第70話 ルチアからの提案
ご覧いただき、ありがとうございます。
今話は第69話と分割しました。
翌日。
わたくしは本日が最終日のため魔術学園へと赴き、学園長室へと挨拶のために赴いていた。
クラーク学園長は、室内のカウチにわたくしに掛けるように促すと自身も向かいのカウチに腰掛け、予め室内で待機をしていた女性講師がお茶を運び、わたくしの目前にそれを置いてから退室した。
「学園長、短い期間でしたが大変お世話になりました」
「いいえ、妃殿下。貴方様が本学園にお通いいただいたことは、大変な名誉なことでございます。私共にはとても勿体ない出来事でございました」
クラーク学園長は穏やかな表情でそう言っていたけれど、ふとその目の奥に影が宿った。
そしてスッと立ち上がり、綺麗な姿勢でその場で深く辞儀をする。
「……ときに、先の騒動の際に妃殿下におかれましては、大変不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」
「頭を上げてください、学園長。その件に関してはすでに何度も謝罪をしていただいておりますし、気にかけておりませんので」
「しかし、彼がしでかしたことは、本来であれば王族を侮辱した重罪に当たります。それを妃殿下のご厚意により一切免罪にしていただのですから、私としてはこのままでは大変申し訳が立たないのです」
「そのお心遣いだけで充分です。こちらこそ、御学園ではとても有意義な時間を過ごすことができ、感謝をしているのです。なので、これでこのお話はお終いにしましょう」
クラーク学園長は静かに頭を上げ、再び真っ直ぐとわたくしの目を見た。その表情は、先ほどよりも少し柔らかくなったように見えるわ。
「妃殿下のご温情、並びに有難きお言葉をしかと受け取りました。このご恩は私も、加えて我が学園も決して忘れませぬので」
「そう仰っていただきまして、光栄です」
クラーク学園長は心から申し訳が立たないようで、例の一件の後にすぐにわたくし宛に謝罪状を送ってくれたのだけれど、その際に多量の貴重な魔宝具等の贈り物もいただいた。
謝罪状はともかく、贈り物は過分なことと思い受け取りを断ったけれど、使者が受け取るまで帰れないと半ば泣きながら譲らなかったので、申し訳ないけれど受け取ったのだ。
「恐れ多くも妃殿下。実は講師のルチア・スナイデルから妃殿下に対して面会の申し出がありました。あの一件以来、妃殿下の心情を考慮しましてあえて接触を控えさせていたのですが、本人から是非にとのことでして大変心苦しいのですが、これから少しお時間をいただけますでしょうか」
「はい、勿論です。わたくしも彼女にはお世話なった感謝の言葉をお伝えしたかったので、好都合でした」
「それを聞いて安心致しました」
そしてクラーク学園長は一礼すると、学園長室の扉を開いた。
その先にはすでに待ち構えていたのか、講師用の白のローブを身につけたルチアが立っていた。緊張をしているのか少し震えているように見える。
「学園長、よろしければ二人で話をしたいので少しの間席を外していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、かしこまりました」
そして再び一礼をすると、クラーク学園長は速やかに退室をして行った。
それから、ルチアが身体を固くしているように見えたので、向かいのカウチに腰掛けるように促すと、ルチアは遠慮がちに歩みを進め一礼をしてから腰掛けた。
「スナイデル先生と面と向かってお話をするのは、久方ぶりですね」
「王妃殿下におかれましては、先の祖父の無礼に対して改めてお詫びを致します」
「その件はもう終わったことですし、お気になさらないでください。……それより、スナイデル先生に伝言があるのです」
ルチアは意外そうな表情をした。
「伝言ですか?」
「はい。先日スナイデル先生に見ていただいた設計図なのですが、作製者に先生が是非会いたいと言っていたことを伝えたら、ではそのようにしたいとのことでしたので、来週の土曜日にこの間の教会までお越しいただけないでしょうか」
「ええ、それは構いませんが……。その方は、私のことが分かるでしょうか」
「ええ、そのことに関しては、心配はないかと思います。何しろわたくしも同行する予定ですので」
その言葉に、ルチアは少し安心したのか小さく息を吐いた。
「王妃殿下もおいでになっていただけるのですか? それは大変恐縮ですが心強いです。……けれど、わざわざ王妃殿下にまでお越しいただいてよろしいのでしょうか」
「ええ、それは構いません。その代わり……」
わたくしはあることを告げると、ルチアは目を大きく見開き驚きを隠せない様子だった。
「誘ってはみますが……。でもよろしいのですか? 先日あんなことがあったのですが……」
「ええ。必ずお連れして来て欲しいのです。とても大切な用件がありますので」
「分かりました。……必ずお連れします」
「よろしくお願いしますね」
「はい。……王妃殿下」
ルチアは真っ直ぐにわたくしの瞳を見つめた。
「どう致しましたか?」
「……時を操ったことについて、罪悪感がおありでは無いでしょうか」
突然思ってもみなかった言葉を告げられたので、鼓動が高まり身体が硬直し、咄嗟に言葉が出てこなかった。
けれど、ルチアの真摯な眼差しを受けていると、自然と心が解れてくるように感じる。
「……正直なところ、あります。あまり考えないようにしておりましたが、わたくしが時を遡ったことで、いいえ巻き戻してしまったことで、この世の摂理を曲げてしまったのですから」
……恐らく一年時を遡り、わたくしが従来の行動とは異なる行動を起こしたことで、様々な物事の事象を変えてしまったのだ。
本来は得をするはずだった人が損を被ったり、何かもっと大きなことを変えてしまったのかもしれない。
そう思うと、自分のしでかしてしまったことの大きさを自覚し、目の奥がツンとして涙が込み上げてきた。
「この間、私が王妃殿下にその件をお伝えしたことで気に病まれていなかと心配をしていたのです」
ルチアは真剣な表情で、わたくしの瞳を見つめた。
「……ですが王妃殿下。時の流れに干渉する魔術はこれまで多くの魔術師が試みても決してなし得ることができなかった秘術。仮になし得た者がいたとしても確認しようがないとはいえ、私たち魔術師は他人の魔力量を感じ測ることができますので、大抵の者にそれは不可能だと言うことも悟っているのです」
「……そうでしたか」
「ですので、お時間はいただくかとは思いますが、私にも機会をいただけませんでしょうか」
「機会ですか?」
「はい。……王妃殿下のお気持ちが少しでも和らぐとよいのですが」
ルチアは他にも何かを言いたそうにしていたけれど、そっと首を横に振って微笑むのみだった。
わたくしの鼓動は高鳴ったけれど、ルチアの提案した「機会」が、とても重要で何処か希望を含んでいるような気がして、次第に気持ちが落ち着いてきたのだった。
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