第6話 一歩踏み出して
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「セリス様。十五時となりますので、そろそろ礼拝堂へとご移動を願います」
介添人が恭しく辞儀をし控室の扉を開いた。
いよいよだわ。これから再び婚儀が始まるのね。
「分かりました。……それでは参りましょう」
現在室内には、わたくしの予ねての侍女であるオリビア、両親、ミトス、介添人のみがいるのだけれど、記憶が正しければ室外には今日から正式に配属される、わたくし専属の近衛騎士となるフリト卿や、専属侍女たちが待機をしていたはずだわ。
「セリス様に、ラン王国に永久の幸がありますように」
永久の幸……。
残念ながら、わたくしは数ヶ月後に身の覚えのない罪で捕縛をされるので、それは叶わないのだけれど……。
そう巡らせると、再び胸の奥に黒い感情が渦巻き、同時にやり切れなさが込み上げてきた。
そうよ。……そもそも、どうしてわたくしは、あのような悍ましい罪を負うことになってしまったのだろうか。
不本意ながらほとんど詳細を知らないのだけれど、それではいけないわ。
ことの発端や件のいきさつなど、……調べないといけないことは山積みね。
できればすぐにでも調べたいのだけれど、婚儀や晩餐会のあるはずの今日中には難しいのかもしれない。
加えて、カーラはまだわたくしの侍女ではなく、確か王宮勤め自体もしていなかったはずだわ。
というのも、カーラがわたくしの専属の侍女に就任するのは、今から約三ヶ月後のはずだったからだ。
カーラの実家のビュッフェ侯爵家から行儀見習いとして奉公に出され、侍女として仕えるようになるのだけれど、……カーラのことは思い出しただけでも、嫌悪感が湧き出してくるわね……。
……陛下とカーラが通じていたのはほぼ事実だったとして、それではそれは一体いつからなのかしら。
カーラが三ヶ月後に侍女に就いた時? それとももっと後か……まさか、既に通じているということもあり得るのかもしれない。
もし、そうだったとしたらますます許せないけれど、先ほども思案をしたとおりまだほとんど何も分からないことには変わりはないのだから、おそらく推測をするのはまだ早いわね。
そう思案をしていると、介添人がわたくしのベールの裾を握ったので、それを合図に立ち上がり、恐る恐る部屋の外へと踏み出してみる。
ああ、思えば眩い光の先にあったこの部屋から、初めて自分の足で部屋の外に出るのだ。
……胸の鼓動が高まってきたけれど、何処かまだ状況を把握しきれていない。ここは本当に死後の世界なのだろうか?
そうだとしたら、一年前に経験した「婚儀の日」と同じことが起こっている理由が分からないし、腰に当てているコルセットが締め付ける感覚もあるし、様々なことがあまりにも現実味があるように感じるわ。
それに、どうやらわたくしだけが過去の記憶を持つようだけれど、それはなぜなのかしら……。
そう思いつつ、一歩一歩ゆっくりと確実に、ヒールにつまづかないように歩いていくと室外の景色が目前に広がった。
「セリス様、本日はおめでとうございます。私は、本日から貴方様の専属の近衛騎士として御身をお守りするお役目を賜りました、フリトと申します。以後、お見知り置きくださいませ」
フリト卿……懐かしいわ。
再びあなたにも会える日がくるなんて……。
フリト卿は艶のある黒髪と大きな瞳が印象的な騎士で、立場上あまり私的な話をしたことはなかったけれど、彼はいつもわたくしの身を案じ優先して行動をしてくれた。
……わたくしが捕縛されたときも彼は守ろうとしてくれたのだけれど、結局罪状の出ていたわたくしを、憲兵に対して引き渡さないでいることは不可能だった。
『妃殿下は無実です! 第一、純粋無垢な妃殿下が、そのような愚かな行いをされるわけがありません!』
たちまち心臓が跳ね上がってきた。
思えばわたくしを庇う言葉をかけてくれたのは、フリト卿とオリビアとティアだけなのだ。
思わず縋りつきたくなったけれど、どこか言葉に引っかかりを覚えた。
それが何なのかは判断がつかないけれど、きっとわたくし自身が気が付かないといけないことなのだと、漠然と思った。
「フリト卿ですね。これからよろしくお願いしますね」
「御意」
正式な騎士の誓いではないので、彼は簡略的に片膝をついて、わたくしの目前で跪き「セリス様に永劫の栄光を」と言ってから傍についた。
こうして、わたくしは何かの引っかかりは感じながらも、フリト卿の他に五名の侍女、両親やミトス、数名の介添人と共に、目前の廊下の先にある王室礼拝堂へと向かったのだった。
◇◇
五分ほどかけて礼拝堂へ辿り着くと、花嫁と親近者のみが通される出入り口の横に設けられた一室へと、予め待機をしていた修道女の案内により入室した。
その部屋は簡素だけれど、中央に設けられたテーブルには白の薔薇が同じく白の花瓶に生けられていて、わたくしの心を和ませてくれたわ。
すでに入室していた陛下は、こちらを一瞥すると出入口まで歩を進め礼拝堂へと移動して行かれた。その表情は特に普段と変わりがないように見える。
「セリスお嬢様。お時間でございます」
……いよいよね。
加えて「お嬢様」と周囲から呼ばれるのもこれで最後だわ。
というのも、我が国ラン王国では神の前で結婚の誓いをした時点から夫婦と認められるからだ。
「分かりました」
小さく深呼吸をするとまるで思考が透明になってきたようで、わたくしは意を決して立ち上がり、すでに開かれていた扉の先へと一歩踏み出した。
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