第68話 お茶会での手応え
ご覧いただき、ありがとうございます。
「モニカ嬢、如何いたしましたか?」
モニカ嬢は動きを止めた後、控えめに口を開いた。
「これは、無礼を重々承知の上での発言なのですが」
「はい、構いませんよ。どういったことでしょうか?」
「……妃殿下は以前よりもお綺麗になられたと思います。それに、何だか生き生きとされていらっしゃいます」
「……そうでしょうか」
「はい。……やはり、結婚をすると女性は皆そのように変化ができるものなのでしょうか」
モニカ嬢の目の奥に影が宿ったように感じた。何か心配ごとがあるのかしら。
それにしても、綺麗になったと言ってもらえたことは嬉しいけれど、普段はかかないような汗をかいてきたわ……。
「わたくしが結婚をしてから変わったということは一旦置いておいても、……皆一概にそうと言い切ることはできないかと思います。何か心配ごとがあるのですか?」
最後の部分は、周囲には聞こえないようにできるだけ小声で囁いた。
「……いいえ、そういうわけではありませんが、……わたくしもいずれ結婚をいたしますので……」
それ以上は言葉にはしなかったけれど、モニカ嬢はいずれわたくしの弟のミトスと結婚をして次期の公爵夫人となる予定なのだから、その分不安も大きいのかもしれない。
何しろ、現バル公爵であるのが、あのお父様なわけだし……。
「モニカ嬢。わたくしでよろしければいつでも相談に乗りますので、気軽に仰ってくださいね」
「よろしいのですか?」
「はい、もちろんです」
「……ありがとうございます、妃殿下」
モニカ嬢は、夏の日差しのような温かさを感じられるように微笑まれた。心から喜んでくれたのかしら。とても嬉しいわ。
それからは、社交界で流行っているドレスの種類や、我が国の魔石のこと等が話題に上った。
「我が国の魔石は純度が高くて近隣諸国から素晴らしいと評判ですね。供給量も充分に潤っているとか」
ルロン男爵夫人の言葉にわたくしは頷いた。
「ええ、そう伺っております」
「我が国には未だに未開発の鉱山も存在するとの見立てもありますし、我が国は安泰ですね」
「……ええ、そうですね」
正直なところ、未開発の魔石鉱山の捜索は確実性に乏しい上に捜索を行うだけでも莫大な費用がかかるので、決して楽観視することができない状況だった。
加えて、このことはよく陛下とのお茶の時に話題に上るのだけれど、魔石には現在他国に輸出する際に高額な関税をかけているので、そのことに関して不満を抱く国もあるのだとか。
魔石事業にはそう言った不安要因もあるのだけれど、この場で話題に出すのはあまりよくないわね。
「ところで、最近わたくしは公務でよく王都広場の炊き出しに参加をさせていただいているのです」
「まあ、それは崇高なことです」
「ええ、妃殿下から食糧を受け取ることができる民たちはとても幸せですわね」
フォール侯爵夫人とサリー伯爵夫人の言葉に多少引っかかりは覚えたけれど、そもそも前回の生でのわたくしであれば、この言葉にそう言った感情は抱かなかったのかもしれない。
何しろ、貴婦人方はこれまで厳格な身分制度の上で、それに見合った教育を受けてきたのだ。
その考えが間違っていると異を唱えるのはとても罷り通らないわ。
「皆様方、ありがとうございます。……ところで最近では各領地で自然災害が発生をしておりまして、特に農園の被害が甚大とのことです。そのことが直接的、もしくは間接的に結びついて王都の炊き出しに並ぶ人々を増大させているとか」
「まあ、左様でございますか。わたくしたちにも、何かお手伝いができることがあればよいのですが」
フォール侯爵夫人の声から受ける印象からは、その申し出は常套句のようには感じられなかった。
「それは、とても気持ちの良い申し出ですね。ありがとうございます」
フォール侯爵夫人は笑顔で頷いた後、口元に手を当てて少々思案をした。
