爵家の使いの者と接点がある。だけど、あいつらも得体が知れないから情報は最低限しか伝えてこなかった。だが、流石にあいつらもしつこいし、俺も王族には恨みがあるから更に情報を提示してもよいとも思っていた」
途端に、殿下とバルケリー卿の顔つきが険しくなる。
「だが、今日ここに来て心変わりした。この国は、まともそうな奴がまだいるようだ」
そう言ってはにかんだような笑顔を見せるテオを見ていると、何か運命が大きく変わった。そのような予感を抱いたのだった。
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