第71話 運命の日
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そして土曜日の十五時頃。
わたくしは密かにバルケリー卿とレオニール殿下と共に、予てから炊き出しのために何度か訪問をしている教会へと訪れていた。
「本日は、このような機会にこの場所をお貸ししていただき、誠にありがとうございます」
「いいえ、妃殿下。こちらこそ妃殿下におかれましては、日頃からこの教会主催の炊き出しに積極的にご参加をいただいておりますから。場所など幾らでもお使いになられてください」
「お心遣いに感謝を致します」
神父様は黒の司祭服に銀髪を靡かせて、優しく微笑まれた。
まだ青年ほどの歳に見える彼には、日頃から好意的に接していただいているのもあり感謝の念が絶えない。
それから、わたくしたちは以前にデービス夫人を看病した個室へと入り椅子に腰掛け待っていると、間もなくノックの音が室内に響き渡った。
「妃殿下、お客様が到着致しました」
マリアの小鳥のような声が響き渡る。
「分かりました。お入りいただいてください」
「かしこまりました」
そして静かに扉は開かれ、その先には以前と同じような白のブラウスに黒の膝下までのスカートを身につけたルチアが立っていた。
ルチアはわたくしを視線で捉えると、すぐに綺麗な姿勢で辞儀をした。
「スナイデル先生、今日はよくお越しいただきました。また、挨拶は省略していただいて構いません」
「はい。ありがとうございます、王妃殿下」
ルチアは顔を上げ表情を和らげたけれど、わたくしの後方に立っている人物を確認すると、目を大きく見開き両手で口を塞いで声にならない声を上げた。
不意打ちに、ルチアを驚かすようなことをしてしまった。
ルチアが驚くのも無理はないわ。
何しろわたくしの背後には、我が国の王弟と王宮魔術師長の二人が立っているのだから。
二人共、普段は王宮住まいでほとんど市井には降りることがないとはいえ、その絵姿は新聞や書籍等に載っていて世間に広く知れ渡っているので、ルチアはきっと二人の姿を知っているはずだわ。
「驚かせてごめんなさいね。けれど、今日はどうしても貴方のお祖父様にお伝えをしたいことがあって、お二人にも来てもらったのです」
「………………私の祖父にですか?」
驚きを隠せないのか、ルチアの声は消えてしまいそうなくらいに小さく掠れていた。
「はい。もちろん貴方にも用件があるのですが、先にお祖父様に対して用件を伝えたいと思っております。お祖父様はご同行されていらっしゃいますか?」
ルチアは控えめに小さく頷くと、身体を硬直させながらも一度室外に出て誰かに声をかけた。
すると寸刻もしないうちに、ルチアが祖父のテオの右手首を掴みながら戻って来た。彼は深く帽子を被っている。
「可愛い孫がどうしてもって言うもんで来てみたら、まさか王妃がここにいるとはな」
テオは片目を瞑りながら、足取りを重そうにゆっくりと入室したけれど、ルチアと同様わたくしの背後に立つ二人を目にすると動きを止めて身を固くした。
「ど……どうしてあんた方、いや、貴方がたがここに……?」
「本日は、貴方に謝罪をするために参ったのです」
バルケリー卿は普段の黒のローブではなく、白のシャツの上に黒のジャケット、黒のパンツという簡素な格好をしている。
そして静かにテオの前まで歩みを進めると、綺麗な立ち姿のまま深く辞儀をした。
「テオ・スナイデル殿。このカイン・バルケリーが、ラン王国王宮魔術師の代表として過去の過ちを謝罪させていただきたい。誠に申し訳ございませんでした」
テオの動きは暫く止まっていた。
けれど、呆気に取られていたような表情は次第に深く眉間に皺を寄せ、険しい表情へと変わっていく。
「……何のことを言っているんだ」
「貴方様が魔宝具を開発したのにも関わらず、愚かな当時の魔術師長であったストロフト氏や、王族や諸貴族等が貴方様の設計図を盗み出し追放した上で、自分たちの功績としてしまったことです」
バルケリー卿は包み隠さずに打ち明けたけれど、……そのことをテオはどう感じるのかしら。
「……知っていたのか」
「真実は闇の中に葬られておりましたので、調査は難航致しましたが、どうにか情報の断片を掴み取り結びつけることができました」
バルケリー卿は表情一つ変えずに、丁寧に言葉を紡いでいった。
オリビアの話によるところの彼は、幼き頃は周囲から変わり者と称されていたようだけれど、同時にその頃から決して自身や他人の不正を許さなかったそうだ。
「……それで、それが事実だったとしたって、今更俺に謝罪をして何だと言うんだ。過去のことを水に流して王族に対して怨恨を抱かずに生きろとでも言うのか?」
強く吐き捨てるように言ったテオに、バルケリー卿は決して臆したような態度を見せない。
「いいえ。私は一切そのような綺麗事を言うつもりはありません。……ただ、私は幼き頃から魔宝具の祖であられるスナイデル様を強く尊敬しているのです。その貴方様の不名誉を少しでも晴らしたいと独断で動いたまでです」
それからテオは顔を伏せて、しばらく何も言葉を発さなかった。
そして十分ほど近く時間が経つと、顔を上げて小さく頷いた。
「話は分かった。けどだからって許したわけじゃないし、お前たちの罪が許されたわけじゃないからな」
「はい、勿論それは承知をしております。こちらの言い分を聞き届けていただき誠にありがとうございます、スナイデル様」
「よせ、様なんて柄じゃない。第一、王宮魔術師長様が俺なんかと、こんなところで通じていてよいのかよ」
「なんかではありません。貴方様はこの国にとってなくてはならないお方なのですから」
そう言い切ったバルケリー卿の言葉に、テオは不意を突かれたような表情をしていたけれど、次第に身体の力を抜いて「はは」と苦笑をしたのだった。
「スナイデルさん、加えてこちらの書簡を受け取っていただきたいのです」
「書簡?」
わたくしはテオの近くに寄り書簡の封筒を手渡した。テオはその封筒を受け取ると、その封蝋を目にして目を大きく見開く。
「これは……まさか……」
「はい。陛下からの書簡です。陛下はこの場にお越しになられることが叶わなかったことを、惜しんでおられました」
「国王が、惜しんで……」
テオは震える手を抑えるような動作をしながら、封筒を開けて書面を読み取っていく。
「……そうか。国王も過去の件は過ちだったと認めるんだな……」
テオは必死に顔を上げて帽子を深く被った。
その仕草はまるで涙を堪えているように見えたのだった。
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