第66話 とある元王宮魔術師の過去
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陛下との房時の夜から、翌々日の日曜日の昼下がり。
バルケリー卿がわたくしに対して何か大事な要件があるとのことなので、卿をわたくしのティーサロンに招待をした。
ちなみに、卿と二人きりで個室にいるといらぬ誤解を招く可能性もあるため、今日もアルベルト陛下に同席をしてもらっている。尤も、卿は元々陛下にも話を通す予定だったので好都合だったとも言っていた。
「妃殿下につきましては、あれから随分と魔力の操作技術が向上し、見違えるほど健康的になられましたね」
「そうですか。自分では判断がつかなかったのですが、バルケリー魔術師長にそう仰っていただけると安心します」
ティーポットで蒸らしたお茶をティーカップに注ぎ、まずは陛下の手元に置き、次いでバルケリー卿の分も置いた。
「ありがとうございます」
バルケリー卿はティーカップを受け取る際に、そっとわたくしの首筋に視線を移し、すぐに戻した。
……もしかして、昨日の朝に陛下が付けた痕が隠れきれていなかったのかしら……。いいえ、何度も鏡で確認したし、それはきっとないと思うわ。
今回はお互いに目覚めた際に、そっと陛下に唇を寄せて隠蔽工作のために跡をつけていただいたのだけれど、その時は気恥ずかしさや嬉しさから胸が高鳴って仕方がなかった。
痕は数日残るので、しばらく粉をのせたりそれがすっかり隠れるほどの幅のチョーカーを身につけて隠している。なので、見えてはいないと思うので、その視線は違う意味のものなのかもしれないわ。
とはいえそうは思っても、中々気恥ずかしさを抑えることはできず、たちまち顔面から熱が帯びてきた……。
ただ、二人は何事も無いように紅茶を飲み始めたので、わたくしも自分の分の紅茶を淹れて口に含む。とても喉ごしが良くて美味しいので、気分が落ち着いてくるように感じた。
「さて、本日妃殿下をお呼び立てしたのは、これまで私が調査をしていた件が終了したので、そのご報告のためです」
「……もしかして、わたくしのペンダントについての調査でしょうか?」
「はい。あれほどまで精巧な魔宝具は中々見受けることはできませんので、私の独自のルートで何とか製作者まで辿り着くことができました。……すると、それはとても意外な人物でしたので、陛下と妃殿下にご報告をと思った次第です」
「とても意外な人物……ですか?」
「はい」
その言い方に対して不思議に思い、ふと陛下の方に視線を移すと小さく頷いていた。
「事情は分かりました。それでは報告内容を聞いてもよろしいでしょうか」
「はい」
バルケリー卿は、ソーサーにティーカップを置くと、背筋を伸ばして真っ直ぐにわたくしの目を見た。
「妃殿下の魔宝具ですが、……それは我が国の王宮魔術師が作製した物でした」
「そうでしたか」
「はい。……それも我が国史上、最も偉大な魔宝具師と名高いあのテオ・スナイデル様が作製した物だったのです」
その名前には聞き覚えがあった。……テオ……。
そうだわ、確か一昨日に魔術学園で学園長室に乗り込んで来たルチアのお祖父様が名乗っていた名前と同じだわ。……ということは……。
「テオ・スナイデル……」
陛下はその言葉を耳にした瞬間、表情を固くした。
……そうよ、一昨日その名前を聞いた時に、なぜ思い当たらなかったのかしら……!
「……スナイデル魔宝具師は、元々は我が国の王宮魔術師として働き、魔宝具を開発された方と聞いておりましたが、……その方がわたくしのペンダントを作製なさったのですか?」
「はい、その通りです。調査に当たっては、まずバレ家の使用人だった人物と接触を図り、その後何とか掴めた足取りを辿ったのです。そしてたどり着いたのが、スナイデル様だったというわけです」
「そうでしたか……」
先日から様々なことが短期間で起こり、頭が大変混乱している。
あの罵声の主が、我が国の魔宝具開発の租であり救世主と形容されてもおかしくない方だったとは……。
それなのになぜ彼は、王室に対してあれほどの敵対心を持っているのかしら。
そのことをお二人に対して訊ねてみたいけれど、先日のテオの行動をそのまま伝えてしまったら彼が不敬罪で捕らえられかねないので、できるだけ言葉を選ばなければいけないわ。
「確か彼は魔宝具を開発されてから、数年後に王宮魔術師の職を辞されていますね。わたくしのペンダントは退職後に作製していただいたのでしょうか?」
「ええ、そうですね。スナイデル様が退職をされたのは今から約五十年前のことですから。私の調査によると、どうやら妃殿下のお祖母様が個人的にスナイデル様へとペンダントの作製をご依頼なさったようですね」
「お祖母様が……」
そう言うことだったのね……。
お祖母様はきっと全てを知っていて、わたくしの溢れる魔力を抑える手段を模索してくれたのだわ。お祖母様、ご存命でいらしたら感謝の言葉を伝えたかった……。
思わず涙が込み上げてきたけれど、すぐに拭って紅茶を一口含んだ。