「たとえば、夜会で他の貴族に寄付を募ったり寄付を目的とした茶会やサロンを開くのもよろしいですね。奉仕活動に興味がある方も大勢いらっしゃいますし、すでに行っている貴婦人方もいらっしゃるのですよ」
「そうでしたか。詳しいお話をお聞かせ願えますか?」
「はい、承知いたしました」
フォール侯爵夫人によると、すでに奉仕活動を行っているという貴婦人方は、小規模ながらも茶会や宴会を開いてその際に招待客に募金活動を行ってるとのことだった。
そして集められたお金は、難民や孤児を支援する市民団体や教会等に速やかに寄付をしているらしい。
そのことはわたくしも耳にしたことがあったけれど、予てから詳細を知りたいと思っていたので、この場で知ることができたのは予想外のことだったけれど嬉しいわ。
「フォール侯爵夫人、とても有意義なお話をありがとうございます」
「いいえ、妃殿下。こちらこそ妃殿下の温かいお志に触れることができて嬉しゅうございました」
それから、フォール侯爵夫人と手紙でのやり取りを行い、奉仕活動に対して志がある貴婦人方のリストを教えていただくこととなった。
そのほとんどは王族派の貴婦人らしいけれど、中には貴族派の貴婦人方もいらっしゃるとのことで、接触を図る際は少々慎重にならなければならないので、陛下とよく相談をしてことを進めなければ。
◇◇
「それでは皆様、お気をつけてお帰りください」
「妃殿下、本日はお招きをいただき誠にありがとうございました。妃殿下と過ごした時間は楽しくて、瞬く間に過ぎました」
「まあ、そう思っていただけたのなら幸いです。またお越しくださいね」
「はい、ありがとうございます。是非、お伺いさせていただきます」
フォール侯爵夫人と挨拶を交わした後は、他の招待客の方々とも挨拶を交わし来客用の玄関で侍女と共に貴婦人方を見送った。
時刻はすでに十六時を回っているので、お開きにするには丁度良い頃合いだったのだ。
よかった。初めてお茶会を開催したので緊張をしたけれど、何とか無事に終えることができたようね。
「妃殿下、本日はお疲れ様でございました。後はわたくし共が行いますので、妃殿下はこのままお部屋へとお戻りください」
「ええ、ありがとう。それではよろしく頼みますね」
「かしこまりました」
ティアが恭しく辞儀をしたのを傍目に、わたくしはルイーズ、近衛騎士と共に居住宮の私室へと戻ることにした。
今日は何事もなく終わることができて、本当によかったわ。皆さんとも交流を持つことができたし、これからも小規模ながらの茶会を開催して、いずれ徐々に規模を大きくして行きたいわ。
フォール侯爵夫人が仰っていた募金活動も行いたいし。
「妃殿下」
そう巡らせていると、後ろに付いているルイーズが小声で声を掛けてきた。
「どうか致しましたか?」
「……最近は、お身体の調子がよろしいようで安心致しました」
「ええ。皆さんのお陰で、最近は滞りなく過ごすことができていますね」
「それはよろしゅうございました。……先ほど、魔石鉱山について皆様とお話しをされていましたが」
「ええ。それがどうか致しましたか?」
ルイーズの歩みが遅くなったのでふと振り返ってみると、そこには影を落とした思い詰めたような表情をした彼女がいた。
「お気をつけください。魔石鉱山は格好の的ですので」
「どういうことでしょうか?」
「……申し訳ありません。これ以上は申し上げることはできないのです」
その後ルイーズは口を噤んでしまい、それ以上の言葉を聞くことはできなかった。
私室に戻った後は机の上で今日のお礼状を書いていたけれど、どうにもルイーズの言葉が気にかかったので、その後の陛下とのお茶の時間の際に、そのことをお伝えをすることにした。
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