すると今まで散らかっていたパズルのピースが一つずつ所定の位置にはめられていく感覚を覚えた。
テオのことを二人に訊くのは、下手を打って訊き方を間違えたら彼の立場を悪くするかもしれない。
わたくしの恩人に対して、不敬なことは決してしたくはないわ。ならばやはり、あまり彼のことはこの場で触れない方が良いのかもしれないわね。
──選択を誤れば、再び悲劇が訪れるだろう。
またあの声が響いてきた。
……選択を誤る。もしかして、訊かないことが正しい選択ではないのかしら……。
「……スナイデル魔宝具師は、現在は王都で暮らしているのでしょうか」
「はい、そうです。スナイデル様はご退職をなさってからは彼の故郷に住んでいたのですが、最近になって王都の商業地区の一角に店舗を構え、個人的に魔宝具の作製や修理を引き受けて生活をなさっているそうです」
「そうだったのですね。……ですがなぜ、我が国の恩人とも言える方が若くして職を辞されたのでしょうか。やはり個人的に事業を行いたかったからとも考えられますが、わたくしにはそれだけには思えないのです」
先日のテオの様子を思い返すと、彼は何か強い怨恨をわたくしたちに対して持っているように思えてならなかった。
「それは……」
バルケリー卿は言葉を濁らせて、向いに座る陛下の方に視線を送ると陛下は軽く頷く。
「この件は私から説明をした方がよいだろう。そなたも、王妃として知っておく必要があると私は考えている」
「……よろしいのですね」
「ああ」
バルケリー卿の問いかけに対して頷かれると、陛下はテーブルの上に両手を置かれて真剣な面持ちとなった。
「単刀直入に説明をすると、スナイデル魔宝具師、彼の落ち度は全くないが、彼は謂れのない罪を着せられ王宮を追放された」
「追放……」
その言葉は飾り気がないけれど、まるでわたくしの心に鋭利な刃物で傷つけたかのような鈍い痛みを感じさせるほどの切れ味を持っていた。
「なぜ……そのようなことに……」
『俺の大事な孫が、お前たちのような盗賊と関わって欲しくないからだ』
たちまち先日のテオの言葉が過った。
彼はわたくしたちのことを盗賊と称していて、実際に追放された。……ということは。
「まさか、彼の魔宝具の設計技術を盗むために……?」
「妃殿下、ご存じでいらっしゃったのですか?」
両手をテーブルについて立ち上がり、身を乗り出したバルケリー卿に対してわたくしは首を横に振った。
「いいえ、あくまで推測で発言を致しました」
「……左様でしたか。このことは最重要機密となっており、国中でもほとんど知る者はいないのです」
バルケリー卿は長椅子に改めて腰掛けると、表情を濁した。
「調査では、当時の我が国の王宮魔術師長が自らの保身を図ったために宰相や国王までもを抱え込み、何の後ろ盾も無い二十代の若者だったスナイデル様から設計図を奪って自分たちのものとしてしまったことが判明しました」
「そのようなことが。……ですが、そもそもスナイデル魔宝具師は王宮に所属をしていたのですよね。そのようなことをしなくても国の利権は守られると思うのですが」
「はい、その通りです。ですが、その点が非常に愚の骨頂と言いますか、企てた者たちは目先の利のみを考えていたとしか思えないのです。……時の王宮魔術師長ストロフトは、自分よりも下の者が功績を上げたことがどうしても許せなかった。なので、自分が魔宝具を設計したことにし、その全てを自分の手柄にしてしまおうと考えたようです」
「そんな愚かな考えを持った者が我が国の王宮魔術師長を務めていたのですか!」
「憂うべきことに、つい最近までそのような性質を持っていたのですよ、我が国の王宮魔術師は。ですので、その不正が陛下を始め様々な方面の方々により調査し暴かれるようになり、先の王宮魔術師長は罷免され、長年隠蔽されて来たこの件も突き止められたというわけです」
「そうだったのですね……」
「ですが結局、当時のスナイデル魔宝具師の同僚たちが果敢に声を挙げたために、魔宝具の設計は彼が行ったと言う事実は世間に公表することができたので、ストロフトの目論みは中途半端なものに終わったわけですが」
「そんなことが……」
あってもよいのかと呟きたいけれど、声が掠れて出てこない。
「ですので、おそらくスナイデル様は我々に対してあまりよい感情は抱いていないとは思います。ですが、それでも妃殿下のお祖母様の依頼をお引き受けになられて精巧な魔宝具を作製なさったのです」
「そうでしたか。……その厚意のお陰でわたくしはこれまで生きていくことができたのですね」
そう思うと感慨深く、熱いものが胸や目の奥から込み上げてきたけれど、小さく息を吐いて呼吸を整えた。
今自分がやるべきことは想いに耽ることではなく、少しでも今の現状をよい方に変化するように模索することだと思ったのだ。
だから、わたくしは意を決して先日の出来事を二人に打ち明けたのだった。
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